嗚呼、なんて鮮やかな。





「お前、見ない顔だな。旅人か?」

「ええ、イッシュからです」


水面美しい港町の船着き場。急に声をかけたくせに無愛想な男を不審がることもなく、水色の瞳がこちらを見る。その拍子にちゃらりと揺れるペンダント。遠い空の向こうにあるという惑星とやらを型どったそれが、太陽の光にきらりと瞬いた。既視感にくらりと目眩がする。あのペンダントにじゃれついて遊んだのは、己にすればそう遠い過去の話ではない。幾つか残る爪傷のせいで、球体は歪に日光を反射させる。あまりの眩しさに、思わず視線を反らした。何処かの船が出港していのか、低く長く汽笛が響く。

「でも、もう帰ってもいいかなと、思ってます」

その音につられるように、彼はぽつりと呟いた。潮風に乗って届いた言葉は、静かに男の心に波を立てていった。

「どうしてだ?」

「…少しは、解った気がして」

世界とか人間のとか感情とか、自分とか、家族、とか。お互いに目は合わせないまま。二人とも遠く、海の向こうを見ていた。太陽が水面に反射する。入射角。反射角。熱心に湖を見つめる幼い彼の横顔が脳裏を過った。

「世界はこんなにも灰色で、混沌としたまま解は出ないけれど」

風が彼の髪を撫でる。薄緑色の長い髪が空に踊った。お揃いだと言われてから、一生それを切るまいと誓った。男は遠い地平線から彼に視線を戻した。

「それでも、世界は美しいんだって」

そう思うようになったんです。そして、彼は微笑んだ。初めて見る類いの笑顔だと、男は思った。幸せそうな笑顔。それは愛を知った、顔だった。十年以上付き合った男にすら引き出すことができなかったそれを、あの少年が引き出したというのか。男は腸が煮えくり返るような怒りを感じた。しかしそれと同時に、諦めを感じるのだった。



これが、人間とポケモンの差なのだ。



例えどれだけ会話が出来ようと、どんなに人間を愛そうと、ポケモンは人間のトモダチになど成れはしない。良くてパートナー、もしくは仲間。そんなものだろう。あくまで男と彼は別の生き物であり、別の存在なのだ。






(さあお行き)

(君たちは自由だ)


それでも着いていったポケモンもいた。けれど、そう言って瞳を伏せたNから離れたのは、全て男の意思だった。


―――だってオイラはポケモンだから


そして男は振り向かなかった。






それが今こんな場所で会えるなんて。男は未だ海を見つめる青年を横目に見た。青の瞳。薄緑の髪。何も変わらないはずなのに、彼はこんなにも変わってしまった。こんなにも、美しく。



「帰るといい」

男の声に、彼は海から視線を外した。海を写し込んだような青がこちらを見ている。

「きっと世界は、」

そして男も彼を見つめた。背後には煌めく海。輝く空。目が霞むほどの鮮やかな世界。

そうだ、この世界はきっと、



「愛しい人の隣が、一番美しい」



その言葉に、彼は動きを止めた。青い瞳が見開かれる。しばらくそのままでいたかと思うと、泣きそうに顔を歪めた。

「………そう、なのかな」

「ああ、間違いない」

「……それなら、帰ってみようかな」

「ああ、そうしろ」

そして彼は数秒じっとこちらを見つめると、ありがとうと一言残し、歪んだ笑顔で走り出す。彼は振り返らない。男も振り返らなかった。ただ真っ直ぐに海を見ていた。これで良かったのだ。男は一人考える。これで長い彼の旅は終わるだろう。きっと終着地にはあの少年が待っている。そして二人で、また旅を始めればいい。この美しい世界を巡る旅を。



(さよなら、ゾロアーク)



ふと、あの日の声が聞こえた気がした。男は、滲む景色を睨み付ける。嗚呼ほら。彼が消えた場所から、世界は崩れ始めていく。それでもきっと、オイラはこの崩れた世界も愛すのだろう。崩壊してもなお、彼と過ごした美しい世界を。







It's a beautiful world.
(「さよなら、ゾロアーク」)
(嗚呼それは、あの日の声などではなくて)

(「さよなら、N」)




2010/10/11
自分で書いてて切なくなった。
ごめんねゾロアーク…!!!



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