世界、継続的に回り続ける4 | ナノ



 関ヶ原の地にて、東軍は勝利をおさめ、大谷吉継は討死、石田三成は捕えられ、徳川の城の地下へと幽閉された。おそらく、徳川殿に斬首されるであろう。
 わたしと姫様は、関ヶ原での戦いの後、農村で二人、たまに忠仲と共に、農民と一緒に暮らしていた。忠仲は徳川の忍びとなり、任を果たしながら、余裕が出来た時に訪ねてくる。
 姫様には戦のない平凡な生活のために、長く綺麗な髪を切った。黒く妖艶な黒髪は、浅井長政の思い出の詰まった、切り離したくとも切り離せなかったものだった。だがわたしは姫様に有無を言わさずに、腰の刀で切った。姫様は落ちた妖美な黒髪を手で掬い、地に落とした。別れの瞬間だった。
 戦のない日々、小さな子どもからご老体まで、様々な人が行き交い、暮らすこの農村は徳川殿が用意してくれていた場であったらしい。戦が終わる時が来れば、己が勝っても負けても、わたし達にはここに暮らしていけるように手筈を整えてくれていた、忠仲と共に。
 姫様も落ち付き、今では畑を耕し、野菜を取って帰ってくる。
「…忠仲?」
 姫様と共帰ってきた忠仲は、姫様の代わりに野菜を持っていた。その野菜を置いて、わたしに外に出るように伝えると、姫様は土のついた野菜を洗いに行くから、ここで話してくれて構わないと言って外に出ていってしまった。
「一体どうしたの?」
「石田三成の処刑が決まった。明日、徳川の屋敷で公開処刑される」
「そう……」
「それでな、家康様がお前に城に来てほしいという伝言を預かった」
「わたし?」
「そうだ。………なんでも、石田三成がお前をと、家康様が最後の頼みをきいてやると言った時に言ったんだ。……お前、石田三成と交わしていたか?」
「まさか 石田が?わたしに?まさか」
「その間、お市様は……俺ともう一人の部下が見てる。いくら忍びだったとはいえ、実戦から遠退いたお前だ。何かあるかもしれないから、そこは十分に用心しろよ」
「もちろん、それは……でも、これは絶対なの?」
「……ああ、最後の頼みだ、きいてやってくれと、家康殿はそう仰っていた」
「……。そう……忠仲が姫様…じゃない、お市を見ていてくれるのなら安心だよ。お願いね」
「酷か」
「今更」
 草履を履いて、野菜の土を落としている姫様の隣に腰を下ろし、水を流して野菜を洗う。「これ、美味しそうですね」姫様に声を掛けると、後ろにいる忠仲を気にしながら頷いた。「うん」
「お市、わたしは明日、少しここを離れます。その間忠仲がお市と一緒にいてくれるので、何も心配なさらないでくださいね」
「? そよさんはどこへ……?」
「野暮用です」
 関ヶ原にて、あの戦が終わり、終わった瞬間、わたしは安堵のため息を吐いた。そして徳川殿が用意された住居へ。姫様の事を「お市」と呼ぶようになり、姫様はわたしのことを「そよ風」から抜き取り「そよさん」と呼ぶようになった。
「わかったわ」
 姫様は、笑うようになった。
 やはり戦のある日々は、姫様を変えてしまう要因だったのかもしれない。
「いいですか、向かいの武市には気を付けてくださいね。お市は綺麗なのですから、ああいう悪い虫がここぞとばかりに隙をついて近付いてきます。忠仲を供としてつかせます やっつけてもらいましょう!」
「でもあの方は悪い方ではないわ…市が転んだ時に助けてくださったもの」
「それでもです!」
「………はい」
 武市の心配もあるが、それよりも姫様に悪い虫がつくことのほうがおぞましい。武市は姫様のことを下卑な笑みを浮かべて見ているのだから。忠仲はそんなことないと、言っていたけれど。その事についてだが、忠仲は武市の事をかっていて、まるで長政様のようだと口にしていた。そんなことあるはずないのに、忠仲はあの正義感は長政様を思い出させる……と。
「忠仲は今日寝ていく?」
「もちろん 腹が減った 早く飯にしてくれ」
「…………」
「…………」
 わたしも姫様も口を閉じ、野菜洗いに集中した。「えっ おい、なんだよっ」慌てる忠仲を背にして、わたしは笑んだ。



