初夏の眩さに誘われて



 頭の中を空っぽにしようとして、ぼんやりと天井を眺めながら横たわるといつの間にか眠っていた。ふと気が付いたらもう時計の針は平日の朝より少しだけ遅めの時間。昨日の失敗を思い出してしまい、少し涙腺が緩む。また自己嫌悪に陥る前に動き始めないと。そう思って起き上がり、櫛で髪の毛を溶かしていると控えめなノック音が部屋に響いた。

「よっ!おはよ苗字。今日暇? 暇だよな? 上鳴くんと遊びに行こうぜ」
「……へ?」
「とびっきり可愛い服に着替えて来いよ、せっかくのデートなんだからさ。……ってやめろよその顔!冗談だって! ほら、下で待ってるからな」

 じゃあな、なんてひらひらと手を振ってそのまま去って行く後ろ姿を呆然と見つめる。突然すぎて何も理解できなかった。どう言うことなの上鳴くん……。混乱しながらも、出かけることは何故か決定事項らしいので、もそもそと部屋着から着替え出す。用事もなかったし、断る理由も特にない。ただそれだけ、だけど、何故急に誘われたかの理由は全く思いつかなかった。ちょっとだけ、いつもよりも服を選ぶのに手間取ったことは秘密だ。

「上鳴くん、お待たせ」
「おー!……なんか、制服や部屋着じゃない苗字って新鮮だな」
「まあ、寮生活になってからまだ出掛けたことも少ないしね」
「それは確かに。今後はもっと皆で遊びに行きたいよな」
「うん、そうだね」

 軽く朝食でも、とコーンフレークを棚から取り出してお皿にざっと入れる。二人で囲むテーブルは、いつもよりも広く感じて少し不思議な感じ。けれど退屈に思わないのは、きっと目の前の彼が話し上手であり聞き上手であるから。

「そろそろ行くか、準備は大丈夫そう?」
「大丈夫だけど、……どこに行くつもりなの?」
「それは内緒。まあ、今日は俺に任せてくれってことで!」

 行こうぜ!と自然に手を取られたまま、勢いよく玄関のドアが開かれる。ふわりと吹き込んできた風が心地よく頬を撫で、雲ひとつない青空が私たちを出迎えた。時間はまだまだ早い、どこへ行くのかも、何をするのかもまだわからないのに、不思議と楽しみにしている自分がいて。それと同時に、ああ、上鳴くんはきっと、私が落ち込んでいることを察してくれたのだということに気がついた。

「よーっし、まずはショッピング行こうぜ!俺新しいスニーカー欲しかったんだよなあ」
「……実は私も。お互いのやつ選んだり、する?」
「!! それいい、めっちゃ良い!やろうぜ!」

 ワクワクしてきた!と目を輝かせてこちらを見る姿が、なんだかいつもよりも眩しく見えて思わず目を細める。今日はきっと、いや確実に、とても楽しい一日になる。そう思うとなんだか嬉しくって、掴まれていたままの右手を、私から握り返した。さっきまでよりもぐっと近くに感じる手のひらの熱がなんだか愛おしい。友人なのに、いや、友人だからかな。前を見ると、驚いてピシリと固まった上鳴くんが目に入る。混乱する様子がちょっとおかしくて、思わず笑いながら、さっきとは逆に私から手を引いて駆け出した。せっかくのデート、らしいからね!

20210825
上鳴くんには夏が似合う


- ナノ -