猿飛佐助 | ナノ


 五つ下に、猿飛佐助という下忍がいる。わたしは彼の師匠という位置づけで、師匠といっても、彼の手裏剣術のみわたしが受け持っているだけのことで、そのほかの世話だとか、そういうのは自分一人でやるように長は幼いころからわたし達忍びにそう口を酸っぱくして仰っている。わたしも十五になったから、そろそろ士官先を選ばなければいけない歳になってきたのだが、十の彼がわたしにひっついて離れないからなかなか動けないでいるのも現状で、長は佐助を見るたびに溜息を吐いて、この餓鬼はどうしようもないと呟く。
 わたしも、少し佐助の事が鬱陶しいようにも思うのだが、一応”弟子”であるから、手裏剣術を教えてくれと言われたら断れないのだ。師を変えてやろうかと思い、同僚に頼んだが、次の日佐助が同僚の腕に手に腹に腰に肩に首に噛みついて、まるで猿みたいに引っ掻き回して「俺は小鳥が師匠でないと嫌だ」の一点張りで、同僚もわたしも困ったものなのだ。
 猿が人間に懐いているから、どうしようもないだろう。里の皆はわたしと佐助の姿を見ていつもこういう。

 春が近付き、わたしも十六になる頃、佐助は十一になっていた。彼の才能は誰しもが羨むもので、わたしも羨んだ。手裏剣術はいつの間にか、わたしと並び、わたしを超えようとしている。薬の調合や、武器の手入れ等、それらを付け足せばまだまだわたしのほうが腕は立つが、手裏剣術に関しては、おそらくあと数カ月たてば彼は師であるわたしを超えるだろう。それならば、まだわたしの知識を教え込むこともできるのだろう。だが、それは長に命を出されていないのでそこまで面倒は見なくてもいいということなのか。それもそのはずだ、まだ十一の男児なのだから。

 五つ下のかすがは顔を真っ赤にして畑から帰って来た。一体どうしたのかと尋ねれば、佐助が春画を部屋で広げて仲間達と見てた、とか、そういうことだった。まだ女としての自分の武器を心得ていないかすがはそういう男らの姿を見て落胆したのだろう。まあ、放っておけばいいんじゃない?とかすがの隣に座って、でもでもともじもじと体を揺らすかすがの頭に手を置いて、優しく撫でた。


「これ見てくれよ!」
 修行の終わりに水を飲もうと湧水が流れるいつもの場所へやってきて、苔の付いている石に腰を下ろした所、興奮した様子で佐助は懐から一枚の黄ばんだ四つに折りたたんだ春画を広げて見せてきた。十一の男児が春画を見て興奮するのは仕方の無いことだと思うし、そういうのに興味を示してもおかしくない年頃なのは確かだ。
「そうねぇ、春画ねぇ」
小鳥はあまり興味ない感じ?」
「興味がないわけじゃないけど、今更って感じかな」
「え?」
「だって、十五になれば皆、性交をするもの」
 湧水で顔を洗って、手ぬぐいで拭う。ぽかんとしている佐助を笑う。「女の子なんて特に。体は武器になるから」十五になった時、同じように十五になった同僚と性交をして、わたしは本当の”女”になった。性交自体が好きか嫌いかと聞かれれば別に嫌いでもなければ、大声で好きです、というほどのものでもない。猫婆は「それはそうじゃの、好いた者としたことがなければそうだろうのぉ」と仰っていた。
「え、あ、じゃあ、小鳥も、こうやって、口吸いをして、こういうことをしてるって、わけ?」
「そうなるね、あ、でも、佐助も十五になれば必ずするよ、不安にならなくても」
 佐助は春画を握りしめ、俯いた。手ぬぐいを袋に巻き、佐助の側までやって来て顔を覗き込んだ。
「ちげーよ」

「ちげーよ」


 朝起きてから、夜寝るまで、佐助はわたしの側を一時も離れない。用をたす時や湯浴びの時くらいは離れるけれど、そのほかは常にわたしと一緒。師であるわたしの身の回りは弟子である自分がすべきだという考えがあるらしく、これもまた困ったものであるが、止めても彼はその腕や脚を止めない。
 食事の用意をしている時だった。今日はわたしが当番で、一緒の室にいる忍の食事を用意し、善を運んでいる時、佐助は時折股を押さえたり、擦ったりしていた。恥ずかしそうにしている佐助の様子にどうしたのかと声をかけても、佐助は何でもないと首を振るばかりで、そそくさとどこかへ行ってしまう。そしてすぐに戻ってくる。こんなことが春画をわたしに見せた時から少々見られた。同僚は、佐助も男としての機能が、とかそういう風なことを言っていた。

