夕暮れ女神と恋の閑話の続き的な。






この状態はいったい何なのだろうか。
ブラックは今日何度目かのため息を吐く。正座した足にはもはや感覚はない。勇気をだして、膝の上で握り締めた拳から視線をあげる。高そうな彫りが入った応接机の向こう側、どんと控えるのは厳つい男と麗しい二人の少女。

嗚呼、何度でも言おう。この状態はいったい何なのだろうか。ブラックはごくりと唾を飲み込んだ。






一緒に帰ろうとNのクラスに向かえば、彼は流行りの風邪をひいて休みだという。これは家に伺う良いチャンスだと思い、半ば強引にNの同級生から連絡のプリントを受け取った。何度も前を通った純日本家屋の豪邸のチャイムを緊張しながら押せば、出てきたのは二人の女神。驚いている間に気が付いたら応接間。対面していたのは、何故かNの父親であるゲーチスだった。



(何故!?)

かたりとアテナがお茶を置く。向かいでは同じようにアフロディテがゲーチスの前にお茶を置いていた。そして二人はゲーチスの少し後ろに左右対称的に座した。こちらを見てくる二人の目は何処か楽しそうだ。―――つまり、彼女達の試験は未だ終わっていなかったらしい。ブラックはがっくりと頭を下げた。

「して、お前がブラックか」

ずしりと重いゲーチスの声が、部屋の空気を震わせる。ぎらぎらと光る隻眼が、真っ直ぐとブラックを射抜いていた。なるほど姉妹を雇っている人間なだけあるようだ、ブラックは理解する。ブラックを誰よりも試したいのは、この男なのだ。そう思うと、彼は頭がすっと冷えていくのを感じた。試したいならば試せばいい。

(どう判断されようと、俺はNを離す気はない!)

ブラックは力強くゲーチスを睨み返す。するとゲーチスがその視線に反応したのか、皮肉気に口許を歪めた。女神達は干渉するつもりはないのか、沈黙を保っている。

「Nとは随分仲良くしているようだが」

「ええ、これからも仲良くさせてもらうつもりです」

にやにやと笑うゲーチスの言葉に、ブラックは真顔で返した。ブラックの返事に、ほう?とゲーチスは楽しそうに笑う。

「これからも?それは何時までだ?」

「何時までも何もずっとです」

その言葉に、ゲーチスは遂に声を出して笑った。

「ずっと!それはまた幼稚な言葉を使う」

ブラックはゲーチスを睨みつける。女神達は相変わらず静かに佇んでいる。ゲーチスは言葉を続ける。

「ずっとなどあり得ない。あの子はハルモニアの跡取りだ」

「それで構いませんよ。ハルモニアの跡を継いだNを離さないだけだ」

その真剣な言葉に、ゲーチスはぴたりと笑い声を止めた。すっと赤い瞳が冷たい光を宿す。上に立つ人間の眼だ。ブラックはぞくりて背筋が粟立つのを感じた。

「本気で言っているのか」

「当たり前です」

「お前はハルモニアを継ぐNに、子を成させないつもりか?」

「養子をとればいい」

「お前は、Nと生涯をともにするとでも?」

ぎらりと赤い瞳が光る。強い瞳にブラックは体を動かせない。何とか喉を震わせようと、ぎりりと拳に力を込めた。女神達が小さく体を動かした。言わなければ。認めさせなければ。そしてNは叫んだ。


「そうだ!Nは俺が貰う!」











『そうだ!Nは俺が貰う!』

続けて、ぴっと響くのは機械音。



「確かに、言質とれましたわゲーチス様」
「これで心配はありません、ゲーチス様」

「うむ」

今までの雰囲気は何処へやら、三人は和やかなムードで頷いた。ブラックはただ呆然とアフロディテの手元を見つめる。嗚呼それは、見間違いでないのならば。

(いっそ見間違いであってほしい…!)

「ICレコーダーかよ…」

嗚呼なんというデジャ・ビュ。がっくりと、ブラックは高そうな机に突っ伏した。流石は女神達の雇い主、そしてNの父親であるといったところか。三人の何倍も手が込んでいて、尚且つ質の悪い仕掛けであった。







ずず、とブラックが冷めたお茶を啜る。

「まさか風邪まで嘘じゃないだろうな…」

「あら、N様の風邪は本当ですわよ」
「後でお見舞いにでも伺って下さい」

喜びますから、とアテナは続ける。会話の間にぴっ、と軽い音が挟まる。彼女達はしっかりとブラックの発言を保存していた。

「で、どうするんですかそれ」

ブラックはもはや投げやりに問いかける。この三人を真面目に相手になどしていられないとようやく気付いたようだった。

「証拠だ」

ゲーチスは簡潔に答える。余りに簡潔すぎるそれにクエスチョンマークを浮かべるブラックにため息を吐いて、もう一度口を開く。

「面倒事に巻き込まれるのは御免だと、逃げられたら困るからな」

その言葉にブラックは一瞬固まった。そして理解して、思わず目を伏せた。



嗚呼。なんだかんだと言いつつも、やはり彼は子を愛する父親なのだ。幸せを願う、親なのだ。言葉端に見え隠れする不器用な優しさに、口許が緩む。ブラックは思わず呟いた。



「何があっても、俺は離れませんよ。このハルモニア家から」

小さな響きに、しかし確かにゲーチスは微かにそうかと答えた気がした。姉妹がゲーチスを見て小さく笑ったので、けして見間違いではないはずだ。
ブラックは思う。これが面倒事だというのだろうか。彼らに関わることが、面倒事だと。そんなの、もってのほかではないか。ブラックは笑う。

(だってこんなにも暖かい家族!)






いつかこの人を義父と呼ぶ日が来ればいい。ならばその日のために、呼び慣れないその名を練習をしなければならないだろう。ブラックはそっと息を吸う。

そして未だ女神達のレコーダーが回り続けることも知らずに、ブラックはゲーチスを呼ぶのだった。


(ねえお義父さん!)


その後、飲みかけたお茶をゲーチスが吹き出したことは言うまでもない。









幸せ家族の作り方
(俺と君と貴方と皆がいればいい!)


(なんだか下の階がうるさいような…?)




2010/10/29 エム
これなんて黒ゲー?ゲーチスが出るといつのまにかゲーチスに主役を持っていかれます…何故?

ユキコさん、侑希さん、よろしかったらお受け取りください!リクエストありがとうございました!
人気急上昇中のBL小説
BL小説 BLove
- ナノ -