海が一番きれいなとき | ナノ


 猿飛くん
 佐助くん
 猿飛
 佐助
 猿
 さて、呼ばれるのはどれが一番いいだろうか。とりあえず猿と猿飛は無し。伊達や同性に言われるなら別として、名前ちゃんは絶対こんなこと言わない、言えない。それに呼ばれたくないかもしれない。と、したら候補に挙げるのは猿飛くん、佐助くん、佐助、の三択になるだろう。猿飛くんは壁があるような気がする、それに俺は名前呼びなのに、不釣り合いだ。となると、やっぱり佐助くんか佐助、になるのか。こちらから名前と呼べば、名前ちゃんも自然と名前で呼んでくれるのだろうか、わからない。
 夕食に炊いた湯気が出ている熱々の白米を口に入れもぐもぐと動かしていたら、名前ちゃんが不思議そうにこちらを見ていた。げえっ!見られた!
「…な、なに?」
「猿飛くん、すごい百面相してるなって思って…考え事?それはそうと、このかぼちゃの煮つけすっごい美味しい!」
「あ、ほんと?それはよかった〜まだあるからね」
 バイト先のチーズケーキと紅茶のクッキーは、確実に家に持って帰った。食後のデザートに食べようね、とケーキは冷蔵庫に入れてある。クッキーの入った袋は机の端の下に置いた。と、隣の人物は俺の腕にひっつき、甘い声を出した。
「わたしの煮つけも食べる?」
「ブッ!!は!?なに、なんなのそれ!」
「…おかしいな、猿飛くんのエロ本だったら男の人爆笑してたのになあ…」
「はあああ!!」
「え?」
「あんたっ…なに、読んで…!」
「これ」
「ぎゃあああ!」
 名前ちゃんからエロ本を奪いお尻の下に敷くと、未だ謎なのか頭の上にはたくさんのクエスチョンマークがのっかっていた。ちなみにこの台詞は142ページの「わたしのジュースも飲む?」と股を開いて透明のあの液体を見せる場面の抜粋をしたのだ。男は笑ったが、次のページでは、その、そう、すごい。名前ちゃんは次のページもちゃんと読んでいるのかが不明である。もし読んでいるというのなら、期待しても良いということなのかもしれない。いや、むしろいつも大歓迎ではあるけれど。
「猿飛くん、男がエロ本読むのは当たり前なんだから恥ずかしがることないよ!」
「そこに恥ずかしい思いしてるわけじゃないの!名前ちゃんに見られたから恥ずかしいの!」
「同じことじゃん!」
「すべてがちげーんだよ!」
「あ、ねえチーズケーキ食べていい?」
「っ………、どーぞ!」
 顔が赤くなっているのがわかる。耳まで赤くなっていることだろう。いや、体全身かもしれない。名前ちゃんのペースに踊らされているようで、恥ずかしさと情けなさの感情が入り混じり、汚いマーブルが完成した。
 お茶碗らを下げ、皿にチーズケーキを乗せて俺の茶碗の脇と自分の前にそっと置いた。パックの紅茶を入れ、砂糖たっぷりのダージリンができる。もちろん俺のには入れなかった。
「これ、猿飛くんの奢り?」
「そ」
「じゃあ今度お弁当奢ってあげるね」
「ハンバーグがいいな、今度メニュー表持ってきてよ」
「いいよー、今なんかのキャラとコラボしててそろそろ終わりそうだから残ったグッズ持って帰ってあげるね」
「いや、いらないけど」
 俺ってばそんな子どもじゃないんだけどねえ。
 美味しそうにケーキを頬張っている名前ちゃんが美味しそうだった。
「うん?」
 名前ちゃんの携帯が震える。「あ、」持っていたフォークを置き、携帯を耳に付けながら畳の部屋に向かった。「石田くん、どうしたの?」え?なに?石田、くん?
