父親を名乗るその人物は、強欲な男だった。
母親は知らない。父は地図にも載らないこの小さな村から、世界を欲していた。行き過ぎた願いは野望となり、野望は同士を引き寄せた。そして彼は僕の能力に気付いた。切っ掛けは一匹のヨーテリーだった。
「いし、なげられたって。いたいって」
そう言ってヨーテリーを連れ帰ったときの父の顔は、きっと一生忘れないだろう。瞬間、彼は目を見開き沈黙し、その後恐ろしいほどに歓喜した。
「これで世界が手に入る!」
驚いた僕はヨーテリーを強く抱き締めた。その時の僕には父の意図など解らなかったが、取り返しのつかない何かをしてしまった事だけは理解できた。ああ、やってしまった。そして僕は英雄に成るべく教育をされ始めたのだった。
可愛い色が溢れた子供部屋の中には、僕と父親と怪我をしたヨーテリー。妙な雰囲気に僕は固まったままだったが、父はヨーテリーの傷付いた前足を躊躇なく掴んだ。ヒャン!、と甲高い声が響く。まだ幼いヨーテリーの、いたいいたいと泣く声が聴こえる。
「やめて!やめてよ!」
僕は父の腕に掴みかかる。だが子供の力では何の助けにもならない。ヨーテリーの泣き声は止まらない。
「傷が見えるな?」
彼は長いヨーテリーの毛を掻き分けて傷を露にさせた。赤い肉が見える。赤い血が流れている。いつの間にか、僕は掴みかかった筈の父の腕にしがみついていた。
「解るか。これが人間が、トレーナーがポケモンにしていることだ。ポケモンを支配し、傷つけ、私欲のために道具にしている」
傷薬を持ってきなさい、そう言われて僕は弾け飛ぶように走り出した。リビングから救急箱ごと持ってきて父に渡す。父は傷薬を取り出し、ヨーテリーの傷口に振り掛けた。その上から包帯を巻けば、ヨーテリーは安心した様に泣くのを止めた。その様子に漸く僕は詰めていた息を吐いた。
「イッシュ建国の伝説は知っているな」
父親の声は張り詰めたままだった。妙に熱を持った両目が僕を見下ろしていた。
「お前のその力は素晴らしいものだ。きっと、いや絶対に、神の思し召しなのだ。今一度、ポケモンと人間が対等に暮らす世を創る為の、お前が、この世界の英雄と成るための!」
「……パパ?」
「もうパパ等と私を呼ぶな、いや、呼んでくださるな。貴方は英雄と成られるお方」
ぞくりとした。
それは狂気だった。否、世界を手に入れる手段を得た男の狂喜だったのかもしれない。
「さあ、伝説を始めましょう」
そして物語は動き出した。
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