影山飛雄 | ナノ


 わたしには幼馴染がいる。気付いたら世話をかいているお節介な幼馴染がいる。その幼馴染は長身で短髪黒髪筋肉質スポーツマンといったわたし好みのスペックを持っているのに、なぜか恋心を抱かないのは幼馴染という位置にいるからかもしれない。
 世話をかいてくれと一言も言った事がない。気付いたら向こうが勝手にあれやこれやとわたしの周りをうろついているのである。ただそれは日常生活だけで、部活の時はそうでもない。アレ、というかなんでわたしバレー部のマネージャーしてるんだっけ?と気付く始末だ。
「お前当然マネージャーするんダロ。バレー部の」ううん??



 ううん??なんでわたし私服なんだっけ?
「今日部活無いダロ 朝の10時家の前で待ってろ」という幼馴染の一言に「へい」とテキトーに返事をしてしまったからだった。しかしなんでそんな朝早くにそんな事を言ったんだろう?そういえば私服だと指定されていなかったから、むしろ制服だとかジャージとかの方がよかったのかもしれない。もし「ランニングに付き合え」と言われたらジャージに着替えて自転車をこがなくてはならないからだ。
 いいのだろうか?いいのだろうか私服で。

「何怖い顔してんだよ」
「あ、飛雄おはよ。きみには言われたくない一言だね」
「喧嘩売ってんのかコラ」

 幼馴染の登場だ。ホラ、王様だぞ、王様。幼馴染の飛雄くんはほれみたことか、私服だ。
 ………え?私服?飛雄の私服なんてここ何か月間か見ていなかったから顔から下は別人のようだ。私服のおかげなのかせいなのか、まったくいつもの幼馴染の飛雄だという感じが湧かない。私服ってすごいな。
 そういえば昨日の夜は何で気合いを入れて髪の毛を洗ってトリートメントをして、化粧水を丹念に肌に刷り込んだのか。ぺちぺちと肌を叩く音が部屋に響いていたなあとか、そういうのはどうでもいいんだけど、それなりに化粧とかもちょっとだけしてるし、なんかすごい私服悩んだしわたしなんなの?てかちゃっかり飛雄の私服結構イケてない?

「で?今日はなんなの?」
「ん」

 飛雄が見せてきたのは映画の半額チケットとその映画館の近くにあるバイキングの半額チケット。そこは、無料チケットとかにしろよ!と漫画の読みすぎなのか夢を見たり、ツッコんだり。言葉にせずとも表情でわかるというもの。飛雄は口を尖らせて「文句あんのかよ」とチケットを背に隠し、少しだけ恥ずかしそうに俯いた。
 カワイイなー……コイツ。

「飛雄くん、映画は何みる?」
「……お前の好きなのでいい」

 あはは、そうだろうと思ったよ。飛雄くんは別に映画なんて興味ないような顔してるもんね。実際映画なんてそんなに見ないもんね、わたし知ってるよ。金曜ロードショーで映画見るくらいだもんね。もんね。

「飛雄はお昼が楽しみなんでしょ?」
「…………んなことねーよ」
「ほらまたウソついたー ウソウソ、飛雄くんがバイキングでたくさんの人に指差されながらほっぺリスみたいにして食べてる風景が頭に浮かんだよー?あ、それから写真取られて『呟こうぜ!』とか言ってるのとか」
「ゴチャゴチャ言ってねーでいくぞバカ」

 チンタラチンタラしてんじゃねーよ。と昔から飛雄に言われ続けて早10年。昔も今も変わらず手を繋いでくる。いいのだろうか?わたし達は一応幼馴染という立場で、一応高校生という立場で、一応選手とマネージャーという立場で、もっと言えば友達以上恋人未満のようなそんな関係であるのだが、手を繋ぐのはギリギリセーフのラインなのだろうか?

