コーラルピンクを膿む



 女神のような女性がモチーフのチェーン店、そこの季節限定のラテが出たらしい。絶対に行くぞと心に決め、朝から少しソワソワしながら昼休憩になった途端に「お昼いただきます!」と部署を飛び出した。職場から徒歩三分ぐらいの場所のそこは準常連客ぐらいにはなっているぐらいには通っていて、職場の人とも行くし偶然ここで会うこともあった。
 涼しい店内に入り二、三人程既に人が待つレジに並ぶ。スマホのアプリにお金をチャージしていると、ふと手元に影が差した。それと同時に肩に少し高い温度が触れる。トントンと叩かれると同時に振り返ると、ふにっと頬に何かが刺さった。

「……なんだ、萩原か」
「よ、苗字ちゃん。今日も暑いね」
「そーだね」
「あ、その顔は興味ないって顔だな?」
「うん」

 相変わらずクールだねぇ、とニコニコ笑う同期の姿を横目に、店員さんから渡されたメニュー表に目を通す。よかった、まだ売り切れてない。食事も一緒に済ませようかなと店頭に並ぶサンドに眺めていると、再び肩をちょいと叩かれたので仕方なく後ろに並ぶ彼へと視線を向けた。

「なに?」
「いや、苗字ちゃん今日は昼ここで済ませんのかなって」
「そのつもりだけど」
「ならさ、俺も一緒に食べていい?」
「……ヤダ、って言ったら?」
「え、泣いちゃうかも」

 ぐすんと目元を拭うフリをする萩原に、自然とため息が溢れる。警察学校の頃からの知り合いではあるけれど、昔からこのノリが私は少し苦手だった。決して嫌いではない。けれど、同じ同期の中ではまだ松田や降谷のほうが気が合うのだ。
 しかし、何が楽しいのか萩原は事あるごとに私に構ってくる。生憎可愛らしい少女ではないので鈍くはない。私に少しは気があるんだろうなということは察しているけれど、どうにもまわりくどい。告白をするわけでもなく、のらりくらりと近付いてくる。おそらく、他の女の子に対してもそうな思わせぶりな態度なんだろう。残念ながら私のタイプは伊達くんのように男らしいか、諸伏くんのように優しい男の人だ。

「ごめんけど、私昼は一人で食べたいタイプなの」
「え、この前松田とお昼行ってたじゃん」
「……なんで知ってるの?」
「松田に聞いた」

 まあ、二人ともセットみたいな感じだしそんな話もする、のか?部署も同じだし。というか本当にずっと一緒だな、幼馴染みたいなもんだって聞いてはいたけど相変わらず仲が良いようで。なんとか理由付けするように飲み込んでいると、レジ対応の店員さんが増え列が一つ進む。

「一人の方が気楽なのは本当」
「うん、知ってる」
「なら、」

 遠慮して欲しいんだけど、と続きかけた言葉は、ふにりと唇に触れた熱に止められた。私よりも一回り大きな手の、少しゴツゴツとした一般的なそれよりも長い人差し指。
 思わずぴたりと動きを止めると、列がまた一つ進む。それと同時に萩原が私を追い抜き、レジのお兄さんに向けて「新作のラテ二つ、あとサンドはこれとこれで」と勝手にスラスラと伝えた。待ったをかける間も無く、電子決済のピロンという音が響いて会計が終わる。

「ちょっと萩原、何してんの。というかなんで私が頼むやつ分かったの」
「なんで、って言われても。苗字ちゃん、この新作飲みにきたんだろ?」

 苗字ちゃん、ここの新作出たらよく来てるし。
 萩原に当然のように言われたそれは、確かにその通り。けれど、どうして知ってるのとか、そもそも会計もなんで払ってるのとか。いろいろと聞きたいことや言いたいことがありすぎて、口を開いては閉じてを繰り返す。そんな私を見て、萩原はいつものニコッとした笑顔ではなく、少し困ったような、迷ったような笑みを浮かべていた。そしてへにゃりと眉を下げ、少し緊張を帯びた様子で口を開く。

「ねえ、一緒に食べる口実。コレじゃダメ?」

 コレ、と萩原が差し出したのは、先ほどの会計のレシート。つまり、奢るから一緒に食べませんかというお誘いってこと、なんだろう。本当に、分かりやすいようで分かりにくい。
 不安げに目を揺らし、男性にしては長い髪の隙間からちらりと見える染まった耳が覗く。そんな様子がなんだか愛らしく思えるのだから、私も段々と絆されてきているのかもしれない。
 白旗をあげて頷いた私に、萩原がパッと顔をあげて目を輝かせる。犬みたい、と思わず口を滑らせると、萩原は「苗字ちゃんが犬派ならそれもいいかもな」なんてやけに楽しそうに笑っていた。ほんのりと耳と同様に色づいた頬には気が付いているけれど、仕方ないからまだ知らないフリをしてあげる。

20230729


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