そこまで言って、Nは沈黙した。
何時もの早い口調ではなく、一言一言、何かを確かめる様にゆっくりと紡がれる言葉たち。数年の空白は、Nに変化をもらたしたらしい。
伝説のポケモンと行動を共にする青年の噂を耳にしたとき、ブラックは居ても立ってもいられずに、チャンピオンリーグを飛び出していた。
ポケモンの声は聴こえるというのに、人間の話を全く聞かずに早口で捲し立て、挙げ句自己完結て飛び立って行ったこの男に、どうしても一言言ってやりたい言葉があった。
「全く、僕は解ってなかったんだ。彼等の声が聴こえるからと、調子に乗っていたのかも知れない。人間だって、話しただけで心まで解るはずがないのに、僕はポケモンの気持ちが解るつもりになっていた。王だと、思い上がっていたのかもしれない。………あのとき、あの小さな村では、解り合えていたはずなのにね」
ふう、とNは息を着き、後ろに座ったゼクロムにもたれ掛かった。大丈夫だよ、と声を掛ける様子に、ブラックは本当に声が聴こえているのかと今更ながらに驚いた。何せあの頃は慌ただしく日々が過ぎていっていたのだ。
はあ、と当時を思い出してブラックは溜め息を吐く。懐かしさからではない。呆れと怒りからだ。Nに会いに来た理由を思い出したのだ。
Nはそれを長話による疲れだと判断したのか、眉を下げて謝ってきた。確かに内容が内容だ。ブラックは想像以上に凄まじいNの育った環境に確かに驚き疲れていた。
「ごめん、急に話を聞いてくれだなんて。疲れただろう?」
「いや、お前のこと聞けて嬉しい。けど、」
「けど?」
「その前に、お前にずっと言いたかったことがあって」
なんだい?とNは首を傾げる。腰を下ろしたNの足下ではレパルダスが丸まっている。後ろ足には古い傷痕が見える。ふと、Nの心にもこんな傷が有るのだろうかと思う。その傷はもう、赤く爛れてはいないだろうか。ブラックは、レパルダスの傷痕を見ながらぽつりと溢した。
「お前、行く場所を言わずに出ていくなよ」
瞬間、Nは水色の瞳を見開いて固まった。
まるでブラックの声が、言葉が解らないというように。ああほらこれだから、とブラックは再び溜め息をつく。数年経ったとはいえ、この男はやはり理解してないのだ。人間の善意というものを。
「だから、急に居なくなるなよ。心配するだろ」
ベルもチェレンも心配してたし、ああアデクさんには怒られた後で絶対泣かれるね。そう言いながら知り合いを指折り数えていく。
「ちょ、ちょっと待って、え?心配してるって、なんで」
Nは目を泳がせ言葉を溢す。無意識になるとあの頃の様と同じ早口で、何だか可笑しくてブラック少し口許を緩めた。
「なんでって、みんなお前が好きだからだよ」
ベルなんて、ねぇNくんは?って五月蝿いくらいなのだ。
その言葉にNはぎゅっと眉を寄せた。まるで涙を堪えてるみたいで、泣けばいいのにとブラックは何故か苛ついた。
―――ねぇ、ヨーテリーは?
見つからなかったヨーテリー。大切な、大好きだった僕のトモダチ。消えない傷を抱えたまま、一人消えた初めてのトモダチ。
「……トレーナーが許せなかったのは、ポケモンじゃなくてお前だろ?」
こんなに悲しい思いをするなら、初めから関わらなければいい。ポケモンと人間。白黒はっきりさせれば、誰も悲しいことなんてない。
「自分を許してやれよ。ヨーテリーがいなくなったのは、お前のせいじゃない」
あの森で出会わなければ、連れて帰らなければ。僕が関わらなければ。
「……だけど、」
その時、ゼクロムがNの頬を舐めた。そして穏やかに一声、鳴いた。
「……そう思ってくれるのかい?ゼクロム」
するとそれに同意するかの様に、今までぴくりともしなかったレパルダスがにゃあお、と鳴いた。
「レパルダスも……」
かれらが何を言ったのか、ブラックにはやはり解らなかった。けれど、Nの涙腺は遂に決壊した。
ブラックはぽろぽろと流れる涙に満足しつつも、それを成し遂げたゼクロムとレパルダスに嫉妬していた。自分も居るのだと気付いてほしくて、ブラックは立ち上がって声を出す。
「よし、話は纏まったな」
そしてNの手を掴み立ち上がらせる。うわ、と驚くNをよそにブラックはケンホロウをボールから出す。
「ど、何処に行くんだい?」
「だーかーらー」
本当に話が通じない奴だとブラックは三度目の溜め息を溢す。
「帰るんだよ、イッシュに」
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