そうです、ファンタジーなんです! | ナノ


 この世には摩訶不思議な事が日常的に起こっているが、それに何の興味も示さずに生きている人間がいる。と、いうのもその現象に気付かずに日常を過ごしているだけのことで、あまり大々的に知らされていることではないし、世界はそれを隠そうとしている。世界が隠すので、世界の中の日本もそれを隠すわけで莫大な資産を持つ一つの組織は政府やマスコミに金を振りまき、この事実を報道せず、秘密裏に協力を要請していた。いや、振りまくというのは言葉が悪いかもしれない、投資して利用しているといったほうが、まだ聞こえはいいだろう。
 その組織に入るには、まず組織の人間の紹介か、適性検査に合格するか、日々おこなわれている、調査員の適性調査・検査に引っ掛かるか、なのである。調査員は街中にも店にも、畑にもどこにでもいる。身なりは若い子どもであったり、若者であったり、ヤクザであったり、老人だったりする。それらもその組織に属する人間で、役目を与えられる分隊の中の一人や二人だ。
 隊は、四つに分かれている。
 一つ目、生物を駆除する攻撃部隊。
 二つ目、適正を審査し、攻撃部隊のサポートする補佐部隊。
 三つ目、攻撃部隊、補佐部隊を補佐する支援部隊。
 四つ目、三つの部隊のポスト役、伝達部隊。
 の、四つである。だが、ここ数年攻撃部隊に配属される人間が少なくなってきた。自分の身の安否が心配になって、大方補佐部隊や伝達部隊に希望するのが多いためだ。そのために補佐部隊が適正している人間を見つけて、将来を保証するのと、働き次第では給料アップ、しかし命がけである。という約束の言葉で釣って、増やしていくのが、今の組織の現状である。ただこれら嘘をついているわけでなく、将来は保障される。将来の心配をせずとも、死ぬまで保証してくれるのは真実なのだ。働き次第で月に一度の給料もアップするのも本当。すべて死ななければの話だが。



 新人、火神大我は案内された通りに、道と地図を交互に見ながら、一つの基地を見つけた。基地、といっても、大きな倉庫のような場所である。ここで合っている?しかし、目的地の場所に赤い丸が付いている。その下に「インターホンを鳴らす時、ちちんぷいぷい開けゴマと唱えてくださいネと綺麗なハートマークが書いてある文字を何度か見直した後、土埃を被ったインターホンを鳴らし、「ち、ちちんぷいぷいっ……開け、ゴマッ!」と小さな声で唱えた火神の前にある扉は、動く気配はない。
「んだよ、声が小さくて聞こえないってか……?!」
「そうデース」
「んなぁ!?」
 火神の後ろから現れた、サングラスと帽子をかぶっている探偵が手をひらひらと振って火神の隣に並んだ。
「いいデスカ?呪文を唱える時はこうやって大声で叫ぶのデス」
「はあ……」

