「やっぱり、血は争えないのかしらね」


それは、ブラックが旅に出て暫くしてからのこと。彼の母がライブキャスター越しに呟いた言葉だった。





ブラックの父は、多少名の知られたポケモントレーナーである。
誰よりもポケモンを信頼し、相棒と敬うそのバトルスタイルに、彼を信望するファンも少なくないと聞く。しかしどれだけ父が有名になろうとも、ブラックにはとっては滅多に家に帰らぬ駄目な父親という印象しかなかった。世界各地を飛び回る父は、五年に一度帰ってくればいい方である。お陰で、ブラックには父親との思い出というものは少なかった。
けれど母は嘆かなかった。己も若い頃は腕利きのトレーナーだったのだ、彼の気持ちは理解できる、と彼女はいつも快活に笑う。そんな母親に、ブラックは一度だけ尋ねたことがあった。

「母さんは、寂しくないの」

母親は一瞬だけ困った顔をした。しかし直ぐに常の茶目っ気たっぷりの笑顔に戻る。

「メールもくれるし、電話もくれる。記念日にはプレゼントだって送ってくるわ。それに私たちの生活費だってね」

そう答えて、彼女はからかうようにウインクを一つした。







はぐらかされた。ブラックはあの時瞬時にそう思った。寂しくないはずがない。恋しくないはずがないのだ。

(胸が痛い)

たった一年会わなかっただけで、ブラックの胸はこんなにも焦がれている。
彼女は、とブラックは考える。母は愛しい人がいない時間を、どれだけ重ねてきたのだろうか。この瞬間も文明は発達し続けている。ポケモン達の助けもある。しかし海を挟み大陸を越えた彼方まで、直ぐに会いに行けるような術は未だ存在しない。
会いたいと思った時に、愛しい人に会いにいけない世界。

つらい。ブラックは耐えきれないという風に溜め息をついた。


(…母は強し、か)

自分なら絶対に無理だ、とブラックは思う。実際、この一年だけで限界が近い。ブラックは彼に似合う大人に成るためにと様々な努力をしていたが、やはりまだまだ十代の子供だ。欲望を理性で押さえつけるには、余りにも若すぎた。



ブラックはチャンピオンリーグの窓から外を見遣る。眼前に広がるのは何処までも青い空。海を挟み大陸を越えたこの先に、愛しい彼はいるのだろう。あの漆黒の伝説を従えて、答えを探しているのだろう。

(会いたい)

母もこんな思いをしていたのだろうか。ふと、ブラックは旅を始めた頃の母の言葉を思い出した。




「やっぱり、血は争えないのかしらね」




あの時は、父の姿をブラックに重ねているのだと思っていた。母も確かにそのつもりだったはずである。それが今はどうだ。追想するのは母の記憶ばかりではないか。
ね、血は争えないでしょう?と、母が少し悲しそうに笑う声が聞こえる気がする。

ブラックは笑いたくなった。ああ確かに彼女の言う通り、血は争えない様だ。愛しいと決めた人ならば、たとえ何年でも想い続ける。なんて不器用な親子なのだろう。
けれど、とブラックは空を見つめる。その向こうにいるはずの愛しい彼に、語りかけるかのように。
どんなに切ない思いをしようと、その表情に浮かぶのは確かに愛する幸せだった。


「俺は五年も待てないから、」


お前が帰ってくる前に、飛び出して探し出すかもな。だって俺は、母さんほど強くない。

ブラックは空に向かって微笑んだ。その日の空は、Nの目の色にとてもよく似た青だった。






待ち焦がれ、青
(愛しい人は空の果て。)



2010/9/28
ブラック君の背景を考えようキャンペーン


人気急上昇中のBL小説
BL小説 BLove
- ナノ -