夢と現の境界線



 ボーダーでの生活は、どこかゲームの世界のようだと思ったことが、実は結構ある。何度挑んでも復活できる死なない練習場、実際に戦いの場でも基地に戻れるベイルアウトシステム、そして多種多様なギミックの施された武器。そして真っ白なこの四角い要塞、もといボーダー基地。まるで国近ちゃんのよくしているRPGのゲームのようだ、なんて。最近、また大きな侵攻があったせいか、たまに変な考えをしてしまう事があった。

「なんや、暗い顔してどうしたん?」
「……びっ、くりしたあ。驚かさないでくださいよ生駒さん」
「驚かせるつもりはなかったんやけどな、すまんな」

 ぺきり、と右手で持った飲料水のペットボトルが音を立てた。赤と黒のジャージがとても目立つはずなのに、全然気が付かなかった。自動販売機の影からひょっこりと顔を出した生駒さんは、珍しくひとりでいるからだろうか、いつもより少しだけ大人しく感じる。隊の人たちは? と聞くと、まだ学校が終わっていないのだと言ってそのままお茶のボタンを押した。ちなみにわたしはサボりではなく任務終わりですよと弁明するように伝えると、最初から疑ってないでとニカッと笑いながら返された。相変わらず明るいひとだ。ピッという音と共に落ちたお茶のペットボトルを取ると、人1人分の間を開けて隣に座ってお茶をひと口。そしてそのまま、こちらの様子を伺うように問いかける。

「それで、なんで暗い顔しとったん? なんか嫌なことでもあった?」
「いや、そう言うわけではなくて。……生駒さんって、なんかこう、たまに今って夢と現実のどちらなんだろうな、って思うことありませんか?」

 生駒さんはスカウト組で、たしか関西のあたりからこの三門市に来ていたはず。わたしみたいに元から住んでいたから、被害に遭ったからとか行った理由ではなく、ここでの生活を、闘うことを選んだひとだ。自ら戦場を選ぶなんて、わたしなら到底できない。平穏な生活と、戦いにあふれた日常。どちらもが混在しているこの今を、彼はどうおもっているのだろうか。少しだけ興味が湧いて、軽い声色でそう問いかけてみる。沈黙が少し流れ、ひとつ呼吸をしてからそっと目を合わせた。穏やかに、凪いだ瞳がやわく細まった。

「ある、と思う」
「……思う、ですか?」
「おん。今だって俺、名前ちゃんと話せて夢みたいに嬉しいけど、……これって現実やん?」

 てん、てん、てん、と漫画や小説のように間が空いた。
 えっ現実やんな!? と慌てふためく姿に、なんだか悩んでいたような、もやっとしていたような気持ちがどこか遠くへいってしまった気がした。なんだ、そんなに気にしなくてもよかったのかもしれない。不思議と落ち着いた心地になり、変わらず焦ったように頬をつねったり、わたわたと手を動かす生駒さんがなんだか可笑しくて自然と口角が上がっていくのがわかった。

「……ふ、ふふ、なんですかそれ、ちゃんと現実ですよ」
「せ、せやんなあ、良かったわ」
「私も、生駒さんと話せて嬉しかったし良かったです。お礼にこの後、隊の皆さんが来るまでラウンジでお茶でもしませんか?」
「エッ、アッ、是非!」
「ふふ、なんで敬語なんですか」

 気分を晴らさせてくれたお礼に、私お薦めのキャラメルラテでもご馳走しようかな。隊服の裾を掴んで早く行きましょう、と軽く引っ張ると、こんな幸せでええんか……? と真顔で言っているのだから、生駒さんはやっぱり面白い。口元がまた緩むのを感じつつ、もっといろんな話を聞かせてほしいと思いながら無機質な白い廊下をまっすぐに歩き出した。さっきここへ来た時よりも、その足取りは随分と軽やかだった。

20220213


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