「ちちんぷいぷいいいいいいいいい、ひらけええええええゴマァァアアアアアアア!!!!」

 空を裂くような叫び声に火神は耳を塞ぎ膝を曲げた。この探偵、どこからそんな声出してんだよ!とツッコむ余裕すらない火神は満足そうに笑む探偵を見て青筋を立てた。そして、扉が開く。
「あ、そうだ、そういえば君、誰?」
「今更かよ!?」
「ああ、でも呪文を知ってるってことは関係者……だよね、でもそんな小声で唱えるってことは………。ああああ!」
 扉が完全に開いたところで、探偵はサングラスと帽子を外した。火神は男のように筋肉質でない体格、男よりも低い身長で、男の声質ではないことから女であることはわかっていたが、目元を見て、探偵が自分とそう変わらない歳であることにここでやっと知ることが出来た。
「君が、新人の火神大我くん!? そっか、そういうことだね、そういえば姿形、火神大我そのものだ! ああ申し遅れました、君の教育係を任せられた名前です。よろしくネ」
「は?あ、ああ……よろしく………」
 握手を求めてきた名前に火神も握手で答えると、扉の向こうから「あっー!」という声が聞こえ、火神がそちらに視線を送ると、名前は怪訝な顔になって「チッ、っとに邪魔ばっかりしやがるぜ」と低い声で呟いた。
名前っちが新人くん連れてきたっスよー!」
 黄色い髪を揺らす青年は、扉の向こうにいる六人に声を掛け、六人は椅子やソファーから立ち上がる。一人はあからさまに面倒くさそうに立ち上がり、耳をほじくった。
「やあ、ようこそ。ここの基地の支部長である、赤司征十郎です。よろしく」
 鮮やかな赤が彼を彩っているかのような、清楚な顔立ちである、この基地の支部長、赤司征十郎は名前と同じように火神に握手を求めた。火神がなぜ握手を返さないかというと、赤司の後ろにいるカラフルなメンバーに呆気を取られていたからである。基本的に、身長が高いのが四人、黄色、緑、青、紫。そのほかは標準サイズで、水色、桃色、そして、その中に加わった名前
「歓迎するよ、火神大我くん」


 倉庫の中の基地、まるで子どもの頃の秘密基地の規模が大きくなった、とでも言おうか。仕切りはあるが、どれもアナログで、基本的な活動は倉庫の中心にある十の机と、モニター、スクリーン。火神の教育係である名前は、各々の設備の紹介、メンバーの特徴や好きなもの苦手なもの、得意なことなどを説明しながら、火神の机を指差した。そこには、他のメンバーと同じデスクトップパソコンが置かれている。
「基本的に、わたし達は街を区域で分けて敵の情報を掴んでる。分けている区域にはそれぞれ、支部が2つある。そこと協力しながら敵さんを相手していくわけなんだけど、君が来たから区域が別にきり変わるだろうから、もう少し時間はかかるね。それからこの後、武器の適正検査があるから楽にしてていいよ」
 名前はそう言ってコーヒーを入れて火神にソファーに座る様に指示した。
 火神はこの組織に抜擢される前、街に出かけていた。友人と遊んでいるわけでも目的があったわけでもなく、ただ散歩をしているだけで、行き交う人の波に、もう少し静かな場所へ行こうと踵を返した時、ある一つの変化に気付いてしまい、その変化と目が合った。そして、一歩後ろに引いてそれを避けたのだが、腕に一線切り傷が入った。その時、変化は崩れ落ち、その変化の背に足を乗せた黒装束の男が、火神を見て、人気の無い場所へその変化と共に連れていき、火神へ、「君は、数あるうちの、稀の力を持っている」と言って、この組織への加入を進めたのだった。

