カルピス | ナノ

 これやるから部活見にこいよと差し出されたのはうまい棒コーンポタージュ味だった。わたしはうまい棒が好きでも嫌いでもなく、これが取り引きに使われることを不思議に思ったが、すぐに理解した。これ十円だからだと。高杉の音痴なヘビメタっぽい歌を聞かなきゃならないのが苦だが、バイトもないし暇潰しになはるだろうと思い、一言返して高杉を笑顔にさせた。
 いつでも来ていいからなと高杉が席を立ってバンドの練習に使っている四階の使われていない教室にギターを担ぎながら万斉と向かう。この会話を不思議に思ったのか沖田はひょっこりと現れて、入部する気なんですかィ、と訊いてきた。首を横に振れば、沖田はニヤニヤと笑いだし、隣の土方はびくりと肩を震わせ、前の席にいる神楽はぐるぐる眼鏡を光らせた。
「青春だ!」と、声を合わせてきたのは犬猿の仲ともライバルともいえる、神楽と沖田だった。
「ブハッ、まさか。高杉に限ってナイナイ」
 手を横に振り可笑しくて笑うと、神楽の右ストレートが飛んできた。見事わたしの頬に直撃し、威力で後ろの高杉の席までのめり込む。
「なにすんの神楽ちょっ…え、なに、なんなの」
「これだからおこちゃまは困るんだヨ〜どう考えても高杉は名前に恋してるとしか考えられないアル」
「…根拠はあるの?」
「名前!お前は気付かなかったアルか!高杉は常日頃からお前のケツを目で追い、日々努力を積んできたのを!『サボろっかな』って言えば高杉はお前のケツを追って一緒にサボっていたネ!わたしは知ってるヨ!」
「根拠それだけかよ」
「これだけじゃねえでさァ。高杉の目、ありゃ本気で苗字に恋してる目だった。」
「本気で恋したことない奴が言うな。」
「勝手に言ってろィ!俺は知ってんだ!恋する男の目を!見てごらんなせェ、隣のヘタレたマヨ」
「ウバッシャアアアアアア総悟おおおおお!!」
 バカらしい。あの高杉がわたしに恋してるわけないじゃないか。
 セフレとかたくさんいそうだし、危ない奴とも絡んでるみたいだし、来島また子と恋人っていう噂もあるし、欲しいもんは手に入れて、常にトップにいる高杉がわたしのことを好きになるわけないじゃない。平凡な庶民に、ああいう危ない奴とは縁がない。そりゃちょっとは友達として気を許してるところはあるけど。
 あんなにバンドに入ることを断り続けていた高杉が、どうしてボーカルという重要な役柄にいるのか不思議でならない。万斉に誘われる度に「そろばん塾があるから」と断っていたのに、気付いたらバンドに入っていた。お前ヘビメタ好きかよ、と訊かれた時、きっぱりと好きじゃないと言ってやったら、ちょっと悲しそうな顔をしていたことを今でも鮮明に覚えている。あまり見ることのない高杉の表情だったからだ。
 バンドに入ったのは確か、何カ月か前のことだった。丁度その頃、わたしがちょっとだけ売れ出したバンドを好きなった時期だった気がする。よく聞いていて、高杉にも聞かせてやっ……
「いや、まさかまさか」
 ありえないありえない。考えすぎだ。自惚れるな。
 二階から四階の階段を上り終えて、ギターの音と笑う男の声が廊下に響いていた。週3のバンドに高杉は週1で行っている。ギターとか練習しなくていいのかと訊いたら、俺は天才だから楽譜みただけで弾けんだよとどや顔で言っていた。家ではそろばんしかしていないらしい。なのに結構ギターの音は素人のわたしから聞いてもうまいと思えた。
「やーい鬼兵隊、やってるかーい」
 教室をガラリと開けると、ジュースを飲んでいる高杉と、高杉と話している似蔵、ギターを忙しなく弾いている万斉。ああ、ギターって万斉だったのね。
「よお、やっと来たか」
「お前ら二人活動しろよ。万斉だけじゃん頑張ってんの」
「いーんだよ俺らはいつもこんな感じなんだからよ。武市もいねーしな」
 おいおいそんなんでいいのかお前らは。万斉はこんな二人をどう思っているのだろうと目を向けたが、やっぱり忙しなくギターを弾いているので訊くのは無駄だった。近くの椅子を引き、無駄にうまいギターを聞きながら、食っちゃべっている二人を見ながら刻々と過ぎていく時間を感じる。
 数十分が経った時、高杉がケースからベースを取り出して、「やるか」と一言万斉に向かって言った。万斉はピタリと指を止めて、黒光りしたサングラスをかけ直して「やっとでござるか」とギターの弦を触った。同時に、武市が教室に入ってきた。ギターを担ぐ武市の姿はお世辞も言えぬほど似合わなかったが、すれ違い様に挨拶をされ、思わず似合ってるよと言ってしまった。恥ずかしそうに頬を染めた武市に、前から風を斬ってドラムのスティックであろうものが頭に直撃をしていた。苦しむ武市に高杉は早くしろサボってんじゃねえと一喝。いやお前さっきサボってたろ。
「高杉ベースだったんだね」
「優秀なギターは二人もいらねーだろ。」
 そんな高杉の隣に武市はギターを下げている。
「じゃ、まあミニライブ始めっから、耳の穴かっぽじってしっかり聴いとけよ。麺棒ならそこの棚の上にある」
