ポカーン。 まさに今の僕にはこの擬態語をあらわしている顔をしているだろう。目の前で驚くきみは肩を大きく上に上げて、目に涙を溜めて僕の事を見つめている。 いや、僕も驚くのは無理ないだろう。本当に驚いているのだから。 目の前で震えるきみは、部活でも人一倍元気で、負けず嫌いで、よく働いてくれるきみだった。人の事を励ますことが得意のきみだった。 しかし今、目の前のきみは、誰かに助けを求めている表情をしている。誰かに縋りたい気持ちを持っている表情をしている。なにもかも諦めている表情をしている。僕は手に持っていた牛乳を汚れた屋上のコンクリートへと落とした。 きみはよく笑った。 きみはよく食べた。 きみはよく走った。 きみはよく飛んだ。 きみはよく書いた。 きみはよく、僕に話しかけた。 「え、あ……」 僕は思わず言葉にならない声を出して、きみに手を伸ばした。我ながら、自分でない何かが乗り移ったような気分でいたが、そんなことに気を取られるほど生温い現場ではなかった。 なにしてる? 金網をよじ登っているきみの足元に数滴の血と、腕にたくさんの血が流れている。僕を見る、怯えている目とばっちり合って、きみは慌てて金網をよじ登ろうとしたが、僕は走ってきみのスカートを掴んで手元に引いてきみの下敷きになった。 慌てたきみは僕の上から退いて、再び金網に手を掛ける。丁度昼休みに入って10分が経過した時だった。 まさか映画の撮影でもしているんじゃないかと思わせてくれる。夢の中なのではないかと思わせてくれる。しかしこれは今現実に起こっていることで……。 「ま、待つんだ……」 警察ドラマでよくつかわれる台詞が思わず頭の中に浮かび、そのまま口にした。 振り返るきみ。「何をするつもりだ」脚本を読む僕。金網から飛び下りるきみ。 「死のうと思います」 必死になって頭の中に入っている辞書からさ行を探し、しを見つけ、次にな行をみつけて、ぬを見つけた。死ぬ、とは。 「しっ………」 「赤司くん」 「は、はい」 「あとの事はお任せします。今まで楽しかったよ、ありがとう」 「え……」 今、僕は非常に格好悪い男子高校生である。目の前の女の子一人救ってあげる事も出来なければ、気の利いた言葉も送ってやれない。いくら赤司征十郎であっても、こればかりは、今までに経験をしたことないから、どうにも対処できない。 今までたくさんの事を成功させてきた。勝負事では負けた事がない。ついこの間きみにじゃんけんで負けたことなど、勝負のうちに入らない。 ならば、今は勝負の時?バスケではなく、これは、生と死の狭間の僕ときみとの勝負ということか?まさに大将と大将の一騎打ち。しかし、僕が劣勢。 「まっ…待ってくれ。どうしてこんなことを……」 「赤司くんなら、洛山高校のバスケ部を栄光に導く事が出来るでしょう」 「それはもちろん」 「わたしは死にます」 「どういう経歴でそうなったんだ……?今保健室に」 「大量出血で死ぬには時間がかかると思ったので、飛び下りようと思います」 遂に目の前がチカチカした。僕が飛び下りようかと思った。きみはまだ優勢。 「ごめんね赤司くん。まさか赤司くんが来るとは思わなかった」 それはつまり、助けがほしかったかのような台詞。 僕は冷静になった。冷静になり、きみを見た。きみは硬直し、僕から視線を逸らした。でも、また僕に視線を戻した。 「この間さ」 「うん?」 「一緒にスタバ行ったじゃん?」 「ああ」 「楽しかったよね」 「それなりには」 「帰りにきゅうりの漬物買って、ちょっと摘み食いしたじゃない?」 「半分くらい食べた記憶があるんだが」 「手がベトベトになって」 きみは止まった。そしてポロポロと涙をこぼしスカートを握った。血がスカートに付いても気にする動作はなく、目を固く閉じて泣いている。 「赤司くん」 スカートの皺が強くなった。 「助けて」 きみはそんな事を言いながら涙を拭いて金網をよじ登る。僕は追いかけ、きみの腕を掴んだと思ったら、一緒になって宙へ飛び、下へ落ちていく。生徒の叫ぶ声と空気を裂く音を聞きながらきみを抱きしめて、きみの頭を護って、なんだかもう、この世の終わりというか、きみが死ななければいいとだけ思いながら、バスケ部は一体どうなってしまうんだろうなどとやはり無駄であって無駄でない事を思ったりとか、生きたいだとか、負けたとか後悔しながら、目を閉じた。 「赤司!!」バスケ部員の声が聞こえた。 そして ガササササッ ドスン! 「ひ、人が落ちたああ!」 「やべえ先生呼んで来い!」 「死んでる!?生きてる!?誰か確認してきてえ!」 「保健の先生、保健の先生ー!!」 あ、生きてる。 大して生の喜びは感じない。 腕の中にいるきみが生きているかを確認してみると、肩を上げたので、どうやら生きているらしい。 きみの肩についた枝木を払う。 「まったく」 僕はため息交じりに呟いた。 「助けたが?」 血が僕の制服にも付いてしまった。親と一緒に住んでいたらとても面倒くさいことになっていただろう。今は寮だから構わないが。 「あ、かし、くん」 「……うん」 「あかしくん」 「うん」 きみの頭を撫でた。怖かったね。小さな声で言うと、きみはまた泣いた。 僕はヒヤヒヤしたよ、喉の手前で留めておいて、その分、きみの頭を撫でた。 「まず、死ぬ前に、話を聞くよ。そして一緒に考えよう」 「赤司くんに相談したって……、解決できないもん…」 「同中同高の仲だろう?」 「関係ないよぉ」 骨折してたらどうしてくれる。さっそく、脇腹が痛い。頭も痛いし、首元も痛い。試しに触ってみたら血が出ているではないか。 「赤司くん」 「今度はなんだ」 「好き」 「えっ」 突然の告白!? 満場一致。誰が書いた脚本だろうか。 そういえば……。 「今日も空が青かった」 |