★もはやオリジナル小説の域です。御注意下さい。
彼女の世界は、この小さな部屋が全てだった。
ベットの横には四角い窓。ゆっくりと四季が移り変わる其れだけが、彼女に許された希望だった。
「ねえゲーチス、」
窓からはきらきらと西日が差し込む。今日もまた、彼女の一日が終わりを告げようとしていた。彼女は病を患っていた。明日はこの世から消えてしまうかもしれない。その現実は、彼女を愛した男にとって死をも凌駕する恐怖であった。彼女はそんな男の心境すらも受け止めて、それでも穏やかに笑ってみせた。
「なんだ」
男は低い声で囁いた。そっと彼女の手に触れる。細い手だ。病的なまでに白い肌がそのまま空気に溶けて消えそうで、男はぐっと力を込める。いたいわ、彼女はからかう様に笑った。薄い青色の瞳が幸せそうに細まった。
「わたし、この子を産むわ」
細い体とは不釣り合いに、彼女の腹部は膨らんでいた。まるで不気味さすら感じさせるその腹には、確かに命が息づいている。死の淵にあっても彼女は女であった。そして、どこまでも強い母であった。
男は何も言わない。彼女の生を優先するなら、産ませる訳にはいかなかった。しかし、男は何も言えなかった。男もまた、父であったのだ。
「この子と一緒に、わたしも生きるの」
細い手でそっと我が子を撫でる。彼女の青い目から一筋、涙が溢れた。
(ああ、溶けてしまう)
男は握った手にもう一度、力を込めた。彼女はもうからかわなかった。
「ねえゲーチス、わたしね」
彼女は微笑み続ける。神々しいまでに美しいその笑みを見ていられず、男は瞼を下ろした。
(止めてくれ。もう聞きたくない)
その思いは伝わったのか分からない。ただ、彼女は静かに薄い唇を動かした。はらりはらりと、瞳はいまだに溶解を続けていた。
「わたしね、あなたとこの子と、もっと世界を見てみたいの」
ねえゲーチス、と男の名を繰り返す女に、男は涙を流して答えた。
「約束しよう。世界の全てを。君に全てを贈ろう。だから」
(だからどうか)
そして一つの命と引き換えに、彼女は世界に溶けて消えた。
終末までのプロローグ
(いっそのこと、あの時に)
(彼女と共に溶けて消えていたならば)
2010/9/27
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