真夏の廊下に鮮やかな二つのセーラー服が踊る。白と紺の対比が美しいそれは、本来この校舎にあるはずがない色をしていた。


「姉様、部外者が学内へ入ってもいいのかしら」

「あら、部外者だなんて。私達は忘れ物を届けに来ただけよ」


不安そうにする妹に、姉はお茶目に笑ってみせる。―――ただしその表情は、限りなく無表情に近かったけれど。







セーラー服を纏う二人の少女は、隣の女子高に通う姉妹であった。彼女達の名前から女神とあだ名されるその姿は、確かにそう呼びたくなるほどに美しい。すらりと伸びる手足、光に煌めく瞳。そしてなにより、めったに感情を表さないその人形めいた顔が、その美しさを更なるものにしていた。




「けれど、叔父様も御自分で持っていけばいいのに」

黄色い髪をリボンで押さえた平和の名を持つ妹は、手にした紙袋を見ながら呟いた。中に入っているのは、未だ封をされたままの絵の具たち。それこそが、二人を他校の校舎にまで導いた原因であった。

「新しい絵の具を家に忘れる、N様もN様だと思うけれど」

紫の髪を後ろに流した愛の名を持つ姉も、妹が握る紙袋を見ながら呟いた。彼女達の主は夏休みの間、美術室に籠り絵を描いているという。その熱意は、早くも絵の具を使いきってしまうほどらしい。いったい何の絵を描いているのだろう。彼女は、主のどこか抜けた笑顔を思い出した。
常から笑っている印象の強い彼であるが、姉妹に笑顔を見せてくれるようになったのはそう遠い過去の話ではない。彼女達自身も感情が表れにくい質であったが、彼それ以上に笑わない子供だった。姉は窓から青すぎるほどの空を見上げた。






アフロディテは今でも、あの頃の主を憶えている。

小さな世界。玩具の山。愛されるという幸せを知らない、可哀想な男の子。母を失ったその子供は、一族から自身を護ろうとする父親すらも信じられずに部屋の中で泣いていた。骨肉の争いを治め、最終的に家督を継ぐことができた父親が彼を本邸に招くことが出来たからよかったものの、もしも違う未来が訪れていたならば。彼は未だ小さな部屋の中、妾の子と蔑まれながら泣いていただろう。






太陽の眩しさに、たまらず彼女は視線を戻す。長く続く廊下。広い校舎だ。あの小さな部屋とはあまりにも違う、今彼が生きる、広い世界。まだまだ美術室は遠いだろう。広さと暑さに辟易したのか、隣で妹が溜め息を溢した。



「本当に、広いわ」



姉は風に遊ぶ髪を撫でながら囁いた。ああ本当に。彼の世界はこんなにも広い。
きっとここで彼は、大切な人と出会ったのだろう。彼の笑顔を思い出して、彼女は何故だかそう思った。
そんな姉の言葉を、己の溜め息を笑ったのだと勘違いした妹は、一人であたふたと頬を染めて――やはりそれは他人には判断しかねる程度であったが――恥ずかしそうに顔を伏せた。





「……そういえば、」

そして下を向いた妹が、思い出したように言葉を溢す。見つめるのは絵の具が入った紙袋。

「溶けていないかしら」

その一言に二人の女神は固まった。しかし次の瞬間には、その長い足を使って軽やかに廊下を駆け出していた。




「氷も入っているし、大丈夫だとは思うけれど」

「でも姉様が言った通り、ここは広いもの。それに熱いわ」

「もし溶けていたら、叔父様に顔向けできないわね」

言葉では心配しつつも、二人の顔はどこか楽しそうだ。紙袋の中には、有名メーカーのアイスクリーム。これも持っていけ、と無愛想に渡した男の顔を彼女達は思い出す。ごく普通のありふれた親子の光景。親が子供の好物を買ってくるという日常。それがなんて、幸せなことなんだろう。姉妹はまるで示し会わせたように、くすくすと笑みを溢し始めた。






世界は確実に広がっている。彼はもうあの部屋で泣いていた少年ではない。確執は未だに根を張っているが、彼の家には抱き締めてくれる人がいる。

ああ、なんて愛しい世界なのだろう。

アフロディテは眩しすぎる青空を見上げ、愛の女神も顔負けであろう輝く笑みを浮かべたのだった。









夏休みの教室へ
(今貴方に会いに行くわ)
(今貴方に愛を届けるわ)





2010/10/5
書きたいことが纏まりませんでしたよ…orz



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