神様の決め事 | ナノ


 安いけど美味しい店がある、そう言った銀ちゃんに黙って付いていくと、おでんとのれんが掲げられた屋台についた。長い椅子に腰を下ろし、「大根と酒」「わたしおもちが入ってるやつと、えーっと、ゆで卵!」おでんといっても屋台でこうして食べるのが初めてな上におでんなんて普段あまり食べないから個々の名前を知らない。おもちが入ってるやつ、で伝わるだろうか。「あいよ」とおじさんはしっかりと、湯気が出ているおもちが入っているやつとゆで卵を出してくれた。

「わたし屋台でおでん食べるの初めてなんだ!おいしあつっ!」
「オイオイ落ちつけよ。」
「うええええ舌火傷したかも!」
「なんだい銀さん、彼女がいるなんて俺ァ聞いてなかったが。」
「えっ彼女?」

 黙って酒をちびちびと飲む銀ちゃんはフッと笑って「言ってねえからな」と言う。「いえあの彼女じゃないです。」とおじさんに否定すると「そこは話し合わせてほしかったんだけどな」といつもより落ち着いている銀ちゃんは大根に箸を入れた。おもちの入ってるやつに息を吹きかけて冷ましながら食べていると、「早速だけどよ」と話しを出してきた。
 銀ちゃんが知りたいのは、ずっと思っていた事、なぜ女の身であるわたしが真選組にいるのかということだった。わたしは攘夷浪士の父のこと、とっつぁんのことを正直に話し、そしてクナイの存在もバレているので忍としてのスキルも磨いていたことも話した。黙って聞いていた銀ちゃんはおじさんに酒を要求し、二個目である大根を口に入れた。

「なるほどな」
「…銀ちゃんのことも教えてよ。」
「あァ?ただ昔攘夷戦争に参加してたことぐらいしか話せねえけど」
「え?銀ちゃん攘夷戦争に参加してたんだ…あ、だからあんなに強かったんだね。納得した。」
「……まァ、だからって強いわけじゃねーよ。」
「ふうん。そうかなあ。おじさんわたしにも大根」

 なんだか話しの内容が曖昧な感じがする。思わず笑ってしまうと、銀ちゃんもクツクツと笑って酒を飲んだ。「それにしても、勘七郎可愛かったねえ」勘七郎の柔らかさを思い出す。「そーさな」大分酒が入っているのだろうか、呂律が回っていないようだ。

「なんだ、名前も赤ちゃんほしいのかい」
「いや別にほしいっていうか、可愛いじゃん。キューティクルじゃん。」
「そんなに欲しいっていうなら、銀さん頑張っちゃおうかな」
「頑張んなくていいから、要求してないから、なんでわたしの周りには勘違いする奴らばっかりなの?」

 酒を飲まず水を飲んでいるわたしは加勢してくるおじさんの冗談を半分受け流し、銀ちゃんに話しを振ろうと横を向いた。ぐーすかと寝ている銀ちゃんはとても気持ちよさそうに寝ている。「寝てる…」「銀さんはいつもこうなんだよ。嬢ちゃん、悪いが引き取ってくれるかい」とガハガハ笑うおじさんの言う事に従って、銀ちゃんの分も含め代金を払い、銀ちゃんの腕を肩に回し体重に押しつぶされながらも万事屋へ向かった。
 鍵が開いている。神楽ちゃん大丈夫かなあと思ったが、神楽ちゃんだ。絶対に大丈夫だ。布団の上で態勢を低くすると、小さく唸った銀ちゃんはわたしの名前を呼んで頭を振った。「おはよう。水でも飲む?」「ああ」たしかにあんなに酒を飲んでいたのだ、酔わないほうがおかしい。コップに水を半分入れて銀ちゃんに渡すと一気に飲み干した銀ちゃんは側にコップを置いて頭を抱えた。

「さて、わたし帰るね。」
「もう泊まってけば?」
「あー…でも朝絶対起きれないし、副長が起こしてくんないと起きれないからさあ」
「副長ってマヨラーのあの」
「うん、あのマヨラーの土方なんとか郎」
「……そうか。」
「あの、大丈夫?フラフラしてるけど。」

 顔を覗くと、虚ろな目をした銀ちゃんはしっかりとわたしを眼に捉えていて、一瞬ドキンと胸が跳ねた。「俺ら出会ってどのくらい経つっけ?」「いきなりだね…いやもうどうだろう。一年くらいかなあ、半年かなあ、あまり時間間隔なくて…」悩んでいると、ふいに銀ちゃんがわたしの名前を呼んだ。

「なに?」
「気ィ付けて帰れよ。」
「うん、ありがとう。じゃあ、明日は二日酔いだね、」
「そうかもな」

 ああ、今から帰るっていうのもまためんどくさい。時刻は0時を回っていた。今から屯所まで帰るのに何分かかるだろう。帰ったら即行お風呂にでも入ろう。あ、でもまず最初に厠に行こう。ギィ、と音を立ててしまったドア。鍵開けたままでいいのだろうか。でもこの家には金目のものなんてなにもないし、問題はないだろう、多分。重い足取りで階段を降り、トボトボと攘夷浪士の事を考えながら空を見上げて歩いていると、ドン、と誰かにぶつかり尻餅をついた。「あっ、すみません前見てなくて、」笠を被り、腰には刀がある。暗くて、顔を確認できないが鮮やかな着物に身を包んでいることは確認できた。

「…怪我は」
「あ、いえそんな。あなたは大丈夫ですか?わたし以外とガッチリしてるんで、」
「そうかい、じゃあ大丈夫だな。……あんた、名は」
「名前?あ、はい、えっと、名字名前って言います。」
「…名字名前、か。クク、また会えるといいなァ」

 笠を被った鮮やかな着物の男はわたしに手も差し伸べないでわたしを追い越してスタスタと歩いていく。「あの、名前は――…」なんだあの人、人に名前訊いといて自分は名乗らないなんて失礼な人だな。と笠の鮮やかな男の後ろ姿が見えなくなるまで地に尻を付けたまま、同じ場所を見つめていた。銀ちゃんとはまた別の、人を惹きつける魅力を持っているような、そんな魅力が似合っている人だと感じた。