リヴァイ | ナノ


 人付き合いがうまくいかないわけでもない、目立つほど不器用でないし、どちらかというと器用なほうだ。全体を見つめることのできる要領の持ち主であるし、運動ができないわけじゃないし戦闘機も扱えないわけじゃない。彼女を大部分占めるのは、何だろうか。起用に生きてきた人間なので、大して困りごとだってないだろうに。何が一体足りないのだろう?そんなこと、何が足りないのかさえわからない彼女本人がどう足掻こうと解るはずがないのだった。
 埃が舞う地下倉庫には戦闘機が収容されている。兵士一人に一機、自分の飛びやすいように整備士が改良を重ねている。まさに努力の結晶といってもいいだろう。しかし兵士は死ぬ、つまり機体も同じように死んでしまう。大量に金と時間を注いでも、いつかは意味のないものとなってしまうのだ。だったら皆同じ戦闘機でいいではないか、と思うだろうが、兵士は一分でも一日でも早く生きたいのだから、配給される金と、戦闘金のほとんどを機体に使う。時には整備士から金を借りることになっても。

 彼女は機体を触ることが好きだった。特に専属である特別攻撃部隊の機体を触ることが好きだった。先日新しく整備士が配属され、この部隊の専属整備士は三人になった。三人になったので、一機に触れる時間は少なくなってしまったが、今までの時間と経験はこの機体に注ぎ込まれているのをわかっているから寂しくは思わない。……いや、少し思ってはいるだろう。
 こうして機体の腹を開けてそこで仮眠をとるのも彼女であれば珍しいこともない。一時間、二時間は寝ただろうか。一ヶ月前おじゃんにした機体を改造していたらいつの間にか眠ってしまった彼女は痛みによって身を起こした。

「起きろ ブス」
「はあ!?」

 彼女も大人しいだけの女性ではない。兵士なのだ。相手を誰とも確認せずに胸倉に掴みかかった彼女だが、段々と顔を青くし胸倉を掴む手を震わせた。やっちまった。彼女はゆるゆると手を離し膝と頭を地面に付けた。


「すみませんでした」

 彼女の目の前に立つ男はリヴァイという名である。リヴァイは特別攻撃部隊の兵士長を務める男だ。
 彼女とリヴァイの出会いは三年前を遡り、丁度この季節であったろう。十五の彼女はその腕を買われこの基地の特別攻撃部隊の専属整備士として配属された。本来整備士とは基地全体の機体を整備するのが仕事だが、彼女のように専属で配属されるのは限られた者として認識される。そしてこの特別攻撃部隊も兵士共々限られた者として認識されているのである。

「いえ……あのですね、わたしは今さっきまでゆ、夢を見ていて……敵が……」
「ご託はいい。それよりもいくぞ」
「……?どこにですか?わたし何も予定ないはずですが」

 リヴァイは目を見開いて彼女を見下ろす。何を言っているかわからない、という具合の表情に、彼女は首を傾げ記憶を巡り始める。何か大事な会議があっただろうか、作戦会議は明後日だからこれは違う、エルヴィン団長に呼ばれている、わけでもない。
 リヴァイは彼女の髪の毛を掴み立ち上がらせた。自分と同じくらいの身長であるから、立ち上がらせた後は腕を強く掴んで地下倉庫についているエレベーターに乗り込み、「1F」のボタンを押した。痛みに頭皮を押さえている彼女は不機嫌な上司の後姿を睨む。
 一体なんだというのだ。ツナギについたオイルの擦れを見つめた彼女は壁に寄り掛かった。
 リヴァイの行動には何度か付き合わされてきた。専属となってからリヴァイの機体を整備する機会も増えた。それはこの上ない幸せを感じているのだ。
 学校へ通っていた時、この基地に配属されているリヴァイという男はとても腕が立つ、と風の噂で聞いていた彼女は初めてリヴァイを見た時失望した。理由は身長が予想よりも遥かに小さかったのである。だが同時に親近感が湧き、初めてでも然程緊張もしないで接することができその関係は今でも続いている。

「へーいちょお」
「うるせえ」

 ピンと張りつめた空気に彼女は肩を窄めて「わかりました」と生気のない声で答えた。まだまだ一階に着くまであと数分かかるだろうか。彼女はこの時間で何かリヴァイと約束事でもしていたかと再度思い出す。忘れてしまうほどだ、きっと最近の約束ではないことだけははっきりと言える。一ヶ月、もしくは半年?特別なことをするわけでもないだろう。
 この部隊に新兵でも入ってくる予定など一切ない。この基地で百人余りの新兵を向かい入れるそうだが、戦闘航空部隊に入るのはそのわずか一握りといっていいだろう。特別攻撃部隊になど尚更だ。

「(何か、あったかなぁ……)」

 大きな戦闘はまだ予定されていない。あるとしても一ヶ月後だろう。整備士の間で話したが、力のある兵士たちはまだ大きく動いてこないからきっとそうだろうと彼女は踏んでいる。整備士にもなにも連絡は入っていない。
 ここまで陰湿に怒るリヴァイはあまり見ない。人に向けるなど尚の事であった。

「(こりゃ給料……期待しない方がいいかもしれない……)」
 ガタンッ と音を出して止まったエレベーターからリヴァイの後姿を追って出ていく彼女は立ち止まる。エレベーターを下りてすぐ、兵士らが大好きな場所に辿り着くのだ。
 「食堂」とプレートが下ろされている。リヴァイの歩幅が小さくなるのを見た彼女は頭を抱えた。

