赤司征十郎 | ナノ


 残忍だとは言われたけれども、でもそれが敵に対する礼儀であるとも思えるのだ。名前は武器で遊びながら、敵のエイリアンの頭を踏みつけた。紅い鮮血がコンクリートの灰色を染め、煙を立てて消えていく。
 名前が敵としてみなしているのは地球外生物には、様々な種類が存在している。人型の時もあれば、絵に描くような摩訶不思議な形の時もある。それを相手にする名前には摩訶不思議な力が存在しているのである。


 パン屋でメロンパン、あんぱん、チョココロネを買って、黄色い袋を腕に下げて角を曲がった時。バチリと頭に痛みが走り、そして尻もちをついた名前は暫く自分に何が合ったかわからないかのように目を点にして、ハッと気が付いて上を見上げた。そこには、2メートル程の人型エイリアンが名前の体を影で覆い隠し、鋼鉄の爪を伸ばした。名前は人間かと思ったけれども、向けられる矛先をよく見ればそれは人間でないことを瞬時に理解できた。しかし、それ以上動くことは叶わなかった。
 ―――死ぬ。
 名前は腕で身を護る様に態勢をとって、目を強く瞑った。カエルの潰れる時のような音が聞こえてきたのでわたしはもう死んだのか、と思った。死んだらすぐに天国に行くのかもしれないし、ここは三途の河の向こう側なのかもしれない、と目を開けた瞬間、自分のまつ毛についた紅い血と、ぼやける視界にいる、先程とは違う人型、そして見慣れた景色に目を見開いて、そしてあっと声を上げた。
「大丈夫か?」その手には日本刀、そして鮮やかな赤。少年、赤司征十郎であった。「無事でよかった」名前の顔についた返り血をポケットから出した白いハンカチで拭いそのままポケットにしまった。自分の血がついたから待ってください、なんてことは、今の状況から出る言葉ではない。
 ただ、目の前の綺麗な少年の姿を見つめた。鮮やかな赤に映える正体不明の紅。
「―――君のことを探していた」
 初めは一般人として、そして次には、また別の何かとして、赤司征十郎の瞳は名前を捉える。
「わたしの事を……?」
「三つ訊きたいことがある。名前と、家族のことと、力についてだ」
「………。それって、個人情報なんじゃ……それに、あなたこそ誰ですか」
「ああ、すまなかった。僕は赤司征十郎だ。ある組織の命令により君の事を探していた。君の父は、どこかの科学者かなんかだったりしないかい?」
「ええ、まぁ、その、母も父も科学者でした……なぜそれを?」
「君の父が働いていた組織からの命だ。両親はお亡くなりになられているということも知っている。君が生活できているのは両親の遺産があるからだろう?そしてこれ、君の父の遺言だ」
 赤司が一枚の封筒を出した。そこには名前の父の文字で確かに遺言と記されてある。名前は赤司が組織の一員であることや、怪しい人物ではないということを疑いもしなかった。
「力がある、その力をこの組織に奮ってほしい。そう、書かれていた」
 赤司の眼が鋭くなる。名前は呆然としたまま、頷くのに五分を有した。


 家から離れることになったが、生活の中心は自宅であることに安心した。しかし、1、2ヶ月は組織の本部で生活をするらしいので、キャリーケースにありったけの服と、生活必需品と、90になる祖母からもらったお守りを首から下げ、待ち合わせ場所の最寄り駅で名前を待つ赤司の元へと走る。赤司は幼いながらに、シンプルな服装で彼女を待っていた。名前は年相応の服装であった。赤司は言葉を発しないまま、彼女の歩幅に合わせながら切符を二枚買い、一枚を手渡す。同時に、紙切れが渡されていた。
 ―――つけられている、黙ってついてくるように。
 ボールペンで雑に書かれていた。