「最近はこうさ、アクションものを見るから久しぶりのべったべたな恋愛映画とかもいいよねー!飛雄くんいい?いやアニメでもいいんだけど、わたし今恋愛ものがみたいんだよ!最近のアニメって学園ものとか恋愛ものとかじゃないじゃん?だからこう、甘くてチューたくさんする、」
「おまっ アホかっ うるせえっ!静かにしろよっ!」

 え?あ、ごめん。飛雄の長い腕が伸びてわたしは引きずられていく。しかしきみは本当にウブちゃんだね。今時ウブなんて言葉使わないかな?飛雄くん、顔まっかっかだね。
 丁度いい時間まで、何してるつもりなのかな飛雄くん。きっとノープランのはずさ。



「えっ……すごい丁度良くない飛雄くん時間ピッタリだよポップコーン買ってきていい?」
「イヤ 俺が買ってくるからお前そこで待ってろトイレ済ませとけよ。飲み物はオレンジでいいよな?あ、ソルト?キャラメルどっちだ?サイズはLでいいか?俺も食うから」
「うん………。飛雄に任せる!」
「よしトイレ済ませてこい!」
「わかった!待ってて!」

 トイレを済ませエスカレーターを上がるとポップコーンとジュースを持っている飛雄が椅子に座って待っていた。いやしかし、トイレを済ませながら思ったのだが、わたしが見たがっていた恋愛映画が見れるし時間も丁度だしイッチョマエにポップコーンとジュース買ってくれてるし、映画代と食べ物に「金はいらねー」と言ってくれるし、飛雄はいい男だよまったく。この子と付き合える子はほんとの幸せもんだと思うね。

「わたしも飛雄も今日はラッキーデー、ってことで映画見終わったらプリクラ撮ろうねっ」
「………当たり前だバカ!!」
「(なんで怒ったの……?)」

 久しぶりに私服でお出かけだからわたしの気持ちはちょっとだけ上々。飛雄は結構上々のようだ。チケットを渡して5の番号が書かれた扉に向かう。飛雄は率先して扉を開けて、場所の確認をして先に椅子に座らせてくれる。「飲み物持つよ」と言っても「いい」と言って渡してくれない。飛雄は座りづらそうにしているのに両手に持っているものをわたしに渡しはしない。
 座って数分で映画が始まった。その間飛雄とは部活の話をしていた。映画が始まればお互いの体の向きはスクリーンに向いて、映画を観る。物語の冒頭からキスシーンだった。わたしは別に大して特に気にする様子もなかったけれど、飛雄のポップコーンを食べる速度が半端なく、また顔も耳も真っ赤だ。
「(あ、べろちゅー)」
「ぐうっ……!」
「(飛雄こういうのに態勢ないのかなあ……)」
 やっぱりウブだな。
「………え?」

 飛雄が 手を 握った。


 飛雄は映画が終わるまでずっとわたしの手を握ってました。ハイ。
 飛雄の手は汗ばんでいたけど、わたしも汗ばんでいたから特に指摘はしなかった。ポップコーンを食べるために腕を振り払うこともできたのかもしれないけど、手を握られることなんて一年の内に365回くらいあるから、特に意識することないし別に向こうだってそうだと思うし。ハイ。
 映画を観終わって、約束通りプリクラを撮った。プリクラなんて何か月ぶりだろう?写メはよく撮っていたので慣れてはいるけど、飛雄とプリクラを撮ること自体が久しぶりだったのでなかなか固い表情で光を浴びる。
 あはは、飛雄笑えてないぞー。

「えー飛雄へんがおしてないじゃんよお。わたしバカみたいじゃんバカだけど」
「悪かったな及川先輩みたいにノリが良くなくて」
「及川先輩は撮り馴れすぎ。飛雄くらいが可愛いよ」
「思ってねーダロ」
「思ってるよー?さて、お腹空いたね!お昼食べいこ!」

 プリクラの機械がたくさん置いてあるスペースの中央に、プリクラを切るために提供されたハサミが置いてある。今のプリクラには分けなくても人数分に分けられるよう元々切り込みが入っているものがあったり、分けて出てくるものがあったり、こうしてハサミで切るものもある。わたしと飛雄が撮ったものはハサミで切るタイプ。切り込みの入っているのは最新型で人気だから、撮れなかった。

「オイ」
「えーなに?」

 振り返ると口を尖らせる飛雄くん。なにか癇に障ることを言ってしまったろうか?……いや記憶にない。今さっきまでご機嫌だったじゃないか。可愛いって言ったから?いや、その時はツッコんできたしそれはないだろう。じゃあなんだろう?

