月明かりに愛をなぞる



 ぱちり、唐突に目を覚ました。さっきまで見ていたであろう夢も既に忘れていて、頭の中はぼんやりとしているのに、何故か視界は澄んでいて。きっと冬の寒さのせいだと思い込み、お気に入りのふわふわな毛布にまた包まれる。もうひと眠り、いや、まだ存分に眠る時間はあるはず。じんわりと足先の方から暖まってくる感覚に身を委ねていると、廊下の方からガタリ、と物音が聞こえた。こんな時間に、誰が起きているのだろうか。そんなにも大きくなかった物音は耳に不思議と響き、それと同時に眠気がじわじわと遠ざかっていく。……あったかいお茶でも飲んで、ついでに何事か確認でもしようか。

「誰か、防衛任務入ってたっけ……?」

 部屋着のパーカーを羽織り、袖口を指先まで伸ばしてあたためつつ、スリッパをペタペタと鳴らして仄暗い廊下を進む。今日は確か、修くん、遊真くん、レイジさん、小南が泊まっていたはずだ。リビングスペースの扉を、なるべく物音を立てないようにゆっくりと開く。「うぉっ」という控えめな声が、暗い部屋から聞こえた。

「……名前ちゃん?」
「誰かと思ったら、遊真くんかぁ」

 窓から差す淡い月明かりが、白銀の髪にきらきらと反射して光る。窓のそばで外を見つめるように立っていた遊真君の、まあるく大きな瞳が僅かに見開き、不思議そうにこちらを見つめた。まっすぐなその視線に音を立て出す心臓に気付かぬふりをして、ひらりと手を挙げながら軽い挨拶をひとつ交わす。

「どうしたんだ、こんな時間に」
「さっき急に目が覚めちゃったの。温かいお茶でも飲んでからまた寝ようかなと思って、そしたら遊真君もいたからびっくりしちゃった」
「なるほどな。……今日は月が綺麗だから、名前ちゃんも釣られて起きちゃったのかもしれないな」
「ふふ、そうかも」

 遊真君のいう通り、今宵は月がとても綺麗だ。確か、周期的にもうすぐ満月だったはず。遊真君の側に寄ると、濃紺の夜空の中支部の窓越しに見えるほぼまんまるに近いお月さまは、冬の澄んだ空気も相まってより一層美しく輝いていた。

「そういえば、昔のイジン?の人が“月が綺麗ですね”って言葉を残したとされているって、この前授業で言ってた。名前ちゃん、知ってるか?」
「ああ、夏目漱石のことかな」
「ソーセキ!それだ! 確か意味は、」

 “愛しています”、だっけ? そう言って、遊真君はやわく微笑んだ。近界にも月はあるのだろうか、遠征に行ったことのない私にはわからない。けれど、儚げながらも宵をやさしく照らす月は、どこか遊真君に似ていると思った。愛の言葉を囁くほど、私たちの距離は近くないし、関係性も名のつくものではない。けれど、この場に流れる雰囲気は、親愛の意を含むと言っても過言ではないと、そう思った。……少なくとも私は、遊真君のことを好ましく思っている。それは彼も、同じであると嬉しいのだけど。

「……愛のカタチってさ、幾つかあると思うんだ。おれは、玉狛のみんなが好きだし、愛していると思う」
「うん、私も。みんなが大好きで、愛おしいと思うよ」
「そっか、お揃いだな」
「お揃いだね」

 愛のカタチはそれぞれ。だから、私が持つ君への憧れや僅かな恋情は、もう少しだけ顔を出さないようにしておきたいと思うのだ。君が目標に向かってまっすぐと進めるように、余計な荷物は背負わないように。そんな私の考えが見透かされていたのか、すぐ近くにあった指先がちょこんと触れ、そのままゆるやかに絡め取られる。優しく、自らの感情を流すかのように包み込んだまま手を引かれ、少し低い位置からの目線がまっすぐと私を射抜いた。

「でもおれは、名前ちゃんからの特別な愛が欲しい」

 時が、止まったように感じた。唐突な展開にどくりと鳴り響き始める鼓動が、大きく音を立てて耳まで届く。触れる指先から、慈愛を帯びた瞳から、離さないというように愛をとめどなく伝えてくる。特別を望む彼に、私も特別を望んでも、いいのかな。

「っ、ゆ、……遊真くん、」
「永遠はきっと誓えないけど、……さいごまで、一番近くで大切にさせて欲しいって、そう思ってる」
「……そばに、いていいの?」
「他の誰でも無い、名前ちゃんに、おれと一緒にいて欲しいんだ」

 月光が、まるでベールのようにわたしたちを優しく包み込む。静寂と暗闇の中の彼らしい愛の囁きは、いつかを望んで想像していたものよりもずっときらきらとして、愛おしくて死んでしまいそうなぐらいに温かかった。

20220219


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