「バイトお疲れさまー。あ、うそ忘れ物?財布!?あちゃー全然気付かなかった!ごめんごめん、え、家の前まで来てるの?なんで知ってるの?…あ、そっか、財布に学生証入れてるからか。やだ、てっきりストーカーしてるのかと…。あはは、ごめん嘘だって、石田くんそんなことしないもんね。うん、じゃあ今から行くから待っててね、帰らないでよね。…わかったわかった、じゃあ、うん、」
 部屋から顔を出した名前ちゃんは、すぐに帰ってくるから、と言って家を出た。会話はちゃんと聞こえていた。後を追うように家から出ると、もう少しで階段を降り切るところで、近くにバイクと、銀髪の髪の毛の男が立っていた。
「ごめん石田くんっ」
 名前ちゃんはバイクと銀髪の男、石田に近づくと、石田は名前ちゃんの額にデコピンをした。おそらく、最近入ってきた、カッコイイ男の子、の正体だ。だが石田が渡したのは紙袋だ。財布を紙袋に入れるだなんて常識もくそもない。
 へっ、勝った。
 と、思ったら、名前ちゃんが声を上げた。
「お弁当!?」
「確か友人の家に居候してるんだったな?」
「う、うん」
「余ってきたのを持ってきた」
「ふ、二つも…ありがとう石田くん」
「いや…大したことではない。」
「でもさ石田くん、そんなに細いと……もっとご飯食べなくちゃ。二つあるんだから、ほら、一つ食べなよ。筋肉あるの?」
「馬鹿にするな!筋肉くらいある!お前こそどうなんだ、腹に肉乗ってないか?」
「ちょっと気にしてること言わないでくれない?」
 石田がなぜ財布に紙袋を使ったか、それは、二つの弁当が入っているからだった。名前ちゃんは財布と、一つだけ弁当を持って紙袋を石田に付きつけた。
「もっとちゃんとご飯食べなよ?」
「…いらん」
「じゃあ、財布もってきたお礼ってことで受け取ってよ。でもちゃんと食べてね」
「いらんと言ってるだろう、耳はついてるか?」
「栄養不足で倒れちゃうよ?かっこ悪いって言われちゃうよ」
「誰にだ」
「隈もあるし、ご飯食べて寝なさい。ほら」
「…貴様は私の母親か」
 渋々受け取った石田のかたい表情が、緩んだ。嫉妬の憎悪が込み上げてくるのがわかり、石田を睨む。バイク持ちかよチクチョー。「じゃあまた明日ね、おやすみ!」「ああ、」石田は紫のヘルメットをかぶりバイクに跨った。名前ちゃんが手を振ると、石田も左手を上げる。自転車とバイクの差がこんなにもあったなんて。がっくりとうな垂れ家に戻る。
リビングに入ると、自分の夕食が食べ途中だったことに気付いて名前ちゃんが帰ってくるまでに一気に口の中に詰め込む。かなり窮屈に喉に通したと同時にドアが開く音が聞こえ、ただいまあ、と女の声が響く。
「はっ早かったね」
「友達が忘れ物持ってきてくれたの。あ、それでこれ貰ったんだけど、どうしよう。」
 もちろん手には弁当があった。
「あー、俺、食べよっかな」
「え?でも食べたばっかりなんじゃないの?」
「中身は?」
「…えーっと、あ、ハンバーグだ」
「(ガッツリすぎる…)いいよ、うん、食べたかったやつだし」
「ちょっと待ってて」
 弁当を片手に名前ちゃんは戸棚から箸を持ってきた。食べかけのチーズケーキの皿を奥にやって、俺の前にある茶碗を素早く片付け、弁当の蓋を開けた名前ちゃんは、半分こしようね、と笑ってみせた。
「………」
「あ、ご、ごめん、一人で食べたいよね…ちょっとお節介すぎた…。」
「…いや…ちょっと感動しちゃって」
「え?感動?」
 石田くん、本当にどうもありがとう。

「いやあ、美味しい美味しい」
「ちょっと冷めてるね」
「いや全然美味しいよ?…うん」
「猿飛くんの料理と比べると…ほんと…料理上手だよね」
 掴んだハンバーグを眉の間に皺を作って見つめているので、残り半分を奪って食べた。女の子はこういうの気にするんだよな、ダイエット〜とか言って。チーズケーキもあるからあんまり変な気を使わせちゃったら申し訳ない。
「あっ!紅茶の存在忘れてたっ!」
「あちゃー、ま、麦茶でいいじゃない」
「許せないけど、仕方ないか…。ハンバーグ全部食べられちゃったし」
 悔しそうな台詞だったが、声調はとても嬉しそうで、弾んでいた。
 本当はさあ。と隣の名前ちゃんは、先程の石田との会話を事細かに話し始める。「本当は二つ貰ったんだけどね、その人、ご飯とか食べない人だから一つあげちゃったんだ。本当は二つあって、こうして分けっこしながら食べなくてもよかったんだ。…ちゃんと食べてるかなあ、のり弁。」のり弁だったんだ。
「俺としては嬉しいけどな。こうして一緒の器に箸突っついて食べれるから」
「…うん、わたしも」
 うわ、もうちょーかわいい。やべーだろ。
 顔を近付けると、「今ハンバーグの味しかしないからダメ!」と言って口を押さえた。めちゃくちゃかわいいんですけど。
「下のお口は?」
「へ、な、下のお口?」
「ここ」
「変態!エロ本の読みすぎ!」
「なんだよ名前ちゃんだって結構変態でしょうが。それに俺の読んだでしょ」
 割れめを指でちょんちょんと突っつくと、調子に乗った俺の頭叩かれた。けどを赤くした名前ちゃんが見れたので良しとしよう。