「一枚くらいはよっ………ちゅ、チュープリとかあってもいいんじゃねえか。付き合ってんだから」




 え?



「え?」

「なんだよ?」

 いやいや、だって飛雄くんの口からチュープリだなんて単語が出るとはおもわなかったし、

 まず……、

 まって?



「わたし達、付き合ってないよね?」



「は?」

「え?なに、ちょっと待って、問題発生だよ……?」
「…………。………待て。俺達は、付き合ってるよな……?」
「え………えっと、幼馴染、だよね?それ以上では、ない、よね……?」

 見つめ合うわたし達に周りの目は冷たく、また音が入ってこない。
 待て、どういうこと?どう考えても全然わからない。数学のテストをノー勉で挑んでしまったくらいに全然わからない。別の言い方で言えば古文を読んでと教科書を開けて古文を読もうとしても全然わからないくらいにわからない。わからないがわからない。
 どういうこと?ねえ、なに?ちょっと待ってよ?いや十分待っているような気もするけど。
 飛雄の絶望の瞳が心臓に悪いよ!

「飛雄的にはわたし達いつから付き合ってたの?」
「小学生から付き合ってただろーが!」
「付き合ってないよ!?それはさすがに無いよ!待ってよもう混乱だよ飛雄の言葉がちょうおんぱ、飛雄の目があやしいひかり!わかんないよもお!わたし達幼馴染だよー!」
「おまっ まじかよ っ………。………」

 わかんない。わかんないわかんないわかんない!

「お、俺はっ」
「付き合ってると思ってた。……だ、だからこれからも、俺と付き合え」

「かっ……彼氏と彼女という関係で……?幼馴染っていう立ち位置はどうなるの…?」
「そんなん捨てろよ」
「捨てるの!? ほんとに、彼氏彼女になるの……?」

 わたしがそう問うと、飛雄は顔を真っ赤にして俯いた。飛雄はいつも恥ずかしくなると顔を真っ赤にして俯く。今日は更に唇を尖らすというオプション付きだ。わたしはワケがわからなくなって、俯いた。顔もどんどん熱くなってくる。

「わ、わたし知らなかったよ ごめんね でもほんとに知らなくてっ」
「別に、怒ってねえけど……」
「今日ってさ、デートなんだよね 飛雄的に」
「……そうだよ」
「飛雄的に結構プラン考えてたりしたの?」
「……当たり前だろ」
「飛雄的に」
「飛雄的に飛雄的にうるせーよ。そうだよ飛雄的にいろいろとっ……。考えてたんだよ ボゲ」

 ボゲ。
 飛雄の一言がゲームセンターに響いた。

「飛雄  嫌いにならないで」

 ごめんなさい。
 泣きたくないのに涙が出てくる。悪いだなんてこれっぽっちも本当は思ってないのに、言葉が勝手に外に出ていく。飛雄の元に向かっていく。


「ボゲ。昼飯食いに行くぞ」
「とびお」
「めそめそしてんなよ。ほら」

 飛雄が左手を差し出した。わたしは右利き。飛雄も右利き。わたしが繋ぎやすいように、すぐに反応できるように左手を差し出してくれる、でもこれはいつもの行為。
 いつもわたしの事考えてくれてたんだね。

「嫌いにならない?」

「なるわけねーダロ。お前の勘違いだって、今更過ぎるんだよ ボゲ」


「只今お送りしましたのは」
2回目読んでからから飛雄くんの行動もわかるんじゃないかなあと思います。お節介な飛雄くんと天然なヒロインちゃんの今更アンサンブルでした。次の放送はおそらく二人の関係がギクシャクし始めるところになるでしょう。主にヒロインが。それからきっと二人の関係は幼馴染からグッと近づいていくのではないでしょうか。ヒロインは中学時代女子バレー部に所属していたので、一緒にトレーニングなんかもしていたり。今もトレーニングに付き合うことも多いそうですよ。飛雄くんは多めのタオルを持って、多めにスポドリ作って。と、いうまた別の話。
飛雄くん、苦手なプリクラも頑張って撮りました。結構紳士な飛雄くんが書けて私も満足です。みなさんにも満足していただけたら嬉しいです。