「お久しぶりでございます家康様」
「おお、待っていたぞ。いやしかし、どうだ、生活のほうは」
「はい、家康様のおかげで、毎日苦もなく過ごしております」
「そうか!それはよかった!」
 人懐こい笑みを浮かべる徳川殿と生活の話や野菜の話をし、姫様の様子も報告した。忠仲にいつも報告をさせていたのだが、わたしから直に話をききたかったらしい。機会があれば、本人からも、様子を伺いたいのだそうだ。茶と菓子を喉に通しながら、わたしは石田三成のことを尋ねた。瞬間に徳川殿は目を伏せる。
「ああ、今日はその要件で、ここに来たのだったな」わかっていたはずのことを、知らないように言う。
「石田殿はどちらに?」
「明日、処刑を 打ち首で」
「はい。忠仲からきいております」
「案内させよう」
「ありがとうございます」
「今日は城で過ごしてくれ」
「はい」
 家臣の後ろをついていき、案内されたのは城の端にある一室だった。随分と端のほうにあって大丈夫なのだろうか、と思いつつ、家臣が去っていくのを見送り、戸を開けた。
「…………」
 手掛けた戸を握る。
「………忍びか?」
「………。………はい」
 部屋に入り、距離を置いて腰を下ろした。西軍にいた頃もあまり食事を取っていない様子だったが、今は尚更取っていないような気がする。だが思ったよりも痩せこけてはいなかったので、無理矢理食べさせられたか……無理して食べて脱出の機会を伺っていたのか…。
 かげえりを直し、石田三成はわたしを見た。えりを直した時に見えた傷は、刀傷によるものであったり、叩かれたような痕であったり、様々だった。
「食は取られていますか?以前よりもほんの少し、細くなったような気がします」
「ああ 取っている」
「そうですか、それならば安心しました。今しがた温かい茶を用意しました。石田殿はお飲みになりますか?」
 石田三成は返事をしなかった。しかしわたしの手元を見つめているので、おそらく、飲まれるだろう。近付いて、茶を手渡そうと腕を上げた。触れた手は冷たく、細い。刀傷のある指は今までの石田三成を覆してしまった。
「私は 貴様を呼んだ」
「はい。ですから、わたしは今ここにいます。あなたがここにわたしを呼んだ理由は、大方予想はついておりますが、敢えてお聞きしましょう。何故、わたしをここへ?」
 あっ。茶碗が三成様の手元から離れ、白い布を汚した。石田三成はわたしの手に触れる。思わず殺されることが頭によぎり、身を引こうとしたがその細い体から最後の力を振り絞るように、わたしの手を握る。
「会いたかった」
 止まる。
「貴様に 会いたかった」
 石田三成から目を離したはずなのに、気付けばわたしの瞳には石田三成が映っている。わたしの抵抗の力は消え、引かれるままに、えりを掴まれ、首元に息がかかる。わたしは完全に行動を止め、彷徨う手を、石田三成の肩に置いた。
「石田殿……、あ、あの……」
「最期に、貴様に、会いたかった」

 わたしが裏切ったことに石田三成は一言もその事について話はしなかった。ただわたしに会えてよかったと。最期にわたしの顔が見れてよかった、わたしの声が聞こえてよかった、わたしの髪に触れることができてよかった、わたしの手を握ることができてよかった。そう言った。
 石田三成は地下で無理矢理情交を強いられていて、欲求不満を解消させる玩具にさせられていたらしい。白い体に映えた夥しい赤紫の腫れがそれを物語っていた。久しく口吸いなどしていなかったが、石田三成は慣れている感覚でわたしに口吸いをした。それが酷く、悲しかった。
 石田三成はわたしのから離れようとしない、いつまでもわたしに触れている。わたしの体のどこかに触れていないと、震え出していた。その口で、わたしから離れたくないと言っていたのも、聞いてしまった。
「私は、貴様のことを忘れた事は一度もない」
「私は、貴様に触れたかった」
「私は、貴様と初めて相対した時から、慕っていた」
 地下ではわたしのことを想いながら生きてきて、情交をしている間もわたしの名を口にして、男をわたしだと見立てて生きて来て、その口から飯を食っていたらしい。わたしはそれを聞いて、石田三成を抱いた。頭を抱いて、涙を流した。たくさん流した。
 助けてやりたい。
 石田三成に罪は、ない。
 いつまでもわたしを心に留め、今まで舌を噛み切らずに生きていた事が不思議でならない。わたしは石田三成を裏切ったのに。わたしのことを慕っていたことすら気付かなかったのに。

