その眩しさを誰にも知られないで

「今日は一日冬馬に付き合うよ」
「ほんとか?」
「もちろん、今日は冬馬の誕生日だからね」

 おめでとう、と言うシンプルな祝いの言葉は随分と楽しげだった。まだ重い瞼に大きな欠伸。朝一番からある撮影に向かう車内には、ボリュームを下げたラジオがゆるりと流れる。朝焼けに染まる空は雲ひとつなくて清々しい。窓を少し開けると、ひんやりと冷たい空気が頬を撫でた。

 何かして欲しいことがあったら何でも言ってね、と言う声にさも興味ないようなフリをしてへぇ、と応える。けどきっと、楽しみにしてたことなんてとっくにバレているんだろう。そういうところは鋭いんだ、普段は鈍いくせに。

「じゃあ、……夜、アンタの手料理が食べたい」
「え、そんなことでいいの?」
「そんなことじゃねえよ! ……ダメ、か?」
「ううん、全然。張り切って作っちゃうね」

 姿勢良く運転する姿を横目で見ながら、俺も早く免許が欲しいだなんてぼんやり思う。ドライブに行こうと誘ったら、アンタはきっと「えー、冬馬の運転って……大丈夫なの?」なんて悪戯に笑いながらも、結局は付いてきてくれるんだろうな。

 細くたおやかな指先がハンドルを軽く叩き、少し音の外れた鼻歌が小さく響く。聞き覚えのあるそれは、先日レコーディングしたばかりのJupiterの曲。いつの間に覚えていたのか、と驚いたけれど、それよりもずっと嬉しさが勝ってしまう。自然とゆるんでいく頬を隠すように帽子を深く被り直した。

「まあ、冬馬のカレーには敵わないと思うけど」
「そりゃあ俺の作るカレーはこだわってるからな!」
「知ってるよ、すごく美味しいもの」
「実はまた新しいスパイス試したくってさ、今度アンタも食ってくれよ」
「いいの? 是非食べたいなあ、……へへ、お腹空いてきちゃった」
「……俺も」

 そうやって無邪気に笑う顔、初めは俺らだけに向けられていたんだよな、なんてぼんやりと思う。優しくて温かい声、やわらかな表情、きらきらと眩く輝く先を見据える瞳。ずっと先へと、事務所の皆と突き進んでいくんだろう。けれど、たまにふと見せるやわくて愛らしい表情だけは、誰にも渡したくない。知られてほしくない。……アンタが想像してるよりも、俺はずっとちっぽけな男なんだ。

「どうしたの冬馬?」
「プロデューサー、……なまえ、さん」
「……なあに?」
「……その、…………うしろ、寝癖ついてんぞ」
「うそ、どこに?」
「結び目のとこ、外にはねてる」
「うわほんとだ……仕方ない、ピンで止めちゃうか。冬馬、ありがと」
「……おう」

 告白の言葉ひとつも満足に言えない。名前呼びだってまだぎこちない。それに、まだ学生の俺が言ったところで絶対に色良い返事は来ないとわかっているから。だから、あと少し、アンタの隣に立てるような立派な男になるまで。それまではどうか、誰にもこの儚くも美しい煌めきを知られないでいて欲しい。身勝手ながら、そう願ってしまうのだ。少し冷えた指先を握りしめ、マスクの下ですきだ、と唇を震わせる。爽やかなJ-POPにかき消されたそれは、いつか伝える日を待ち侘びている。

20210306
遅れてしまったけれど誕生日おめでとう!
ずっと貴方が煌めく姿を見ていたいです。

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