「奢らせてください!!」

「………やっと思い出したか?」
「わたしとした事が!忘れていたわけじゃございません!言い訳になってしまうんですが、いやぁ整備に明け暮れる一週間で忘れてしまっていました」
「たかが一週間前の約束を忘れる頼れる整備士だとは思わなかったな。ステーキ定食」
「もちろん!払わせてください!ステーキ定食ですね! すみませんステーキ定食とうどんお願いしまーす」

 一週間前、リヴァイと彼女は一緒に昼食をとることを約束し合っていた。特に理由もない。ただ一人で食べるご飯は美味しくないですよね、という彼女の呟きを拾ったリヴァイが提案しただけのことである。彼女はその言葉に驚いて、喜んだ。
 気をつかったリヴァイからすれば、約束を忘れられたのは相当心にきているだろう。そりゃあイライラするわ、と彼女は泣く泣く財布からステーキ定食とうどんの金を支払い、財布とリヴァイを置こうと空いている席を探す。「あそこでいいですか?」彼女の指差す席にリヴァイは眉を顰めたが、二人分空いている席は彼女が見つけた場所くらいしかないのだ。リヴァイは仕方なく頷き、彼女の財布を手に取ってその場所に歩いて行く。

「アレ、彼女ちゃん、今日は兵士長様とご飯なのかね?」この基地で食堂勤め10年の通称食堂オバチャンが彼女に話しかけた。彼女は乾いた笑いを見せ、そうなんですよぉとツナギのチャックを緩めていく。

「仲が良いねぇ」
「いくないいくない。結構衝突しますよ まぁいつもわたしが負けますけどね。しかしうどんはすぐ出来るけど、ステーキはなかなかできませんね」
「ステーキ定食なんて地位の高いお偉いさんしか食べないさ。やっぱり兵士長様となるとコレががっぽがっぽなんだろうねぇ いやあ羨ましいわぁ」
「(わたしが払いましたなんて言えない……)」

 彼女は袖のニオイを嗅いだ。ひどくオイルくさく、一度脇に逸れて袖を捲る。これはクサイ。しかも汗も掻いている。ツナギを脱ごうとしても、ツナギの下はシャツで、シャツのほうが汗が染み込んでいる。彼女はあーあ、と呟いた。きっとリヴァイ兵士長にご指摘を受けるとでも思ったのだろう。
 食堂にオイルのニオイなんて。後ろ指差されるのは目に見えていた。彼女はこの歳で特別攻撃部隊の専属整備士として注目されていたが、同じくらいに冷ややかな目を向けられることも多い。友人が出来ないのもこれが原因だった。
彼女ちゃん一人で持てるかね?」
「あ、うん、持っていける」
 二人分のトレーを受け取った彼女はリヴァイが肘をついて待つ席に慎重に歩いて行く。途中、彼女目掛けて背中が飛んできたが、それを軽く避けた彼女はリヴァイの向かいの席に腰を下ろした。チッ、と咋に舌打ちをする兵士を睨んでうどんを啜った。

「オイ、レアじゃねえぞ」
「だったら初めに言ってください。ステーキ定食食べるの初めてなんですか?」
「初めてじゃねえよ」

 まったく、ふざけんなよ。と次に怒りを露わにするのは彼女の番だ。背中を出してきて、舌打ちをするなど。よく足を引っ掛ける奴の犯行に違いない。舌打ちも聞きなれたものだったような気もする。

「そうだ兵長、訓練兵はどうだったんですか?今年結構入ってきますよね」
「ああ、教官共がこの基地から配属されるのが多かったからな。自然とこの基地に入るのも当然だ」
「で、あーでも、戦闘部隊に入る子は少ないですよね?」
「そう考えるのが妥当だろうな。新兵で前線で戦おうと考える奴を数えるのに片手で足りる」
「ですよねぇ……ある程度機動力と決定力と判断力がないと、そもそも戦闘部隊にも入れませんからねぇ」

 どの基地でも「戦闘部隊」は万年人手不足である。腕が立つものでも、大半は1回の戦闘で半分の兵士を失ってしまう。戦闘は三人から五人で行われる。大規模は戦闘は他の基地の戦闘部隊を連携して行われるほどだ。
 基地で一番多くいる部隊は基地航空部隊である。基地の維持管理を主な仕事としている。必要であれば戦闘に参加するが、あまり戦闘に参加することはない。一年で二三回ほどしか出動しないので、基地部隊に所属する兵士もあまり気に留めていないようだ。

「戦闘はしばらくは無いんですか?」
「緊急でない場合、組まれてはいないな」


 この世界の戦争は、一種のショーとして楽しまれている。自国と敵国が組んだ日程で戦闘が行われるのだ。偵察に向かって戦闘が起こることはしょっちゅうあるようだが、死人はあまりでない。どこか損傷して帰ってくる程度の小さな小競り合いといったところだろう。

「ま、今回は優秀な奴が多いらしいがな」
「リヴァイさんが知ってるんじゃないですか?そういうこと」
「俺はエルヴィンに付き合わされてただけだ。エルヴィンがよく知ってる」
「地位が高いというのも考えものですね」
「………去年までは戦闘部隊なんぞ入る新兵は少なかったが……、今回は多いらしい」
「……え?そうなんですか…?」
「お前、同期一人しかいなかったよな」
「はあ」
「三つ下だが、歳が近いのがわんさか入ってくる。良かったな」
「よかないですよ………」

 悲しみも同じくらいなんですからね。
 彼女は喉の手前でそれを止め、うどんを啜った。

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