 カンカンカンカン、似蔵が鳴らした木と木がぶつかり合う可愛い音に、高杉の可愛くない音が入った。伴奏があると高杉の声もいくらかうまく聞こえるみたいだ。激しいヘビメタでも歌うのかと思ったら、静かで声の伸びが良い、恋愛ソングを歌う高杉。内容は片想いの男とそれに気付かない女の歌。一瞬神楽と沖田の言葉が脳を過ぎったが、ありえないありえないと首を振った。

 万斉と武市が帰り、似蔵が帰って行った。電車の時間が合わないわたしは高杉の隣で昼に残したやきそばパンも食べている。土方が気を利かせて買ってきてくれたやきそばパンだったので残すわけもいかなくしょうがなく食べている。このままこれを続けていたら確実に太ること間違いなしだ。
「俺もこれから土方をパシらせっか」
「かわいそうに。高杉専用のパシリいるじゃん。思う存分使いなよ」
「似蔵の奴、晋ちゃん晋ちゃんうっせーよ。俺はしんちゃんじゃねえ。野原ファミリーのしんちゃんじゃねえ。」
「あ、この前の録画頼まれたクレヨンしんちゃん撮ったけどDVDにする?」
「する」
 しんちゃんが好きな高杉はこの頃今のOPを歌ったり、まっもりたい〜あなたを〜タタタ〜と口ずさむことが多くなった。理由は沖田に歌上手くなってやがんのと言われたからで、今まで言われなかったから嬉しくなって調子に乗っているのだ。わたしも小さい頃からしんちゃんを見ていたから、一緒になって歌ったりもする。
「やっぱり高杉がそろばん以外の真剣な顔見たことなかったから今日はすごい新鮮だった」
「惚れたのか。いいぜ、来いよ」
「どこにだよ」
 両腕を広げた高杉に唾を飛ばす。「調子乗ってんな」食べかけのやきそばパンを顔面に投げつけ、土方に貰った栄養ドリンクを飲む。
「お前そろそろ太るんじゃねーか?あ、もう太ってんのか。ご愁傷様でした」
「お前を骨だけにしてやろうか。なんか食べないのも悪くて…、飲む?」
「貰う」
 これから高杉はわたしの残飯処理機に決定した。「あ、そうだ」芝居かかった声調だった。言う機会を窺っていたのは定かではないが、わたしはそれに気付いてない振りをして、なに?と高杉に顔を向ける。
「銀八殴っといた」
「はっ?」
 この前肩組んで仲良くしてる感じだったのに、殴ったってあんた。やはり不良グループのリーダーのことだけある。「あ、ああーそうなんだ」高杉がわたしのために、坂田を殴ったなんて、考えられない。
「い、一応訊くけどなんで?」
「はあ?そりゃお前を強姦したからだろ」
「はっ……い、あ、うん…」
「だが銀八だからな、あんな一発で観念するわけねーだろうから今後も注意しろよ。なんかあったら俺に言え」
「頼もしい限りでございます…」
「誘ってんのか」
「なんでそうなる」
「俺も一応訊くが、お前、俺と銀八どっちとだったらセックスできる?」
「高杉くん、君は何を言っているのかな?」
「質問に答えねーと俺も強姦すっぞ」
「ふざけてるそれ!めちゃくちゃふざけてる!」
「答えろ!」
「なんで!?」
「言わねーと殴る。俺は今すごくムラムラしてんだ」
「ムカムカじゃなくて!?と、とりあえず教師とは絶対無理、なにがなんでも無理!」
「ほおー、じゃあ、同級生とならいいと」
「いや、そうとは言ってない」
 どうしちゃったんだ高杉。膝に置いている拳が震えている。これは本当になぐられちゃうパターンなのだろうか。ムラムラなのかムカムカなのかわからない高杉の発言がどうも、神楽と沖田の言ったことと重なってしまい恥ずかしさが込み上げてくる。じりじりと近付いてくる高杉の鼻を摘み、もう一度「ふざけてる」と言っておいた。
「一応確認しておく。お前が好きだ。キスもしてーしセックスもしてえ。手も繋ぎてえだからまずキスする」
「わたしも一応確認しておく。きみには来島また子やセフレがたくさんいるんじゃないのかい」
「来島だァ?は、お前、妬いてんのか?安心しろ、付き合ってねえから。セフレもいなくはない」
「そこ否定しろよ。キスもセックスも手繋ぐのもセフレとしときなって」
「俺はお前が好きなんだ」
「あの、まじそういうのいいから、」
 冗談はよしてよ、と言う前に、高杉に両方の二の腕を力任せに掴まれ、強引に唇を当てられた。歯と歯がぶつかった後、高杉は角度を変え音を立てながらキスをしてくる。今日、高杉が聴かせてくれた歌の歌詞に、お前とキスもセックスもしたいという部分が頭の中で再生をする。やっぱりまさかありえないと首を振る。
 随分と卑猥な音を出した後、高杉の唇が離れた。
「下手くそにも程があんだろ」
 のしかかってきた高杉はスカートの中に手を侵入させ、パンツに手をかける。必死でそれを拒もうとするが、両手首を掴まれ高杉の手を払う事はできなくなった。足で抵抗しようとするも、なぞる高杉の指に体を震わせそれもできなくなった。
 高杉だってこれ、強姦じゃん。蚊の鳴くような小さな声で呟いた。すると、高杉からしっかりとした声で、好きだと返ってきたので、拒むにも拒めなくなってしまったのだった。