 わたしは二度の情交を、石田三成と交わした。




 民衆が見守る中、石田三成の首は一瞬で地に落ちた。なかなか切れるいい刀だったのだろう。民衆に交じってその光景を見届けたあと、姫様が待っている村へと足を進める。行き交う人々は石田三成の話をしていたり、娘がかわいいだの、最近婚姻を結んだだの、そんな微笑ましい話の中にひとつの悲しい事実の話題が出ていたことに、わたしは悲しく思った。
 町を下り、わたしの生きるべき場所へ戻る。畑では姫様と忠仲が並んで野菜の収穫をしていた。
 誰かを好くということは、簡単のようで、それは何よりも難しい。命を捧げることよりも、難しいことだ。人を想う気持ちは、どこに彷徨い消えるのだろう。姫様は忘れているその気持ちは、一体どこで消えるのだろう?
「あ、」姫様がわたしの姿を見て笑顔を見せる。
「……只今戻りました」頭を下げた。

 村の中でも一際大きく作り上げられた母屋は、わたしと姫様では大きい。離れは野菜などを保存するために使ってはいるが……母屋は使っていない一室がいくつかある。隣接しているといっても、一度も足を踏み入れたことのない場所だって存在する。そういう所は、忠仲が寝泊まりする部屋として使っては、いるが。
「いやあ、お市さんも飯上手く作れるようになったなぁ これなら嫁に出せるぞ」
「お市はどこにもやりません」
「武市は」
「武市など!眼中にもありません」
「ははっお前は本当に頑固だなぁ 目を擦らせてよーく見てみろよ 武市はいい奴だって」
「忠仲こそ目をよーーく擦って見てみなさいよ」
 漬物を食べたながら喋る忠仲の頬に箸を突いてやると、うっ、と声を上げて、頬に箸が突き立った忠仲が蹲る。
「そよさんと忠仲様はまるで夫婦みたいね」
 笑う姫様に、わたしは慌ててそれを否定した。「まさか!た、忠仲となんて!」みるみるわたしの体温があがっていくのがわかり、立ち上がった膝を曲げ腰を下ろし、ぼそぼそと漬物に手を伸ばす。
「お市さん、それ本当に思う?」
「忠仲!」
「うひひ」
「忠仲!」
「思うわ だってとても仲が良いもの」
「うへへ」
「忠仲!!!」
 わたしは今まで生きてきた中で一番大声を出したかもしれない。



「石田三成、どうだった」
 火を灯し、腰を下ろす。姫様が寝たのを確認し、初めて忠仲の部屋に足を踏み入れた。掃除は姫様が行っている。姫様は掃除をするのが好きらしく、端から端まで綺麗に雑巾を掛けてくれるのだ。わたしはその間畑を肥やして野菜を育てている。
「どうって、痩せていた 以前よりも」
「いやそうじゃなくて、様子だよ」
「………素直に、なっていたかなぁ」
「へえ」
「石田殿とは会話はしなかったの?」
「ああ 別に会う必要もなかったし。それに、お前に会いたいなんて口にするとは思っていなかったから」
「そうだね。……わたしも、予想外だった」
「でもあいつ、今も昔も素直だったと思うぜ」
 それは、そうかもしれない。わたしが石田三成など眼中になかったから、気にも留める存在ではなかったから、もしかしたら、それを思わせる言動はしていたのかもしれない。今や忘れてしまったが。「あと、思っていたよりも、平常ではあった。狂っているのかと思っていたし」
「いやあいつ狂ってたぜ 飯の食わされ方知ってる?」
「本人からきいた」
「やっぱし気、狂ってたな」
「そう?自覚してるところをみると気は狂っていないと思うけど」
「自覚するもしないも、あれは狂ってんだろ。男色だったのかな」
「珍しいことじゃないわ」
「欲のない男だったからな、別にあり得ないこともないか。好くのが男であれ女であれ、別に」
「少し、恥ずかしがっていた」
「なにに」
「男と交わっていたことに」
「ハッ……好いた女を前にして恥ずかしくなったなんて……ならするなよな」
「うーん……別に好きでしていたわけじゃないみたいだよ」
「知るかよ。結果したんだろ。情けない奴」
「忠仲は石田殿が嫌いなのね」
「当たり前だ。お前の事を好いているようだったし」
「……そういうのは駄目だわ、わたし向いてないみたい。わからないから」
「そういうのに疎いのか」
「口にしてくれないとわからないみたい」
「忍びから足を洗ってよかったなお前 本当に」
「うん……そうだね」
「………。お市様とは上手くいっててよかった。まあ顔は出してたけど、お前がいない間、お前の話ばかりだった。少し武市の話もしてたけど」
「わたしの話?」
「ああ、お前はよく笑うようになったって」
「………忠仲はそう思う?」
「思うよ」
「そう、じゃあ、そうかもしれないね」
「あと、少し表情もよくなったな」
「そっか」
「お市様も同様だ」
「そう」
「あの黒い黄泉の手も現れなくなったが、十分に注意はしておいたほうがいいぞ。何かあれば家康様も手を貸してくれるって」
「うん でもあの様子だと、もうしばらくは……」
「そうであってほしいな 切実に願う」
 一呼吸が置かれ、沈黙が流れる。
「なあ」
 沈黙を破ったのは忠仲だ。
「お市様、俺らのこと夫婦みたいだって言ってたろ」
「あ、そ、あれ、は……」
「本当の夫婦になろう」