 友人と湯浴びをし、夜風に当たりながら士官先の話をした後に部屋へ戻ろうと赴くと、部屋の側で佐助が草笛を吹いていて、わたしの姿に気付くと草笛を口から取って立ち上がりわたしの服の裾を握った。
「どうした?」草笛が風に乗ってどこかへ去っていく。佐助もわたしも今日は別々の任務があって、今初めて顔を合わせた。朝から晩まで任務があったわたしは、一刻前に里へ戻って来て、任務報告に夕餉にもならない飯を食べ、湯浴びをして夜風に当たれば一刻は過ぎる。
「任務、どうだった?」佐助の小隊は確か、わたしと仲の悪いくの一が隊長としていて、小隊を率いていた。実力は申し分ないが、性格上の問題で、よく衝突を繰り返し小競り合いもしていたし、手裏剣術ではいつも張り合っていたし、薬の調合でもなんでも、いつも睨み合っている。そんなわたしの嫌う忍びの小隊に佐助が招かれたというのは、わたしへの果し状か何かなのだろうか。
「あ、う、小鳥
「佐助?」
 佐助はわたしに飛びついて、力強く抱きしめた。何かに縋るような幼子のようだった。胸に顔を埋めて、左右に動かして、ハァと息を吐く。
「噛んだ」
「……何を?」
「あいつを」
 あいつ、とは、恐らくわたしといがみ合っている忍びのことだ。「どうして?」と一応聞いた。でも、佐助が誰かを噛んだり引っかいたり、攻撃する理由は決まったものがある。
「アンタのこと、馬鹿にしたから、肉削ぐまで噛んでやった」
 わたしが馬鹿にされたり、自分が気に食わないことがあると、特にわたしが関連しているものは、そうやって攻撃的になる傾向がある。「実は菓子を買ってきたんだ。ちょっとだけ食べようか」
 まるで、佐助の表情は鬼のようで、人を食らう鬼のようだった。人間とは思えない、恐ろしい表情。わたしはそんな佐助が恐ろしくも羨ましくも思った。彼は表情が豊かで、心も豊か、表現も何もかも、面白い忍びである。ひょうきんに見える彼はどこかでバケモノを飼っている。
 佐助を部屋に招き入れ、戸棚にしまった菓子を出した。少々甘いが、佐助は甘いのが苦手ではないし、むしろ一緒に茶と一緒に食べるくらいだから、この夜の中でひっそりと二人で食べるのも訳ない。茶がほしいところだが、入れる時間も惜しかった。もう既に、大半の忍びは目を閉じ、就寝の時間である。
「また夜に菓子食うのかよ 太るぜ」
「なんで知ってるのよ」
 佐助が菓子をかじり、粕が畳のめにはいっていく。なかなか取れないのに、佐助はこういう性格故なのか、気にしない性質で、佐助が返った後いつも後始末をするのはわたしで、手ぬぐいを濡らして畳みを拭う。完全に取れるわけではなかったけれどいつもそうして処理をする。
小鳥
 佐助の口から粕が飛ぶ。
小鳥なら、わかるよな?俺、最近、小鳥の事を考えるとおかしくなって」股を撫でる佐助を見た。佐助はつまりそういうことで、わたしは眉を下げて、ああそうなのと答える。ムッと、佐助は頬を膨らませた。懐から手ぬぐいを取り出そうと俯くと、わたしの視線の先には天井があった。
「佐助、ちょっと」
 佐助は股をわたしの腹へ擦りつける。
「佐助いけないってば」
 わたしの言葉など聞こえないように、いや、言葉など無いように佐助は首筋に鼻を擦り合わせてきた。熱い吐息が鎖骨にかかり、いよいよどうするべきかと考え、優しく肩を押して、もう一度「いけない」と伝える。
「あ、あ、あっ、小鳥っ」佐助はわたしの首を噛んだ。
「ねぇ 本当に、佐助、いけないんだって……」
「だっ、て、小鳥小鳥だって、ああいう事した事あるんだろ、ああやって、こうして」
 痛い!首が強く噛まれて思わず声を上げてしまった。それでも佐助は噛む事を止めないし、股をわたしの腹に擦りつけるのもやめない。
 わたしは佐助の肩に乗せていた手を腰に回し、名前を呼び顔を上げるように声を掛けた。そして顔を上げた佐助の腰を上げて口吸いをする。甘い砂糖菓子が口の中に広がった。初めての口吸いの時を思い出して、相手にされたように触れた後に唇を舐めた。唇も甘かった。
「大人のはもう少し先ね」