「えーっと、火神大我くん!よろしくね、私は桃井さつきって言います」
 火神は「どうも」と頭を軽く下げた。「私、あなたの事なーんでも知ってますよ♪」と手元にあったスマートフォンを片手にアプリケーションを開いた。「これ、私が作ったアプリで、情報管理が出来るんです。私にしか使えなくて、私にしかないアプリなんですよぉ。パソコンにはこれよりももっと、詳しい事があるんですけど……あ、はいこれです」桃井が見せた画面には火神大我の幼少期から高校入学の時の写真、身長体重なんて、母子手帳でも拝見したのかと疑ってしまうほどに、よく調べられている。驚く火神に桃井はニッコリと笑った。
「高校在学中、みたいですけど、辞めるんですか?」
「え?ま、まあ。大して学校に行きてぇわけじゃなかったし……」
「へえー、じゃ、俺と一緒っスね」
 鍵をくるくるとまわして近付いてきたのは「黄瀬涼太っス、よろしく」艶のある金髪を揺らす黄瀬涼太である。彼は以前モデルとして活躍していたが、2年前にこの組織への加入を決意した。
「じゃ、俺ちょっくらその辺調査してくっから、桃っちよろしくね」
「うん。わかった。気を付けてね」
 おっけー。まわしていたのはバイクの鍵であった。黄瀬の監視する区域に、出た、という情報が入った。ただし定かではなかったので、黄瀬一人で、調査として赴くのである。
「どう、この支部の雰囲気は」
「どうって、どうもこうもねえっすけど……」いや、本当はありありだ。火神の目には、赤司も、巨人のような体格の紫原も、パソコンばかり触っている赤司と緑間も、もうひとつのソファーで鼾を掻いて寝ている青峰も、隣に座る桃井も、椅子に座ってどこを見るわけでもない名前も………。
「……あ?つか、あれ、えっと、もう一人いなかったか?水色の髪の……」
「ああ!テツくんの事?テツくんなら、名前ちゃんの隣にいますよ」
 面白そうに桃井が指を差すと、先程の名前の隣には誰もいないはずだったのに、探していた水色の髪を持つ黒子テツヤがそこにいた。
「………なんですか?」
「テツくん、存在感がとっても」
「薄ッッ!!!」
 黒子がムッと口を尖らせ、名前は面白そうに火神の方に振り返った。
「テツヤの存在感の無さは以上なのよネ。まあ、慣れるまでに時間はかかるけど、一年もすれば慣れてくるもん……なのかな?」
名前さん、僕に失礼とか、そういう感情は持ち合わせていませんよね」
「まあ慣れたものでしょ、テツヤも」
 怒ったのかコーヒーをゴクゴクと飲む黒子をみて、火神は呆気にとられた。名前のすぐ側にいたのに気付かないなんて思わなかったのだ。それにしても、存在感が無さ過ぎる。この基地にいる皆は黒子の存在を把握しているのかと疑ってしまうレベルだ。
「さて、もう少しで係の人が来ると思うから、火神くん」
「なんだよ」
「脱ぐ準備はよろしくて?」
「……なんで?」



「いだだだだだだだだだだ!!!いっでーっつのぁぁあああ!」
 基地に火神の声が木霊する。「ふっふーん、青峰くんと同じタイプね」キラキラを光らせた汗を拭ったのは、本部からやってきた伝達部隊の一人の相田リコという細身の女性だった。
「じゃあ剣タイプなんだ」
「そゆことね」
 名前は面白そうに、魔法陣を組み込んだ火神の手の甲と取る。「本当だ、魔法陣が青峰のと似てるね」そして自分の手の平に魔法陣を浮かび上がらせた。火神はその工程を見送ってから、自分の手の甲を覗きこむ。「彼、訓練は?」「してない。これから色々と叩きこむ予定」火神から手を離した名前は手に力を入れる。
「ま、火神くん見てて」そして名前の手の平から白い槍が出てくるのを、火神はあんぐりと口を開けて見送って、一人慌ただしくきょろきょろと周りを見て、自分一人が慌てているのに更に慌てて「どうなってんだ!」と声を張り上げた。
「うっせえなぁ……」火神の声に、先程まで鼾を掻いていた青峰がむくりと上体を起こし、名前の事を見て、「なんだぁ 戦いかぁ?」と頭をかきながら立ち上がった。
「いんや、火神くんにわたしの武器を披露しただけ」
「ったく、こんなとこで出してんじゃねーよ」
「そうそう、火神くんは君と同じタイプみたいヨ」
「………同じィ?」
 青峰がのそのそと火神達の方へ近付いていき、火神の手の甲の魔法陣を見つめた。「なるほどな、確かに同じタイプの魔法陣だわ」と言って、腕にある魔法陣を浮かび上がらせる。火神は自分のと青峰のを比べ、似ていることを確かめ、同じ剣を出せることが妙にひっかっかった。相手が青峰だからである。第一印象からあまり良いものではなかったからだった。
「まぁ、修行を重ねればこうして武器を自由に取ることができるのよネ。ちなみに、支部長である赤司くんは刀、敦と副支部長の真ちゃんは銃、黒子は魔法書、わたしは槍と弓で、さつきは伝達部隊から配属されてるから武器は無し、で、黄瀬は……オールラウンダー」
「オールラウンダー?」
「彼は特別で、その目でみた武器を召喚させることができる。ただ、機能は劣る。けれど、所謂、どの場面にも優れた万能型ってこと。黄瀬のような人材は稀なのよネ。だからこの支部に抜擢された」
 名前の目が光り、火神を捉えた。火神はその視線に一瞬だけ息をするのを忘れてしまい、ハッと息を出したところで名前は妖しく笑う。
「この基地に配属された皆は、どこか、誰にもない特別な能力や優れた身体能力を授かった、敵と戦う為に生まれてきたような人間ばかり……。 君は、一体、どうしてこの基地に配属されたのだろうね」
 この道は易しくないのに、きみみたいな初心者がなぜこの基地に配属されたのか、わたしは見物だと思うな。名前の手にあった槍は光の分子を飛び散らせながら消えていく。


