コンデンスミルクの吐息



「名前ちゃんおはよ、今日も寒いなぁ」
「隠岐くんおはよ、今日の最低気温5度らしいよ」
「あかん、凍え死ぬわ」

 今日の三門市の天気は晴れのち曇り、気温は10度から5度の間ぐらい。スマホ片手に天気予報を確認することも、両の手をさすりながらマフラーに顔をうずめる隠岐くんの姿も随分と見慣れてきたと思う。初めて見たあのもこもことした姿の隠岐くんはきっとこれからも忘れないだろう。関西よりも三門市のほうが寒いようで、元々寒がりな彼は随分とこちらの冬の寒さに騒いでいた。

「どないしたん?」
「んー、初めて隠岐くんの冬装備見た日を思い出してた」
「それ、忘れてって言うたやん」

 恥ずかしいわ、と少し染まった頬を隠すようにマフラーへ顔が半分ぐらい沈み込んだ。学校の女の子たちが見たら、隠岐くん可愛い!と騒ぐかもしれない。当の本人はそんなこと全く気にしてないだろうし、私も見慣れてしまったから特段騒ぐこともなかった。

「今日も寒いなぁ、カイロが手放せんくなってしもた」
「手袋はつけないの?」
「ちょい苦手なんよ、こう、締め付けられる感じがあるというか」
「あー、ちょっとわかるかも」

 私も手袋はあまりつけない派。スマホが扱いにくいところと、単純にそこまで寒がりじゃないから。寒がりだというのに付けないところは謎だと思っていたけれど、どうやら彼なりに理由があるらしい。体温調節って難しいねぇ、と白い息を吐いていると、隠岐くんは少しあいていた私との距離を詰めるようにすっと寄ってきた。いつもより近い距離に何かあったのかと見上げると、ふわふわの髪に埋もれた耳が少し赤く染まっていた。

「それにな、俺やってみたい事があるんよ」
「やってみたいこと?」
「好きな子と、手繋いでポケットに入れるやつ」

 隠岐くんから「好きな子」というワードが飛び出てくるとは意外。モテているのは知っていたけれど、あまり彼女とかに興味のないタイプだと思っていたしそんな素振りもなかったように思う。案外可愛らしいところもあるんだなぁと思っていると、私に向けて控えめに手のひらが差し出された。寒さで冷えているのか元から白い肌がいっそう白く見えて、遠慮がちな視線が交わり首を傾げた。

「えっと、どうしたの?」
「え、普通今の流れでわからん……?」
「え?」
「せやから、その、……名前ちゃんがすき、やから、……おれと手、繋いでくれませんか」
「え、……え?」

 勢いで言いきった、とでも言いたげな表情と、緊張で少し震えた指先が見えてしまい言葉が詰まる。そんなそぶりあったっけ、いやでもこの雰囲気や表情は本気っぽいし、どうしよう混乱してきた。ぐるぐると回る思考に頭が爆発してしまいそう。それなのにどうしてか、断るだなんて選択肢はこれっぽっちも出てこなくて。絞り出した苦し紛れのような言葉は、是とも否とも捉えられるような曖昧な返事だった。

「え、っと、その、ひ、人気があるところでは、ちょっと嫌かも、?」
「そ、れって、途中までなら、ええってこと?」
「う、ん、……多分」
「ふ、多分ってなんやねん」

 私の挙動不審な態度を見て緊張がほどけたようで、少し笑うと私の右手をやさしく掬った。小さな子が家族と繋ぐようなそれは、男女となると一気に気恥ずかしさが浮かんでくる。まだ寒い早朝なのに、私の体温は充分過ぎるほどに温まっていた。繋がれた手のひらから伝わる体温も同じぐらいにあたたかくて、同じ温度の共有をしているという事実にまた体温が上がりそうになった。

「名前ちゃんのおかげで、夢がひとつ叶ってしもたなぁ」
「隠岐くんにも、こういう欲、あるんだね」
「そりゃあ年頃の男の子やからね」
「う、そ、そっかあ」

 年頃の男の子、それはそうだ。高校生なんて恋愛真っ盛りというか、友達だってクラスのあの子だって彼氏彼女も多いし話だってよく聞く。けれど私はあまり縁のないものだと思っていたし、ボーダーでの友人から恋愛感情を向けられるなんて想像したこともなかったから。あの隠岐くんが私を、というのもなんだかまだ信じられないし、いっそ夢と言われた方が納得しそうだ。けれど、早まっていく心臓の音がどうしても現実を突きつけてくる。

「なんや照れてるん?」
「て、照れてないよ!」
「ほんなら、今日の帰りには告白の返事、ちゃんと聞かせてな?」
「え、」
「本気、やからね」

 名前ちゃんの体温ぬくいなぁ、と言って繋ぐ力を少し強めた隠岐くんは、寒がりなことさえ味方にして私の心をかき乱していく。隠岐くんに「可愛い」なんて言っていた人は、彼のこのずるい一面を見た事がないのかもしれない。そう思うとなんだか嬉しいような、むずむずとした感覚が胸に残るのだから、帰りの返事の言葉は未来が見えない私でも分かってしまいそうだ。

20221127


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