 あれなんとかしてくれよ、あれって、あれだよ、猿。
 猿飛佐助は愛される人だったけれど、恐れられる人物でもあった。特にわたしの同僚には恐れられていた。自分よりも実力があってもなくても先輩でも、佐助には関係がなかった。佐助はいつも、わたしを一番に考えていて、でも、わたしを思う一番というよりかは、自分の中のわたしを確立するための一番を考えていた。
「最近自立させようかと思ってるんだけど」「無駄だろうなァ……」同僚は苦笑いをする。その腕には、佐助に傷を付けられた痕が残っている。苦無でその腕を一太刀したのは、一年前だったろうか。詫びることとかそういうのは佐助からもわたしからもしなかった。
「あの子は実力的にもう申し分ない、どこへ士官させても困りはしない」「忍びとしての才能は有り余るくらいだよな。まぁ、拾われてきた時からそうだったさ。彼は忍びになるために拾われたもんさね」団子を一口食べる。
「佐助のお土産、これにしようかな」
 わたしもなかなか自立が出来ないようだ。

 里に帰り、戦況報告をしてから佐助の姿を探す。「佐助見なかった?」「見てないけど」友人は首を振って、自分よりも背の高い洗濯の山を晴天の下に干していく。
「お土産かしら」
「うんそう。今日初めての甘味処だったんだけどなかなか美味しくてね。昨日の手裏剣術が任務で潰れてしまったからそれのお詫びも兼ねて」
「修行うんとつけてあげればお詫びなんてそれでいいじゃない」
「それはそう思うんだけど、まぁ、美味しいから、佐助も団子好きだしさ」
 友人はそれはそうと、と切り出してきた。
「佐助くんの事だけど、夜な夜などこかに出かけに行くらしいわよ」

 夕餉の時、佐助に会えた。佐助は沈んだ表情を変えて、晴れた笑顔でわたしの元にやってきて、お土産を見せると嬉しそうに受け取った。夕餉の後に食べてねと言うと、佐助は「小鳥も一緒に食べようぜ」と三つしかない団子を確認して返してきて、どうせ断っても聞かないのだろうし、一本だけもらうつもりで頷く。
 佐助には部屋がない。上忍のみが一室を持てる。佐助はまだ下忍なので佐助の同僚と同部屋であるので、夕餉の後はわたしの部屋に来る事になった。下忍の住む屋敷と上忍の住む屋敷は離れているので、佐助は帰るのが大変だから泊まりたいと言っていたけれど、制度的には構わないが夜は一人で寝たい派のわたしはいつもやんわりと断る。だから、最近は佐助も聞き分けがいいように思えるし、夕餉の後も団子を食べてから大丈夫だろう、と予想していた。

「猿」
 時折佐助の事を猿と呼ぶ。佐助も嫌な顔をしないし返事をするので、本当に時折ではあるがそう呼ぶことがある。皿を出し、二本佐助のほうへ、一本は自分のほうの皿へ乗せた。
小鳥は一本でいいのか?」
「うん、全然。昼間五本は食べたよ」
「まーた太るぜ」
 向かいに座ったはずなのに、いつの間にか隣に移動していた佐助は、二本の団子を食べ終わった後、わたしの膝に頭を乗せて揺れたり、髪を触ったり、腰に巻きついて腹に顔を押し付けたり、小さな猿が母親の猿に甘えているように、幼子はわたしと触れ合った。
「あ。」
 乳房に佐助の手が触れる。手が触れるだけでなく、揉みしだく。
「やっけー……」
 意地の悪い顔でもなく、じっと眼を潤ませて、その行為に及んでいた。「やっこい?」佐助の前髪を分ける。胸の突起を摘む。「も、ちょっと、」佐助は起き、胡坐を掻いているわたしと向かい合って、腰に足を巻き付けて座りこんだ。座りこんで、乳房を揉んだ。初めは痛かっただけだったが、段々と変な気分になってしまって、何も言えなくなり、脚に手を乗せた。
「女の乳房ってこんなに柔らかいの?」
「人それぞれだとは思うけれど、皆柔らかいのだと思うよ」
「これは?」
「それは乳頭、赤子が乳を吸うためにあるんだ」
「俺も吸っていい?」
「乳は出ないけど?」
 肌を見せると、佐助は乳房を揉んで、舌を這わせた。強く吸って弱く吸い、また強く吸い、を繰り返す。「美味しくないでしょう」「いや、美味しい」佐助はわたしの腹を撫でた。
「ハァ、すっげ、もう、無理だ」
 佐助は性器を取り出した。わたしはぎょっとなって、身を引いたが、腰には佐助の脚が絡みついているので逃げることは叶わず、ただ目の前のものを受け入れるしかなかった。皮は剥けておらず、十一の性器の大きさや形であるのは見てとれる。ただ、勃起をしていた。全身が黒装束なので、服の出具合などそれらがよくわからなかった。
 分泌液が出ている。
小鳥……」
「佐助、そういうのはわたしの前で出すものじゃないと思うんだけど」
「でもさ、もうだめなんだよな……ここのところずっと、もう、出さないといけなくて」
 佐助の指が性器を扱き始め、性器は大きくなっていく。
小鳥、見ててくれよ」そうして佐助は乳頭を吸った。

