七賢人が言うには、父が愛したという女はハルモニアの血を引くという娘だったらしい。一般的に調和を示すその名には、このイッシュにおいては特別な意味が込められている。
ハルモニア。それはポケモンと人間を調和するもの。
英雄の伝説と同じレベルで語り継がれるその昔話は、今も確かにこの地に息づいている。しかし話は噂の域を出ない。何故なら生き証人であるゼクロム、レシラムがいる英雄伝説とは異なり、ハルモニアの話には何ら証拠は無かったのだ。そのため、ハルモニアの伝承は年々影を薄めていた。
母は、そんなハルモニアの末裔であったという。
確かにNのこの特殊な能力は、ハルモニアの血筋によるものなのだろう。しかし自分の母親というものを見たこともないNには、そんなことを言われても何の反応も出来なかった。ただ、可哀想にと顔も知らぬ母を哀れむだけであった。
きっと母は、ゲーチスに無理矢理己を産ませられたのだろう。あの男ならその程度のこと、きっと何の躊躇もしない。世界を手に入れるその為ならば、女一人の人生を狂わせるぐらい簡単にやってのけるだろう。
そして何より、母という存在がこの城に居ないことが、Nのその考えを確固たるものにしていた。もしも母となった女がゲーチスを愛していたのなら、今もこの城で己の母親として存在していたはずだ。一般的に母親とは、無条件で子供を愛する生き物であるはずなのだ。自らを犠牲にしてまで、子供を守ったあのゾロアークの様に。
Nは自身が恵まれなかったせいなのか、両親という存在に過度に夢を見ていた。無条件で、絶対的な愛。何事からも庇護してくれる、暖かな両腕。優しい声。その全てがNからは遠く、触れることすら出来ないものであった。
Nは自らの腕で、己の冷たい体を抱き締める。この体は一度でも、母の愛に触れただろうか。例え憎い男の子供でも、母は抱き寄せてくれただろうか。顔も知らない、名も知らない。ただ今も何処かにいるであろう、ハルモニアという姓を持つ女を、Nは静かに思った。
遠国の女神に寄せて
(女神の愛は普遍足るか)
2010/9/27
Nはゲーチスとママの過去なんて知らない。
そしてお察しの通りサンホラーです。