朱に溶ける声色

「初めまして、よろしくお願いします、夏さん!」
「……なんて?」

 ふわふわとした甘いチョコレートのような色の長い髪、まあるく穏やかに凪いだ栗色の瞳。じわりと滲む夕焼け色を宿し、ぱちりと瞬くたびに揺れる長い睫毛が印象的だった。

 今回の任務に派遣されたのは自分とひとつ下の学年の女子。後輩とはいえ、一年生が入学してからまだ会ったことがあるのは片手で数えられるほど。学校でもなかなか会う機会が無く、後輩の中でも彼女とはほぼ初対面だった。
 聞き返した自分の言葉が聞こえなかったのか、はたまたスルーしたのかは分からないがそのまま任務内容を確認していく。風で乱れた髪を耳に掛け直す仕草に大人びた気配を感じて、先程の元気良い返事との差に思わず目線を逸らした。

「というわけで今回私はほぼ見学になっちゃうんですけど、何かお手伝いできることがあれば言ってくださいね。あ、お茶とかも買ってくるので」
「うん、そんなパシリみたいなことさせないからね」
「そうなんですか! 優しいですね、夏さん」

 資料をめくりながらけらけらと軽やかに笑い、夏さん、と自分に呼びかけてくる。可愛らしいその響きにまさか自分のことか?と、固まっていると、彼女も返事をしない私に不思議そうに首を傾げている。

「……ちょっと確認したいんだけど、君、私の名前知ってる?」
「はい! たしか、夏油傑さん、ですよね。あ、先輩呼びの方がよかったですか?」
「いやそこはどっちでも良いんだけど……その、夏さんって……?」
「? ああ、可愛くないですか? 夏さんって呼び方」

 可愛いという言葉を言われたのは初めてかもしれない。自分に似合う言葉ではないことは当たり前だが、もし過去に言われていたとしても巫山戯て硝子や悟が言っていたぐらいだろう。

「……そうかな?」
「はい、かわいいです。夏さんも可愛いです」
「可愛い? 私が?」
「はい! そのお団子頭とかすごく可愛いと思います」

 にこにことこちらを見る表情に嘘は感じられない。本当にこのガタイの良い男をこの子は「かわいい」と思っているのだ。花の女子高生、勝手知った気でいたけどまだまだ知らないことの方が多かった。この子、硝子やその辺の女子とはまた別のベクトルで変なタイプの子だ。

「改めまして、よろしくお願いしますね夏さん」
「……まあ、うん、もうそれで良いよ。よろしくねみょうじさん」
「はいっ!」

 元気の良い返事と笑顔が眩しくて僅かに目を細める。名前の呼び方以外は特に目立った点もない、その辺にいそうなただの女の子だ。寧ろ自分の周りには変わった性格の人が多過ぎて、逆に浮いてしまいそうなほどに普通という言葉がよく似合う。
 人手の少ない呪術師界隈のことだ、きっと彼女と関わる機会は増えていく。ならばその変な呼び方も、そのうち自分にとっての"普通"となっていくのだろうか。夕暮れに染まる校舎を背に、少し先を歩く彼女が紡ぐ聞き慣れない愛らしい音の響きがまだ少しくすぐったかった。

20210219

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