 今日はこれだけ。もうおうちへ帰っていいよ、お疲れ様。明日は何時からでもいいよ、緊急の収集がない限りこっちからは連絡はしないし、まだ新人さんだし、わたしは基本君の教育係だからネ、いつでも暇なのヨ。じゃ、そゆことで、また明日ね、お疲れ様。名前はそう言って火神に手を振って、基地の扉を閉めた。一人、大きな倉庫の扉を前にして、火神はただただ途方に暮れて、先日もらった地図と道中を見比べながら街中を目指す。頭の中は武器のことと、名前のことばかりだった。
「一体、何がなんだかわかんねぇ、あの女………」
 ぴゅーっ。強い風が吹いて、火神はへっくし、とくしゃみをした。「誰か噂してんのか?」



名前、今日はお疲れ様」
 名前のためにココアを入れたマグカップを、赤司は手元の資料の字を追っている名前の膝に乗せる。「わっ、こぼれます」慌てて資料を隣に置いてマグカップを両手でつかんだ名前は、すっと息を吐いてマグカップに口を付けた。
「久々に仕事熱心なのは良い事だが、息抜きは必要だ」
「そ……、そう、ですね。心がけます」甘いココアの味が口いっぱいに広がり、目を開けっぱなしだった名前の眼から涙が浮かびあがった。
「う、いったー……、まったく、新人教育は割に合わないし、給料アップ願います」
「仕事のできない人間は誰しもがそんなことを言う、という統計が出ているよ」
「どこの統計ですかっ」
「桃井のだ」
「さつきめっ!正直に書きやがって」
 膝元に散らばった資料には、さつきが調べた情報がいくつもいくつも記されている。この間まで普通の公立の高校へ通っていたらしいが、この組織に入ってから高校を辞める手続きもしている。それに名前とは一つしか違わない16歳。名前は17歳だった。
「黄瀬、遅い、ですね。大丈夫かな……」
「大丈夫さ、三十分前には連絡が来たし、帰ってくる途中だと思うよ。さて、もうこんな時間だし、後少ししたら夕食でも……、作ろうか」
「赤司くんの手料理は美味しいですから、コンビニのお弁当よりかそっちのほうがいいです」
「そうか。なら作ろう」
「手伝います」
 そのあと、赤司と名前は日常的な会話をして、十五分経ったところで二人でキッチンに立った。冷蔵庫を漁った赤司は、「今日はムニエルにしようか」と紅鮭を見つけたらしく、まな板を出して手を洗った。
「黄瀬、きっと丁度いい時に帰ってきますよ」
「だな、僕もそう思ったよ」