 一駅分の130円の切符で、随分と長いこと電車に乗っていた。終始赤司は口を閉じ、名前もその隣でキャリーケースの位置を何度も直しながら携帯を見たり、電池がまずいことになったと電源を落としたり、外の風景を見たり、終いには寝たりして、起きた時にはすでに1時間30分後、電車に揺られていた。
名前」赤司の声に目を開けると、そのまま腕を引かれ電車を降りる。随分と田舎までやってきたと思えば、赤司はいきなり走りだして、反応に遅れた名前は躓きそうになりながらも、キャリーケースをしっかりと掴み引かれたまま何とか歩幅を合わせて走った。
「その中になにか大切なものは」
「着替えとか、シャンプーとか!」
「そんなもの捨ててしまえ!」振り返ってみろ!名前が赤司の言う通りに振り返り、ぎょっとする。人間の服を着た宇宙人が自分達の事を追い掛けているのだ。降りた駅は無人駅、周りには畑畑田んぼ田んぼ、人の姿はまったくない。二対のエイリアンが二人を追い掛けている、その手足は細く、頭はでかい。頭の大きさ、髪の毛の無いのを帽子で隠して、サングラスで目を隠していた。
 赤司が方向転換をして、名前を自分の背に隠す。と、同時にキャリーケースを奪って近付くエイリアンに投げつけた。見た目の体型とは当てにならないものだ。名前はキャリーケースを投げた赤司にすごい!と声に出したが赤司の睨みで口を固く閉じる。グレイ型のエイリアンはキャリーケースの下でもがいている。頭の重さと細身の体型は釣り合わないものだったのか、キャリーケースの下で意味不明な単語を繰り返し、じたばたと暴れている。
「よく今まで命を狙われなかった」
「えっ えっ ど、どういうことですか」
「まあいい、走るぞ!」
「あ、ちょ、まって!」
 赤司の後ろを必死で走っていく名前は、背にいるエイリアンの方へ視線を送った。エイリアンの黒い瞳がしっかりと自分の事を捉えていることに恐怖と、何故か不思議と思った。あの目は敵いを向ける目?それとも、憐みの目?名前は視線を赤司の後ろ姿に戻した。
 走り、休憩を入れてまた走り、小一時間立った時、気付けば目の前に大きな建物があった。息切れをしながら建物にはいった赤司と名前はまるで歓迎されたかのように、たくさんの黒いスーツと白衣をきた研究者たちに迎い入れられた。名前はまったくわからない様子で、ただそれらの人物と、赤司を見比べた。
「まあ、なんと久しい顔」
 赤い口紅の研究者の一人が名前に近付く。名前はその研究者を見つめた。知り合いではなかった。だが、相手は自分を知っているようだったので、軽く頭を下げて、赤司の方に寄り添う。
「エイリアンを撒いてきました。これから処理をしますので、彼女は任せます」
「えっ……ど、どこ行くの…?」
 赤司が背を向けて振り返る。赤司の表情は出会った時と変わらない。が、瞳の奥の表情だけは、まるで違っていた。赤司が視線を外すと、名前の前には研究者が立ちはだかった。見知らぬ土地と、見知らぬ人間。そして目の前にいる研究者の瞳を見て、名前は疑問を抱いた。
「ねえ、赤司くん、どこ行くのっ!?」
 名前では、赤司の歩みを止めることが出来なかった。

 名前は、ある一室に放り込まれた。部屋には特殊な加工がされてあって、研究者のボタン一つで、空気もにおいも温度も湿度もなんでも操れる。名前は暗い牢屋の中にポツンと一人になって膝を抱えていた。頭の中は赤司の事でいっぱいで、いつ助けてくれるのか、いつここから出られるのだろうか、赤司は自分のことを気にかけてくれるだろうか、そのようなことでいっぱいだった。そのようなことしか考えられない環境と心理状況の中、あるひとつのモノが、部屋の中心にボトリと落ちた。
 人間でないソレを、名前はまじまじと見つめ、悲鳴を上げた。原形をとどめない、未発達のエイリアンが、震えながら名前を視界に捉えて、じっと、離さない。
「やだ、なに、なに、なんなの……」
 逃げようにも、片方の足首に鎖が繋がれている。自由に動くことができない。鎖は部屋の隅に指し込まれており、最大で部屋の中心までしか伸びないので、自由はない。エイリアンが一歩一歩確実に名前に近付いていく。そして一瞬のうちに名前に飛びかかった。名前は体を庇って蹲り、エイリアンが手を刃の形にして名前の背中を切り刻んだ。