「春画みたいな事したい」性器が腹に押し付けられる。腹には白濁とした液が飛び散った。
 幼い佐助に行為次第を教えるのはいけないと勝手に決め付けているだけで、今まで、こうやって十五にも満たないで行為に及んでいる忍びは数多くいるだろう。実際、昼間洗濯をしていた友人は十五になったばかりの忍びと四度か五度、十の時に経験を重ねている。それは男児も同様であった。
「ハァ……小鳥、好きだよ、俺、ずっと、小鳥の事が」手法を知らぬ佐助は乳房を揉みしだいたり、乳頭を吸いながら、自身の性器を扱いた。
「佐助がこんなことするから……」
 佐助の指を弾き、代わりにわたしの指と手の平が性器を包み込んだ。佐助は肩を浮かし、扱く行為を見送る。
「わたしも、おかしな気分になってきちゃった」先端に指を乗せた。
小鳥の性器も、撫でたい」
 わたしは衣服を脱いで佐助を座らせ、わたしは膝を曲げて、佐助の手を性器の前まで持っていくと、佐助は初めてみるかのように目を丸くして人差し指を伸ばした。
「濡れてる……」指先に付いた透明の液体を親指で伸ばす。舐めた。「俺のもこんな味?」
「じゃあ立ってみて」
「え、あ、うん」
 性器を口に咥えた。「わ、あ、小鳥っ」小さい。けれども背はあるから、座って胡坐を掻いて背を曲げたままそれを咥えることができる。大人のとは違い、大きく動かずとも、すぐに奥まで入っていく。
「はッ、あっ、だ、だめだ」
「んむっ……」佐助の膝を掴んだ。佐助がわたしをはがそうと頭を掴んだが、わたしは佐助のを口に含んだまま、口内で舌を小刻みに動かしていく。見上げれば、顔も耳も首も真っ赤に染めて目を強く瞑って苦しそうにしている表情があって、唾液が口の端から流れていた。
小鳥……」
 ぎゅっと、髪の毛を強く掴んだのと同時に、口内に白濁の液が出された。
「あっ、んん……」白濁の液を吐いた。口元を押さえて手の甲で拭くと、佐助は疲れたように座りこんで、息切れをして、わたしを見る。睨みつけるような視線だった。
「なんでこんなこと、するんだよ」佐助からポロリと涙が零れて、わたしの腕に思いきり抱きついた。
「あんたがこんなことするから、もっと、もっと、好きになっちゃったろ」
 ハァ、ハァ、と佐助は息を吐く。「いれていいの?」「春画のみたいに、入れていいのかよ」「なぁ、小鳥
「いれたいの?」
「いれたい」
「…………。 そう、いいよ 佐助がしたいようにして、いいよ」
 仰向けに倒れ、佐助はわたしに見せてきた春画のような態勢をとって、勃起した性器をわたしの性器に擦りつける。わたしが位置を教えてあげれば佐助はゆっくりと挿入をして、数秒止まってから動きだした。おかしな変な気分になって、笑みを浮かべて、なかで佐助のが少しだけ大きくなったのと、小さく漏れる息と声にどうしようもなく愛しさを感じた。
 五つ下のわたしの弟子は、師であるわたしを台にして一回り大きな”男”として、踏み出したのである。



 新たな弟子が出来た。わたしは同期の中でも一、二を争う手裏剣術の使い手であるが、それも弟子の佐助に超えられたので長はもう佐助に術を教えずともよいだろうと、佐助からわたしを離した。新たに、八つ下の弟子が出来て、これまた男。わたしは特別美しいわけでもなかったし、体には生傷がたくさんあって、房術には適しておらず、またわたしに性欲を向ける忍びなどそういなかったから、くのいちになる忍びよりも、忍術や手裏剣術を修行する男児らがホイホイとわたしの手元に投げられる。
 八つ下の弟子は、わたしの巻物を運ぶのを手伝ったり、膳を運んだりと、小姓のような働きをして、訊けば寺でこの歳まで過ごしていたらしい。
小鳥様は、とても忍術がお上手なのですね。僕も小鳥様のように、強くて格好の良い忍びになりたいです」
 まるで幼い佐助のよう。わたしは少年をうんと可愛がった。
 佐助に教えたように、頭から足の指の先まで、精を出して手裏剣術を叩きこんでいく。佐助を弟子にしてわかったことがある。佐助は忍びとしての才能は十分すぎる、むしろ有り余るほどあった。そしてこの少年も、忍びとしての才能、佐助を超える才能を持っていると感じた。自分の情けなさも痛感しながら、いつか敵か味方になるのだと恐れながらも、可愛がって、育てていった。