「ええーっ!ひどい!ひどいっすよ二人ともォ!俺が帰ってくるのを知りながら、二人分のしか作らないなんて!」
「黄瀬はコンビニ弁当でも買って帰りなさいヨ。わたしらはお当番なのです」
「知ってるっス!でもぉ!」
 支部は基本、二人態勢で基地に残る。緊急の要請などがあった場合、いつでも動けるようにしておくのが基本なのだ。毎日当番制で変わっていき、今日は赤司と名前が当番だった。
「ほら、早く帰んないとどんどん帰りが遅くなるわヨ」
「…………」
「な、なに……?」
「……二人が泊まるってなんか、不純な事が起きそうなんスよねぇ……」
「起きんわ!何言ってんの!?」
「赤司っちが仮に、緑間っちだったり、青峰っちだったりしたら、そりゃあ心配もなにもないスけど、名前っちは二人らよりも強いから。でもなぁ、赤司っちだとなぁ……うう、あのね!名前に恋してる身としては、心配で心配でたまらないんっスよ!わかって!」
「あのねー、真ちゃんとか青峰くんよりも強いって、ねえ、嬉しいけど嬉しくないんだけど」
 名前に泣いてすがりつく黄瀬の頭にげんこつを落としたままグリグリと拳を押し付けると、赤司はクスクスと笑って、「安心してくれ涼太」と肩に手を置いた。
「君が名前の事を好きだっていうこと、僕は解っているから、君の気持ちを踏みにじる事は決してしない。僕は約束を破ったことがあったかな?」
 赤司の言葉に、黄瀬は渋々名前から体を離して、わかったっス、と帰る支度をして、家路を急いだ。冷たくなった味噌汁を啜りながら、赤司は手を当てて「ごちそうさま」と呟く。
「嘘吐きですね」
「約束は破るためにある、と どこかの漫画で読んだことがある」
「それ悪役の台詞だと思いますケド」
「涼太にとって、僕は正義であり、最大の悪役だろうけれどね」
 嫌な性格してるよなぁ、まったく。名前も手を合わせて赤司に「ごちそうさまでした」と言い放った。赤司は「お粗末さまでした」と軽く頭を下げる。
「まだまだ夜は長い、今日も何もない事を願うしかないな」
「そうですね、わたしもねがいマス。でも何もない時のほうが怖いですよね」
「ああ、そうだな」




 名前の言葉にいつ行けばいいのか、このタイミングで行けばいいのか、まず呪文をあのように大声で叫ばなければいけないのか、と十分ほど悩んだ結果、火神は大声で昨日の呪文を唱えると、扉が開いた瞬間フライパンが飛んできた。「うっせえ!」青峰が鬼の形相をして火神に近付いてきた。どうも扉の近くのソファーで昼寝をしていたらしく、火神の声に気持ちよく寝ていたのに眠気が攫われて、ああやって鬼になっているわけだ。しかしそこに桃井のおたま攻撃がやってきた。フライパンよりも攻撃力がありそうな音に、火神は肩を上げて、そして倒れる青峰を見送る。
「おはよう火神くん」
「お、おお………。大丈夫か、これ」
「うん、気にしないで。それと、名前ちゃんはちょっと不在で……」
「不在?」
「そうなの、任務中で、あと少ししたら帰ってくると思うんだけど……」
 青峰と桃井はお留守番。支部長である赤司、副支部長の緑間、紫原、黄瀬、黒子、名前は任務中。二時間ほど前に出掛けていった。
「あ」
「あ?」
「帰って来たわ」
 桃井は慌てて扉の近くに寄っていくと、5人の影が扉を越えていく。
「あ」
 紫原が背負っているのは負傷した名前で、頭に包帯を巻いている。桃井も、こればかりは青峰も驚いて、火神も驚いた。
名前ちゃん!?」
「や、やあさつき。ご機嫌麗しゅう……」
「どうしたのそれ!?」
「え、あ、ああ、まあ、その、ちょっとね、ふがいないばかりに」
「ハーイちょっとどいてねー」紫原が三人を分け、昨日火神が座っていたソファーに名前を下ろして自身の上着を掛けて近付いてくる支部長と副支部長の指示を待つ。指示をする二人はそれぞれ悩んだポーズをとって、どうするべきかを考えた。
 名前の左腕は、それは痛々しい程の傷と血を帯びており、ギプスをしている。痛々しい左腕を見た火神は眉を顰めた。
「ははは、面目ない。骨折もしていマス」
「まったく、男性陣はなにしてるんですか!もう!」
 ぷりぷりと顔を真っ赤にし頬を膨らませている桃井は、男らを説教している気ではいるものの、他の男たちは納得のいかない様子で右から左へ受け流している様子だ。だが桃井は怒りが浸透してその様子には気付いていないようすである。
「いいんだヨさつき。足が持っていかれそうだから腕で庇ったのはわたし、皆に落ち度はナシ。足じゃないだけ許してチョンマゲ」
「ゆっ………許せるわけないじゃない!こんなに痛そうにっ……血、血だってこんなに……!」
 名前の足元でえんえんと泣きだす桃井の頭を撫でながら、名前は自分を見つめる火神を見上げた。火神はハッとする。挑戦的な目と、表情に、胸がドクドクと波打った。
「これが戦うってことなんデスヨ」お分かりです?名前は自分の教育係、身をもってそれを解らせるために?火神はその傷が怖いだとか、これから対峙する生命体が怖いだとか、そういう怖さよりも、女を傷ものにしてしまった、かもしれないという事実に頭を抱えたくなった。
「どうしたの火神クン、なんかものすごい顔になってるけど」
「あ、いや、気にすんな」
 名前はその瞬間に、細い目になってものすごい顔をしている火神を睨んだ。
「それはそうと、昨日言い忘れたことがあってさ」
「俺に?」
「そだよ」
 名前はゆっくりと立ち上がり、火神と対峙した。「は?え?」
 スーーーっと息を吸い、ハーーーッと息を吐いた。そして、
「敬語使えやゴルァァアアア!!」
 名前が得意とする蹴りを、火神はまともに受けてしまった。

