いつか、真白に包まれて


 ※原作+10軸

「骸くん、誕生日おめでとう!」

 わぁっ!という気の抜けるような明るい柔らかい声と、パンっと小さく音を立ててカラフルな紐や色紙が飛び出すクラッカー。時計の針が丁度十二を指した瞬間突如現れた彼女に、珈琲を飲もうと口元に近付けていたカップは途中でぴたりと動きを止めた。薄緑色に白い小花柄のワンピースの裾をひらひらと舞わせながらこちらに駆け寄る姿に、結局一口も飲まないままのカップを机に置いて読みかけの書類はそのままに、目の前の最愛を両腕で受け止める。

「ふふ、骸くん驚いた?」
「……すごく、驚きました」

 自分の誕生日に彼女が祝ってくれるのは、もう随分と前から恒例行事になっていた。今年はどんな風に祝ってくれるのか、年甲斐もなく楽しみになり珈琲で少し落ち着こうとしていたところの唐突なサプライズ。丁度日付が変わった時に電話かメールが来るのは予想が出来たし、実際毎年そうだった。けれど、今年はいつもとは違う。幻術でもない、本物の名前がそこにはいた。

「……本物、ですよね?」
「ちゃんと本物だよ、骸くんならわかるでしょう?」
「今日はフランスで任務だったはずでは? 帰りは十八時頃になるという旨を、クロームから聞いていましたが」
「それは本当だよ、出発時間を沢田くんにずらしてもらったの」

 だから寂しいけど、もう少ししたら出かけなきゃ。僅かに口を尖らせた名前の手をぐっと引き寄せ、先程よりも強く、けれど痛くないように気を付けて抱き締める。柔らかな髪を撫で首元に顔をうずめると、くすぐったいよと鈴を転がすように笑う声が愛おしい。
 彼女は仕事の関係上、誰かに頼りにされることが多い。仕事の優秀さだけでなく、彼女の人徳あってこその案件も数多くある。だからこそ分かってしまったのだ、細かな時間調整や交渉をした上で、僕のためにこの時間を作ってくれたのだと。

「……あなたって人は、本当に、」
「ふふ、嬉しそうで私も嬉しい。……今年はね、一番に伝えたかったの」

 今日は、彼女がイタリアに来てから初めての僕の誕生日。慣れない環境の中でも周りに溶け込むのが早かった彼女が、それでも自分を選んでくれたのだと改めて実感する。いちばん、という言葉がこんなにも嬉しいだなんて。過去の自分が、今の僕を見たらなんと情けないことかと笑うだろうか。それでも、今の自分は確信を持って言える。名前がいるこの人生が最も幸せだと。

「僕は、いつも名前から貰ってばかりですね」
「私だって骸くんからいつも沢山貰ってるよ、ありすぎて溢れちゃうぐらい!」

 この前私の好きなお土産を買ってきてくれたこと、寝る前に暖かいミルクを入れてくれたこと、優しく抱きしめてくれたこと、悲しい時にそっと寄り添ってくれたこと、それからええと、……
 際限なく出てくるそれは、僕から貰ったのだというものばかり。ひとつひとつ丁寧に、指折り数えていく。全部は言い切れないけれど、と区切り、あのね、と少し恥ずかしそうに頬を染めて僕の耳元に薄紅色の唇を近づけた。

「……一番嬉しかったことはね、私と出会ってくれたこと」

 ね、たくさん貰ってるでしょう?
 そう言って嬉しそうに、心の底から幸せだというように顔を綻ばせる姿は、いつかの僕が一番欲しいと願ったものだった。自分でも無意識のうちに、右手を真白のやわいほほに添えて小さく唇を啄む。僅かに響くリップ音がいまだに慣れないのか、さらに淡く色付く頬がまた可愛らしい。

「今年は、今までで一番素敵だと思える誕生日ですね」
「本当? これからも毎年記録更新していくから、覚悟しててね」
「クフフ、望むところです」

 手触りの良い髪を崩れない程度にかきあげ、額にまた唇を落とす。名残惜しくも離れると、まあるい瞳の中に驚くほどやさしい表情を浮かべる自分が写っているのだから、なんだか照れ臭くてもう一度抱き寄せた。程よくあまい、桃のようなやさしい香りが、あの時からずっと、僕の心の柔らかい部分を捉えて離さない。それは、きっとこれからもずっと。
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