橙色サテライト

 高校に入学してから数日が経った。外は快晴、日差しが暖かく柔らかな風が髪を揺らす。特に用事もなくふらふらと歩きまわり、校舎の見学でもしようかとぶらついてみる。窓ガラスから日光が眩しく差し込み、ふと外の景色を眺めて見ると体育館の扉が開いていた。もう部活が始まっているのだろうか。山本はもう既に野球部に入っているらしいし、活動中なのかもしれない。

 部活に入るわけでもないし、運動はいまだに得意とは言えない。けれど、不思議と興味を惹かれて体育館へと歩みを進め、こっそりと開いていた扉から顔を出してみた。
 そこから見えたのは、ネット越しに高くふわりと飛んだ小さな背中。綺麗なフォームに目を奪われ、視線が逸らせない。まるで、翼が生えてるみたいだ、なんて自分らしくもないメルヘンチックな考えが頭をよぎる。

「あ、危ない!」
「…ぶはっ!…うっ……」

 見惚れているうちに素早く飛んできたボールは真っ直ぐと俺の顔へと向かってきて、ガツンという音と共にぐらつく視界。こちらへと駆け寄る姿を隅に映し、ゆっくりと世界は暗転した。

「もし……もしもし……え、生きてる、よね?大丈夫…?もしもーし!」
「ん……あれ、俺…」
「良かった、生きてた!」

 もしもし、と言う少し焦り気味の声掛けに引き寄せられ、だんだんと浮上した意識。重たい目蓋を開けると、視界にまず入ったのはゆらりと揺れたポニーテール。少し視線をずらすと、まあるい瞳がぱっちりと開いてこちらを覗き込んでいる。あ、さっき飛んでいたひとだとぼんやり思った。生きてた、なんて大袈裟だなと思いながらも体育館の照明の眩しさに目を細め、ゆっくりと身体を起こそうと手を床につく。

「…、わ、わーーー!!ち、ちち近い!!!」
「あ、ごめんなさい」

 はっきりとしてきた視界いっぱいに広がるのは愛らしい顔立ちの顔。思っていたよりも近い距離にいたことに驚き、勢いよくずざざっと後退りをした。近かった距離をなんとも思っていないのか、当の本人はケロリとしている。俺だけ焦っていてなんか、すごく恥ずかしい。あんなに近くに女の子が居たことなんてない。距離感を思い出して頬が熱くなった。緩やかにカーブを描く綺麗な睫毛を思い出してまた少し体温が上昇した気がする。

「あの、扉が開いていたとはいえぶつけちゃってごめんなさい」
「いや、俺もぼーっとしてたから…!」
「いやでも開けてたのも私だし」
「不注意だった俺のせいでもあるよ」
「でも…」
「いや…」

 お互いに譲らずに謝り続けるキリのない会話、少しの沈黙の後に2人で目を見合わせて吹き出すように笑い出した。口を大きく開き快活に笑う姿は見ていて気持ちが良いぐらいの笑い方だ。二人きりの体育館に笑い声が響き、それがなんだかおかしくってまた笑みが深くなった。一通り笑ってようやく落ち着き、お互いに少し近付いてからぺたりと床へ座り直す。初対面なの不思議と人見知りもせず、自然に会話が溢れていた。

「えっと、君名前は?」
「沢田綱吉、1-Aだよ」
「私は苗字名前、B組!隣のクラスだね」

 これも何かの縁、宜しくね、と白い歯を少し覗かせながら笑う姿はオレンジ色のユニフォームも相まって太陽のようにきらきらと輝いていた。

- ナノ -