 ある日、下忍の里へ向かうと、弟子の少年は片腕を無くして畑の土を起こしていた。利き手で鍬を持ち、一生懸命に汗を流しながら、一昨日と昨日、二日間雨が続いた後の畑の土を起こす少年に声を掛けたが、少年はいつものような愛くるしい笑顔を見せて「おはようございます小鳥様、すみません、少し不便なものでして、もう少し時間を頂きたいのですが」と言った。わたしは頷いて、部屋で待っていると告げて上忍の屋敷に帰る。
 二刻経ち、少年はわたしの部屋に訪れた。顔色を悪くして、遅くなりました、と頭を垂れる。そんなことはどうでもよい。部屋に上がらせ、甘い団子を出して茶も出した。自分も手伝うと慌てたが、片腕で何が出来ると言えば眉を下げて、部屋の中に独りでぽつんと正座をして座り込んでいた。
「顔色が悪い、少し寝るといい」
 少年の頭を膝の上に乗せて、一刻と半刻、頭を撫でで眠りを促した。少年はぐっすりと眠った。

 少年が片腕を無くしてからは、なかなか修行もつけることができなくて、更にはわたしの仕事も増えて、再び顔を合わせることができたのは先日から、五日を要した。少年は、両腕を無くしていた。もう満足に修行をすることも、膳を運ぶ事も、野菜を洗う事も、湯浴びをすることも、寝る事も、戸を開けることも、畑を起こすことも、洗濯を干す事もできなくなった。理由を尋ねても、少年は首を振るだけだった。
 気付けば、佐助が弟子でなくなって、少年が弟子になってから、一年が過ぎた。
「卯之助、部屋においで」
 弟子の少年、卯之助を部屋に招き、両腕がないので、老舗の団子を買ってきて食べさせてやった。卯之助は初めいやだと首を振っていたが、隣に座って腰に腕を回し落ちつかせてやると、卯之助は静かに従って団子を咀嚼し始め、ごくんと喉に通したら、わたしの方に寄りかかって「小鳥様、小鳥様」と幼子のように、わたしに甘えた。
小鳥様、好いております」

 次の朝、少年は死んだ。佐助は上忍になり、わたしらの屋敷に住むことになって一室を与えられた。久しぶりに顔を合わせたわたしと佐助は特に会話も交わさないまま、わたしは勝手場に、佐助は畑に赴いて、仕事をこなして、夕餉を食べた。

小鳥
 振り返れば佐助が。少々大人の表情をしている佐助は、少々身長も伸びて、少々声も低くなった。「やあ。久しいね。上忍にもなったし、わたしのいない間に随分と見違えるようになった」師としては嬉しい。嬉しいの一言だった。
「やっと追い付いた」
 それでもわたしの方が身長が高い。でもすぐに抜かれてしまいそうだった。
「なぁ、もう一度俺の師になってくれよ、どうせ居ないんだろ?卯之助」
 もう佐助がわたしの弟子として戻ってくることはない。それは長が決めたことで、こればかりは絶対だった。わたしにはきっと、次の弟子となる少年か少女かが来るだろう。佐助はもう一人前の忍びとして数々の戦場へ赴いたり、忍びとして武将に仕えることになる。わたしはまだ、それまでには遠く、育成する立場として里にしばらくは居続けるだろう。
「佐助にはわたしはもう必要ないんじゃない?」
 わたしは十七、佐助は十二、師と弟子の関係はもうすでに終えている。わたしよりも手裏剣術の腕が立つようになって、佐助は一年が過ぎた。
「しばらくずっと、ここ一年、小鳥から離れてみたけど、やっぱ俺様、小鳥がいないとどうしようもない子どもらしいんだよね」
 佐助はわたしに抱きついた。
「ずっと俺の小鳥でいてよ」


「隠れ潜む醜愛の少年」
十、十一、十二の猿飛佐助は性を知り、一人の女を愛し、そのために自分の為すべきことを三年のうちに済ました。
20万リクエスト作品。