 入浴は二日に一回、排便は垂れ流し、エイリアンが投与されるのは朝昼晩の3回、朝食と夕食、睡眠時間は2時間弱。この生活を、名前は一ヶ月続けた。研究者は曜日ごとの担当で代わり、部屋は名前が入浴している時に清掃される。赤司は週に一度、名前の様子を見に、本部の地下へ赴いていた。
 赤司が地下へと降りてきたのは正午辺り、丁度、名前が睡眠を取っている時間帯だった。朝、夜は比較的に凶暴なエイリアンが投与される。それを終えてから名前は眠りにつく。
「彼女の様子は………悲惨ですね」出会った時と比べると痩せこけた。
「しかし、彼女は本当にエイリアンの細胞が?今のところ、自己回復なんてしていないが」
「らしいですね、あの傷だらけを見ればわかります。深いのもありますが、治るんですか?傷は残ってしまいませんか?」
「君は熱心に名前の事を聞くな。何かあるのか」
「特にありませんが、彼女をここに連れて来いと命令されたのは僕ですし、ここに連れてきたのも僕です。僕とそう歳も変わりないようにも見えますから同情もあるかもしれませんね」
 赤司は名前の側に立った人物を見た。
「彼は?」
「虹村修造。S級だ」
 傷だらけの名前に毛布を掛けた虹村修造は、頭を撫で肩を叩いた。その腕に寝かせて、目が開くのを待つ。名前がうっすらと目を開けると、虹村はうっすらと笑みを浮かべて、横抱きにして部屋の扉を開けた。虹村が部屋を出て、赤司に気付き、立ち止まる。
「虹村くん、頼むよ。あまりに痛がるようなら、濡れタオルで拭いてあげてくれ」
「……了解」
 虹村は名前を横抱きにしたまま、地下室の隅にあるシャワールームに入っていく。赤司は顔を歪め、研究者に尋ねた。
「彼は何を?」
名前はもう、自分の力では動くことができないから、ああやって何でもしてもらうしかない」
「………、毒ですか」
「いや、毒の心配はない。体力がないだけだ。食べても吐く」
 赤司は、何か自分は間違ったことをしたのかもしれない、と考えた。もしそうであるなら、彼女の命が心配になった。けれども上からの命令であるので従うことしかできなかった。シャワールームの音が聞こえ、傷だらけの体にボディーソープが塗りたくられるのを想像すると、解るはずもない痛みを感じて、何も言えなくなって、何故だか、後悔を、今更になって、経験した。
「エイリアンの投与は、何時に」
「そうだな、夕食を食べた後だから、9時だな、昨日は10時だったけど、痛みに耐えられなくて気絶したからな。魔法陣は無いし、仕方ないが」
「魔法陣がない……? まさか、彼女は何もない状態でエイリアンと対峙しているということですか、つまり、何も手段の無い状態で、何時間もエイリアンと同じ部屋にいるということですか?」
「当たり前だ、エイリアンが同じ細胞を持つ人間をどう認識するか確かめるために」
 研究者が部屋の清掃を始めた。血痕がこびり付いているので、それはどうしても綺麗にはならない。異臭の元だけが、ポリ袋の中に入って口を締められて、アルコール除菌をして、タワシで擦られる。
「………一ヶ月が経った、もういいでしょう。これ以上は無駄です」
 赤司の脳裏に、痣だらけ傷だらけの名前の姿が浮かび上がる。汚い肌には血が、汚れが、ボロボロになった肌に、梳かされていない髪、力の無い腕と脚、死んだように眠る姿。無数の傷は、無抵抗のまま………。
「あと一ヶ月は、このままの生活が続くな」
 ああ、彼女は、力を付けるべきだった。自分の事を教えるべきだったのだ。
「3日後のS級試験を受けます」
「なるほど。君の実力であるならば問題ないな」
「A級の僕は、あなたに事実確認する権利がなかった、今の今まで、ここにいられる時間は5分もない、どんな研究が行われているのか、目で見るしかないし、名前の状態も、聞くことはおろか、出来なかった。だがS級ならば、権利を得ることができる。名前の情報も、得る事が出来る。 僕はS級になって、支部を設立して彼女を引き取ります」
 引き取る?研究者が顔を歪めた。
「S級の、特別ライセンスを取得する」
 何も知らない、彼女のために。



