正直に言うならば、チェレンはNという青年が苦手である。
より正確に言うなら不愉快、もしくは理解不能。そんな彼の性質の形成は、彼の家庭環境――あれを家庭と呼ぶのが正しいのかは分からないが――が原因であることは知っている。その事実がチェレンの心に、Nに対する哀れさや優しさをもたらすことは確かだ。しかしそれでも尚、チェレンはNという人間が苦手であった。
「チェレン君は、僕が嫌いかい?」
だからこそ、ブラックを訪ねたチャンピオンリーグで本人に問いかけられたときは、心臓が止まるかと思うほどに驚いた。
「……嫌いではないですよ」
そんな内心を必死に押さえながら答えを返す。Nはチェレンの言葉に不思議そうに首を傾げた。
「だけど、僕がいると嫌そうな顔をするよ?」
「、気のせいですよ」
「でもブラック君に聞いたら、チェレン君がやたらと眼鏡を直すのは、機嫌が悪いときの癖だって言ってたよ」
その言葉は、問いかけでなく確信であった。チェレンはその言葉に一瞬固まり、そしてゆっくりと右手を下ろした。指先にはまだセルフレームの冷たさが残っている。らしくなく舌打ちをしたくなる。心の中で口汚く幼馴染みを罵った。
「嫌いではないです、けど」
「ん?」
「………苦手な、だけです」
青い瞳から逃げ切れず、観念して正直に答える。チェレンはため息を吐いて右手を上げた。言ってしまったのなら今さら我慢する必要もないだろう、とチェレンは指先で黒いフレームを押し上げた。
そしてチェレンは考える。
面と向かって苦手だと言われ、彼はどう思うのだろう。彼の心の中はどうなっているのだろう。他人には分からない様な数式で、その感情は表れているのだろうか。僕はその数式を解けるだろうか。
―――彼奴なら、それを解けるだろうか
しかし結局彼の口から出てくる言葉は、
「そう、苦手なんだ」
とそれだけで。その美しくも不気味な白い顔には、相変わらずの薄い笑みが貼り付けられているのだった。
ああ、だから苦手なんだ。チェレンはそう思った。僕みたいな部外者にこんなことを言われたのだから怒ればいいのに。理解が出来ないと思われていることを嘆けばいいのに。けれどNは何も言わない。その態度は、相手に対する一切をNが諦めている証拠であった。怒っても嘆いても意味がない、だからこそ何もしない。何も言わない。チェレンは眼鏡を直す。不愉快だった。対峙する度に思い知らされる、Nの本心。
お前をには何も期待していない、というN自身の無意識の意識。
苛々する。Nの態度が理解できなかった。決して少なくはない年月を過ごしてきたというのに、彼には何も伝わっていなかったというのだろうか。チェレンの、このNへの気持ちは。
冷たかったフレームは、いつの間にか掌の熱が移ってしまいもう熱い。チェレンは小さく呟く。
「そういうところが苦手なんですよ」
ぽつりと落ちた言葉は、Nに届いていたのだろうか。例え届いたとしても、彼の表情を崩すことは出来なかっただろうけれど。
二律背反もしくは、
(苦手なのに好きなのか)
(苦手だから好きなのか)
2010/10/1
途中でぐだぐだになってしまったorz