「ねえ、観覧車ってなあに?」


こてん、と丸い頭が可愛らしく傾ぐ。青空の床に座り込んだNは、同じ色の瞳で姉妹を見上げた。散乱した玩具を拾っていた二人は唐突な質問に顔を見合せ、そしてNの手元を覗く。飛び込んできたのは派手に飾られた『特集!今大人気のテーマパーク!』という大きな文字。ハートや星が飛び散るそれは明らかに恋人向けのページである。手を繋いだ男女が、楽しそうに観覧車を目指していた。

「…N様、その雑誌は誰に貰ったのですか」

アテナが額を押さえながら問いかける。その類いの読み物は、到底Nの手には届かないはずの物であった。二人の推測通り、Nは一人の団員の名をあげる。姉妹は瞬時にその名を記憶した。
しかし、聞かれたならば答えねばなるまい。アフロディテとアテナは困ったように溜め息をついた。こちらを見詰める青い瞳は、知的好奇心を満たさんとばかりに煌めいている。そんな瞳で見詰められれば、願いを叶えたくならない人間などいないというものだ。その上、Nをこよなく愛す女神達である。その思いもひとしおなのだったが。


困ったことに、二人も観覧車をよく知らなかったのだ。


なんといっても孤児院育ちの二人である。遊園地など知識として存在を知っている程度で、その実がどんなものなのか説明などできるはずがない。どうしましょう?どうしますか?アフロディテとアテナは数秒目線で会話し、しかし潔く諦める。そして二人は集めた玩具をそのままに、Nの両隣に膝をついた。




「ええと、『イッシュ最大の観覧車!』…」
「『二人乗りゴンドラは恋人必須アトラクション!』…」

三人の肩を寄せ合い、姉妹は可愛らしくデコレーションされた文字を真面目に読んでいく。それを聞くNの目も真剣そのものである。端から見れば、なんとも異様な空間であった。

「取り合えず、この二人乗りの箱に乗るようですわね」
「そしてこれが回るようですね」

アテナが観覧車の写真を丸く指でなぞる。アフロディテが隣で相槌を打った。何とも曖昧な説明――しかも雑誌の解説を読んだだけだ――だが、こんなもので果たして満足してもらえただろうか。二人はおそるおそるというように、Nの顔を覗き込む。そして、二人は固まった。

「すごい…!!」

そこにあったのは、見たこともないような満面の笑顔。上気してほんのりと染まる頬に、大きく見開かれた煌めく瞳。美しいその表情に、思わず二人は動きを止めたのだった。

「すごい…すごくきれいだよ。完全な動きだよ。無駄のない、理想の動きだ!」

最後にもう一度、すごいと小さく唇が動いた。




アテナとアフロディテがNに仕えるようになって、もうすぐ一年が経つ。初めはよそよそしかったNも、献身的に尽くす二人に徐々に心を開いていった。それなりに信頼してもらっている自負も自覚もあった。笑ってもらえる、自信もあった。嗚呼けれどこんなにも。二人はほう、と息を吐く。この人は、こんなにも美しく笑う人だったのか。




「本当に、美しいですわ…」

観覧車のことだと思ったのだろう、うんとNが首を振る。アテナは未だ何も言えず、ぼんやりとNを見ていた。

「いつか、乗りに行こうね」

そんな姉妹の様子に気付かず、雑誌を見ながらNはぽつりと呟いた。つられるように二人も床の雑誌に視線をやる。カラフルな写真。幸せそうな景色。いつか、乗りに行こうね。姉妹は心の中で繰り返す。いつか。それは霞んで消えそうな、とても儚い響きだけれど。


『大切な人とアノ人と一緒に!』

(それは、遠い)
(夢だけれど。)






「でも、三人ですわよ?」

訪れた沈黙のなか、アフロディテが遠慮がちにNに告げる。Nは気が付かなかったのか、一瞬驚いたような顔をした。

「……ぼ、僕が二回乗るよ」

「じゃあ私と姉様は待ちぼうけですね」

「うっ、」

アテナが追い討ちをかけると、ついにNは黙ってしまった。そんな様子に二人はくすくすと笑みをこぼす。落ち込んだNに、二人はそっと肩を寄せた。暖かい温もりを感じながら、アフロディテとアテナは静かに目を閉じた。

いつか。それがどんなに遠い日であっても、二人は諦めないだろう。何故ならその日までこの温もりを離さなければいいだけなのだ。姉妹はゆっくりと言葉を紡ぐ。


「大丈夫ですわ、何時までも」
「私達は、待っていますから」

「…うん」



雑誌の中では、幸せそうに恋人達がこちらを見ている。Nは自分たちの姿をそこに想像してみる。広い遊園地の中、手を繋いで観覧車を目指す。大切な二人と乗るそれは、空に美しい円を描く。

いつか、必ず。

決意するように、Nは白い指先で観覧車を差す。それは恋人の手を引く彼氏と同じポーズだった。いつの間に目を開けていたのか、その様子を見詰めて女神が微笑んだ。




嗚呼それは、

遠い日の約束
(今も覚えている)
(貴方との約束)






2010/10/28 エム
これのどこがきゃっきゃうふふだというのか小一時間叱ってください…orz

磯さん!こんなものでよろしかったらお受け取り下さい。ちげーよ!というときは遠慮なくご連絡下さい…。

リクエストありがとうございました!
人気急上昇中のBL小説
BL小説 BLove
- ナノ -