「遅くなって悪かった。君を助けるために、少し時間が掛かったがもう心配することはない。よく耐えた、頑張ったな」
 医務室には、赤司と名前の二人きりだ。赤司はS級に昇格し、特別ライセンスも取得した。そのライセンスを使って、医務員をここから出るように命令を下したので、二人きりなのだ。
 名前は動かない体を少しずつ横にずらし、視線を赤司から天井へと向け、もう一度赤司に戻した。
「つらかったろう。だが、これからは、君は強くなるために、エイリアンを負かすために、一緒に歩こう」
 赤司が名前の手を強く握った。
「大丈夫だ、君には僕がついている」
 名前は赤司の手を握り返した。あまりにも力が入らなくて、顔を歪めるほど頑張ってみたけれど、それでも力が入らなくて、思わず名前はヘラリと笑った。かすれる声で「力入らない」と呟き、手を離す。赤司は脆い手を握って、綺麗になった名前の頭を抱いて、いつまでもそうしていた。

 自己回復を覚えた名前は、少しずつ回復をしていったが、名前の研究をしていた研究者が、自己回復能力というよりも、自己再生能力であること、その力を使うごとに、寿命が縮まっていくことを赤司に伝えた。それからは、赤司は名前にその力はいざという時にしか使わないようにとしつこく何度も伝えて、面倒になった名前はわかった、わかったよ!と痺れを切らしてココアを飲む。
 名前の修行を開始して、わかったことがある。名前には武装と魔装の二つが扱えること、武器もふたつのタイプがあることがわかった。それから、エイリアンの細胞を持っているからか、エイリアンの毒がきかないこと。武装により、身体能力が異様に高い能力であること。そして、才能。
 名前には才能があった。エイリアンの細胞は、名前の両親が、いつかの為にと死ぬ二日前に体内に流したである。それによって、名前も気付かないうちに身体能力の向上と、ふたつの能力を扱える力と残忍さを手に入れた。

「ねえ赤司くん、首元の傷に薬塗ってください。お医者さんに渡されたのがあるんですけど、これ効くらしいんです」
 赤司が名前から薬を受け取り、髪の毛を分けたところにある傷を把握して、白い冷たい薬を指ですくって、患部に当てる。
「痛くないか?」
「少し痛いけど、特に支障ないですから」
「そうか よかった」
 丁寧にゆっくりと塗る。手から薬が無くなると、赤司は後ろから名前を抱き締めた。
「えらいな、僕の言う事をきちんと守って」
 どきまぎする彼女を、赤司は優しく笑って、力いっぱい抱きしめる。あの頃の弱い名前でない、力強い名前が喜ばしい。死んだように眠る名前の姿を、いつも赤司は記憶の片隅に置いていた。もう一人で歩いてもよいはずなのに、それをさせないのは自分の甘え、縋りたい彼女の背中を抱き締めるため。自分が彼女のために対して力も入れなかった努力を捨てたくない。
「だって赤司くんは、助けてくれましたから」
 いつだって償いは出来るはずなのに。
「君のことをいつだって、想っているからな」
 虹村修造がしていたように、自分の腕に名前を倒して頬を撫でてキスをした。


「邪魔をするすべてのもの」
ヒロインと赤司の出会いと始まりのこれからでした。物語の雰囲気を壊さない為に描写として書きませんでしたが、ヒロインは赤司を恨むというよりも、研究者を恨んでいます。赤司は自分をたすけてくれた人として認識。
読んでいくと分かるように、ヒロインはエイリアンの細胞を持っています。研究対象ですが、赤司が支部を設立し、ヒロインを支部に置くことで、ヒロインの決定権を赤司が独占する形になり保護が可能というわけです。本部は支部長である赤司にしか命令を下すことしかできませんし、赤司の権限で、ヒロインを研究対象から除外しています。
タイトル通り、自分の邪魔をするすべてのものを、蹴り倒しているわけです。