「こんにちは、N様」
「貴方は初めまして」
「私達、二人を待っていたんです。だから」
「帰り道、御一緒してもよろしいかしら?」






アフロディテとアテナと名乗った二人はNの御側付きと言うらしい。幼馴染みの様なものだとNは苦笑したが、二人は肯定しなかった。奇妙な関係にブラックは首を捻りながらも、四人の会話は和やかに続いていく。学校の話、部活の話。帰り道は見事なオレンジ色に染まっている。そんななか、西日に染まった彼女たちの髪がふわりと風に舞った。
―――なるほど、それは確かに女神と称されるのも解る美しさである。隣の女子校に通う女神の噂はブラックも知っていた。愛と平和を意味する姉妹。知り合いであるということも、Nから以前聞いていた。

「それにしてもブラックさんは」

それまで和やかだったアフロディテの声色が、ふと微かに変わった。セーラーから伸びるしなやかな脚が止まる。つられて二人――アテナの脚は既に止まっていた――も歩を止めた。皆の視線が集まったのを確認して、アフロディテはその薄紅の唇を開いた。

「本当に、普通の人なのね」

確かな嘲りの色をもって。




「…どういう意味ですか」

予想外の展開にブラックは眉を寄せる。隣ではNが呆然と立ち尽くしていた。その様子を無表情に眺めていたアテナが言葉を返す。

「貴方ではN様には不釣り合いだという意味です」

「っアテナ!」

その台詞に衝撃を受けたNが叫ぶ。しかし、元々自らの気持ちを言葉に乗せるのが苦手な質だ。唇を開閉するばかりで後の言葉が続かない。アフロディテはそんなNの姿を痛わしそうに見ていたが、直ぐにブラックに視線を移す。その深紫にはもはや何の色も感じられなかった。

「知っているとは思うけれど、N様はハルモニア家の大事な御子息なのよ」
「見たところ、貴方はただの一般市民です。N様とは住む世界が違います」

「そんな言い方…!」

Nが小さく声をあげる。歪んだ表情。膜を張る水色。今にも決壊しそうなその瞳を見ていられなくて、ブラックは未だ己よりも高い位置にある頭を強引に肩に抱き寄せた。驚いたのか、くぐもった悲鳴が聞こえたら気がしたが無視をする。ブラック自身、今はそんな余裕すらなかったのだ。


「世界が違うだって?」

「ええ、そうよ」

聞き分けの悪い子供に言い聞かせるように、アフロディテはゆっくりと頷く。その冷めた響きに、Nが微かにブラックのブレザーを掴んだ。白い掌はかたかたと震えている。



―――世界が違う?ふざけるな



ブラックはその掌を見た瞬間に、自分の箍が吹き飛んだのを感じた。




「…確かに俺とNの住む世界は違ったのかもしれない」

「分かって頂けましたか」

「ああ、そんなこと出会ったその日から」

ぴくりとNの肩が跳ねる。思い出すのは雨の降る屋上。確かにブラックは、彼があのハルモニアの姓を持つことを知っていた。知っていて、それでも彼に声をかけた。ブラックは二人に向けていた視線を下ろす。細い背中。この背中を、一人にしたくなかった。

「だけど、俺はNを離さない」

「、なんですって?」

僅かにアフロディテが眉をあげる。ブラックはそんな二人の女神の瞳を、真正面から射抜いて告げた。

「Nは確かに今、俺の腕の中にいる。俺はNを抱き締めている。こんなにも近くにいるっていうのに」

ぎゅう、と腕に力を込める。いつの間にかNの手もしっかりとブラックを抱いている。嗚呼、こんなにも触れ合っているのに、



「世界が違うはずがないだろ!」






ぽかん。
その沈黙を表現するならば、まさにそんな音だった。しばしの空白の後、聞こえてきたのは軽やかな笑い声。

「……なんだよ」

「ふふ、いえ、すみません。まさか」
「こんなに上手くいくと思わなくて」

ふふふ、と笑う姉妹にブラックは思わず力が抜ける。Nも不思議そうに顔を上げた。







「騙されてたわけね…」

「あら嫌だ、試していただけよ。ねえアテナ」
「ええ、姉様。私達は試していただけですよ」

悪戯っぽく目を細める姉妹に、二人は確信犯的言動だったことを思いしる。あのあまりにも表情のない瞳は、何のことはない、ただ表情を隠していただけなのだ。
Nはがっくりと肩を下ろした。昔馴染みの演技を見抜けなかった自身への呆れなと、己を騙した昔馴染みへの怒りで言葉にならないらしい。姉妹は未だクスクスと笑いながらそんなNに声をかける。

「ああN様、どうか怒らないで下さいね。私達ただ」
「ブラックさんが本気かどうか知りたかったんです」

「本気かどうか?」

その言葉に反応したのはブラックの方だった。二人は視線をブラックに移す。

「ええ。だって興味本意で近付かれたら、」
「そうと解れば傷付くのはN様でしょう?」

ふと掠めた真剣な表情に、確かに自分は試されていたのかとブラックは急に背筋が寒くなった。もしもの事態を考えては振り払う。あり得ないことだ。ブラックは思った。

「…俺は本気だからな」

「ええ確かに分かりました、だって」
「こんな住宅街で愛の告白ですもの」



「……!?」



その一言に、Nは一気に顔を赤く染める。西日にも負けないその色に、思わず三人は吹き出した。

「ブ、ブラック君まで笑うなんて!」

酷い!と言いながらNは駆け出した。慌ててブラックはそれを追いかける。二人の女神は互いに顔を見合せ、そしてゆっくりと歩き出した。

世界の全てがオレンジ色に染まっていく、ある日の帰り道の話。







夕暮れ女神と恋の閑話
(あまりにも夕日が綺麗だったので)
(貴方が幸せか確かめたくなったの)



2010/10/22 エム
女神sが楽しくて詰め込み過ぎた感がします…。でもすごく楽しく書かせて頂きました!やっぱり学パロいいよね!

松さん、よろしければお受け取り下さい。リクエストありがとうございました!
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