虹のはしっこが滲み出したら



※ふんわりエピ凪のネタバレ含むかもしれないので注意


「名前、なんか良い匂いする」
「え? ああ、新しい香水付けてるからじゃない?」

 というか近い、と私の首元で鼻をすんと鳴らした誠士郎を両手で押しのける。190センチの大きな体躯が被さるだけでも普通の女の子だと恐怖を覚えるかもしれない。何をするにもやる気なし男とはいえ、この距離の近さにはいい限度を覚えてほしいところだ。
 すぐに興味を失ったのか、「へぇ」と相槌を打つとそのまま視線はスマホゲームの画面へと落とされた。しかし体重はこちらに寄りかかったままで、重さに耐えきれない私を見越してかそのまま誠士郎はずるずると滑り落ちていき、最終的には私の背中に頭部の重みだけが残った。変な体勢になるぐらいなら普通に寝転がれば良いのに、相変わらず何を考えているのかさっぱりわからない人だ。

「……なぁ、前から思ってたけど、お前ら距離近すぎないか?」
「そう?」
「えー、わかんない」

 いつもこんなもんでしょ、と答える誠士郎と、じとりとした目線でこちらを見る御影くん。最近誠士郎とサッカーがしたいのだと勧誘しているらしく、基本二人きりだった昼休憩の屋上は少しだけ賑やかになった。紙パックのジュースを飲みながら、御影くんもよく諦めないなと感心してあの手この手でまた勧誘をしている姿をぼんやりと見る。御曹司で頭も良くて運動神経も良い、女の子にだってモテモテで、彼に手に入らないものなんてないように思える。そんな御影くんが誠士郎に手こずっている姿は、正直に言って少し面白い。無意識のうちにじっと見つめてしまっていたようで、アメジストの瞳とばちりと目が合った。

「な、なんだよ」
「いや、御影くんすごいなって」

 思っていたことをシンプルに言うと、ジュースをまた一口ストローから啜る。誠士郎のめんどくさがり屋な正確にここまで付き合うところは素直に尊敬に値する。私も幼馴染故か誠士郎に似た部分があるが、彼よりはマシだと自負している。ご飯を食べるのも面倒だなんて、本当に人間ではなくて不思議な生き物なのではと思う瞬間も多々あるので。そう伝えると、御影くんは大きな瞳をぱちりと瞬かせ、そしてとても楽しそうに笑った。

「凪には、サッカーの才能がある。俺とW杯に出場して、世界一になる。それが俺の夢になったんだ」

 きらきらと星が散りばめられたような、夢に向かって真っ直ぐと突き進んでいくと言わんばかりのとびっきりの笑顔。その笑みがとても眩しくて、はじめて見るその輝きにくらくらとしてどくりと心臓が動く。まるで彗星が落ちてきたかのようなその衝撃に、紙パックを持つ手に力が入って少し形が歪んだ。

 ──どうしよう、誠士郎。わたし、御影くんのこと好きになっちゃったかもしれない。
 職員室に用事があるから、と御影くんが去った後の屋上で、ぽろりと言葉がこぼれた。きっと今、鏡で自分の顔を見たら林檎のように赤く熟れている自信がある。

「……へぇ」

 背後から聞こえた返答は先程の相槌と同じだったのに、どこか低くてどろりとした音を立てていたことを、浮かれ切った私はまだ知らない。

20230129


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