 どっちが病人だかわからない。基地にいる火神、名前以外の一同は伸びた火神にお手を拝借し、南無……と唱えた。片腕が骨折したからなんだ、貧血がなんだ、と名前はバリバリ仕事をこなしている。これからの火神の修行メニューについて、緑間と練っているのである。相田リコが言うには、彼には身体能力に関しては未熟ではあるものの潜在能力はピカイチだとお得意の眼を使って言っていたので、少しばかりきついと感じるメニューでもこなせるだろう、と緑間と相談しながら、7つの項目が出来あがった。
「悪かったな」
「………ん?」
「傷だ」
「ああ、気にしなくていいよ、副支部長を護るのは部下であるわたしの役目でもありますデショ?」
「そういうこっちゃないのだよ。お前は女だ、体に傷でも残ってみろ、そんな」
「そしたら体に傷が合っても大丈夫だって言ってくれる人と結婚するもーん」
 これだからと緑間は仕方ない名前に溜息をついて、出来上がったメニューを火神の机の上に置いた。これで修行が開始できるな、と緑間が振り返ると、そーね、とコーヒーを飲みほして慣れた手つきでコーヒーを入れにはいり、真ちゃんも飲むかネと緑色のマグカップを振った。眼鏡を上げた緑間は考えたあと、名前の入れるコーヒーが好きだったので、「いただこう」と言って自身の席に座りパソコンを立ち上げた。
「真ちゃんは遠距離型だもん、本当に気にしないで。お詫びなんてものもいらないから」
 砂糖はいるっけ?わたしは一ついれるけど。そうか、ならば俺も一ついただこうか。
 角砂糖がポチャン、と小さな音を立てて黒い海の中に落ちていった。
「ちなみに今日のエイリアンのレベルはなんだった?誰のデータに入ってる?」
「………名前なのだよ、レベルはBBクラスだ」
「お、結構良い感じだなあ、それでポイント溜まるからきっと給料アップだぞぉーやったーイエーイ」
名前
「え、なにごめん」
「もし貰い手が居なかったら、俺がもらってやるのだよ」
 緑間は赤、紫、黄に頭を叩かれた。

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