「え」

「俺は本気だ」
 忠仲がわたしの両手を両手で包み込む。

「か、考えさせてよ……」
 わたしはまだ状況は整理できてないんだ。石田殿のことも、今の事も、全てが、全部が。




「殺す!」
「だあああ!待て待て!待っててば!いいじゃねーか見てような!」
「うるさい、ひ、ひめさっムゴッ」
「ほうらいい雰囲気だぞぉ……言ったれ武市!今だ!今が好機!逃すな!」
「むががっむごっむがーーっ!」
 わたしは忠仲の腕の中で暴れ激しく抵抗するも、鍛錬をしていないわたしはその腕を振り払うことはできない。
 姫様の隣には武市が座っており、朝からせっせと握り飯を作っていた姫様の握り飯を食べている。
「むがががっ!」
「何だって?」
「むがっむがっ!」
「過保護だよな〜姫様の一人立ち、心からお見送りしねーとな」
「むごっむががっむががっ!むがっ!」
「うわっ お市様顔真っ赤!武市も真っ赤!こりゃ言ったな」
「むっ!?むががっ!?むがっ!むがっ!むがーー!!」

 幸せというものは、誰かから奪うものでもなく、又作るものではない。生きていれば、自然と生まれてくる喜びを幸せというのだ。笑える日々を幸と呼ぶのだ。不幸があるからこそ、幸は大きく、また短く思える。それでいいのだ。
 生きているのだから。
 わたしは確かに、生きている。誰かの命を奪って生きている。でもそれは、生きる事は幸せなのではなくて、幸せを知るために、わたしは今を生きているのである。幸を感じるためだけに生きているのかもしれない。わたしは、誰かの幸せを願う事はできない。そんな余裕はない。
 でも、姫様の幸せだけではなく、自分の幸せも考えるようになった。
 わたしの生き甲斐は、姫様と長政様が笑っているのを、感じること。今もそれは変わらない。姫様が長政様のことを思い出して下される時がくれば、わたしはきっと今までで一番涙を流すのだろう。
「忍びさん ずっと、市と一緒にいてね」


 変わりなき、変わりなき、変わりなき、あなたとわたしで、いられますよう。



「世界、継続的に回り続ける」
お市の短編「abc」の続編でした。basara3を舞台にいつか書きたい書きたいと思っておりまして、その時からすでに三成と絡ませていこうと思っていました。ですがこれはお市の夢ですので、三成との絡みは少なく、だが中身は濃くしよう、と思ってました。
オリキャラとしで出しゃばった「忠仲(タダナカ)」ですが、思ったよりも出しゃばって(二話目でおじゃんにしようと思っていた)、しかも最後まで生きてプロポーズまでしちゃったのでこれ何夢?っていう結果に。オリキャラ好きでない方、ごめんなさい!でも書いてて楽しかったです。
今回のヒロインは何よりも他人の幸せを願うヒロインでした。なので、お市も幸せにしてやりかたったし、ヒロインも幸せにしてやりたかったんです。
普段の生活ができなかった二人に、普段の生活をさせて、その中で幸せをいうものを見出したことが、彼女らの一番の幸せなのかなと思います。
英雄外伝をプレイし終わった後、お市には幸せになってほしいなぁと思って短編を書きあげました。3ではお市もう救われねーと思って、どうにかこうにか手を打って、お市を幸せできたと思っています。
※ちなみに捏造満載です。

bgm「game・NieR//最終兵器」「game・KHサウンドトラック(オーケストラ)」