「あはは、くすぐったいよレパルダス」

「みんなもほら、離れて」

「うん、うん分かってるから」

「大丈夫、」



「僕も君たちを愛してるよ」





べきり。
聞いたこともないようなその音に、ケンホロウはびくりと体を震わせた。ゆっくりと視線を上げていけばそこには愛しい主の姿。いつもと変わりないその笑顔。大切な存在らしい、Nという人間を見つめるその瞳はいつもと変わらず優しさく細められて――――――なかった。

(目が笑ってないです、マスター!)

Nと会う約束をしたのだと嬉しそうにケンホロウに飛び乗った笑顔そのままに、ブラックは眼前の光景を呪う勢いで凝視している。芝生に座り込んだNを囲んで周りに座るポケモン達。なんと野生のポケモン達まで出てきているようで、その数は6匹を遥かに越えている。そんな輪の中心で、Nは楽しそうにポケモン達とじゃれあっている。何故だろうか、ケンホロウにはNの纏う空気がピンク色に見えた気がした。

ちなみに冒頭の音は、握りしめたライブキャスターがヒビを入れた音である。ライブキャスター。それはトレーナーがハードな旅をしていても、壊れることは殆どないという強者である。それを、片手で、ヒビ。ケンホロウは瞬時に己の鳥頭に刻み付けた。絶対に、主を怒らせてはならないと。


(Nとかいう人間よ。はやくマスターに気付いて下さい!もしくははやく私をボールに戻して下さいマスター!!)

ケンホロウはブラックの足元で頻りに――しかし恐る恐ると――鳴いてみる。しかし悲しいかな、ブラックがポケモンの言葉を理解できるはずがなく。理解できようとも、距離のあるNに届くはずもなく。


「ふふ、しょうがないなあ」


そしてスローモーションの様に。Nの薄い唇が、ゆっくりとレパルダスの頬に触れた。




ばきん!
その音の原因は、言わずもがなというやつだろう。





「N」

ずんずんと足を進め、ブラックはNに近付いた。驚いた野生のポケモン達は草むらへと駆けていく。今だボールに戻すことを許されないケンホロウは、仕方なくブラックの後ろをついていった。もはや涙目である。

「やあブラック君」

久しぶり、とNはにこやかに微笑んだ。レパルダスを撫でたままのNの右手を、ブラックが見つめている。目がヤバイ。しかし当の本人は全く気付いていないようで、にこにこと笑みを浮かべている。何時もならばブラックはその笑顔に骨抜きになるのだが、今回はまるで効いていないように、今だ笑っていない瞳のままNに視線を移した。

「レパルダス、何て言ってたんだ?」

「え?」

「さっきキスしてただろ?」

首を傾げたNにはっきりとそう言うと、Nは見ていたの?と少し顔を赤らめた。

(その仕草は危険です!)

ケンホロウは己の赤い頭部が、血が引いて青くなっていないかいよいよ心配になる。そんなケンホロウの内心に気づくはずもなく、Nは少し間を開けてから答えを返した。

「…キスして、って言ってたから。だ、誰も見てないと思ってたし、それにレパルダスが」

「キスして」



「……………え?」



ブラックはNの隣に腰を下ろす。固まってしまった右手を強引に奪い、自らの頬に導いた。その温度にぴくりと白い手が跳ねた。レパルダスが不満そうに、にゃあとケンホロウに向かって鳴いた。

(焼き餅焼きな男は嫌われるのよ?)

(私に言わないでください…)

「だって、俺はNからキスされたことない」

三人――正確には一人と二匹――の言葉に、Nは一気にケンホロウ並みに顔を赤くした。声にならないのか、唇をぱくぱくと動かしてばかりいる。しかしよく見れば、ブラックの頬もほんのりと赤い。先程までの強気な態度はどこへやら、真摯な瞳でNを見つめていた。
どれだけそのまま時間が過ぎただろうか。動けないNと動かないブラック。先に痺れを切らしたのは、ポケモン達の方だった。二匹は溜め息を一つ吐くと、ぐいとお互いの主の背を押した。「うわ!」だの「ふぇ!」だの情けない声が聞こえたがようだが問題ないだろう。直ぐに言葉は意味を失うのだから。

そして二人は瞳を閉じた。






(あーあ、嫉妬しちゃうわ)

しばしの間触れあっていた唇を離し、もういいだろう、いや今のはNからのキスではないと言い合う二人を見ながらレパルダスは呟いた。きっと今の二人には、二匹の姿なんて視界に入ってすらいない。けれどそんな薄情な主を見つめるレパルダスの目は優しいもので、似たような表情をしているだろう自分にケンホロウは笑ってしまった。


ポケモン相手に嫉妬するような情けない主をこんなにも慕っている自分が可笑しくて、嬉しくて。




くるっく、にゃおんと二匹は笑う。

(本当に、しょうがない人達ですよね)

(私とキスしたぐらいで焼きもちなんてねぇ)



そんな声がブラックには勿論、緊張で真っ赤に染まったNに届くはずもなく。馬に蹴られて死ぬのだけはごめんだと、空気の読める賢い二匹はそんな二人に背を向けた。



こんどこそ、薄い唇がゆっくりと恋人に降りていくようだったので。







恋のスパイス
(結局、焼きもちなんてそんなもの!)





2010/10/15 エム

何だか黒Nよりも、ケンホロウとレパルダスがメインになってしった気が…orz

スバルさん、こんなものでよろしかったらお受け取り下さい!
リクエストありがとうございました!


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