神様の決め事 | ナノ


「面白い喧嘩の仕方をする男だな。護る戦いに慣れているのかィ?」
「お前らのような物騒な連中に子育ては無理だ。どけ、ミルクの時間だ。」

 ククク、と笑った男は刀を下ろすと、こちらに顔を向けた。「…刀を振り回す女は最近ではあまり見かけなかったが…いい立ち筋だ。」ククク、と笑い声を漏らす男はわたしから顔を背けた。

「お前さんみたいな女はあと二年もすりゃあ…いい女になるだろうよ。」
「?どうも…」
「お前さんも、男も、獣の匂い…、あの人と同じ。行きな」

 面倒事に巻き込まれるのはどうも苦手で、できればもうこの面倒事から逃げようと思ったが小さな銀ちゃんをみているとそうもいかなかった。「行くか」と有無も言わさずわたしの腕を掴んだ銀ちゃんに追いつくように走るが走りにくい服装である。少し遅れながらも銀ちゃんの後ろについていき、急に角を曲がった銀ちゃんに反応が遅れたがついていくと、昨日出会った長髪の男、桂がいた。「ヅラ!匿え!」と何も言わずみかんの缶を差し出してきた桂の頭を踏み台にして壁を越した。わたしも桂の頭を踏み台にして銀ちゃんの後へと壁を越して着地する。ドタドタと先程の攘夷浪士が去っていき、一息ついた桂はみかんの缶を持って

「……オイ、行ったぞ。」
「…………行ったと言っている。」
「行ったと言ってるだろうがァァァ!!」
「んなトコ隠れられるかァァ!!」

 と言った。銀ちゃんに続いて隣へ降りると、一歩下がった桂を睨みながら、バタバタと走って行った攘夷浪士共を見つめる。「橋田屋か…」あの攘夷浪士共は橋田屋に雇われたのだろう。「なんだ小娘、知っているようだな」睨むとすぐに目を逸らす桂。銀ちゃんはわたし達を見て「橋田屋?」と訊き直してくる。「あそこに見える巨大ビルがそうだ。」さすが桂といったところで、橋田屋の噂を知っているようだった。それも色々と。わたしも少しだけ橋田屋の記事を見るだけであまりマークしていなかった。しかし攘夷浪士と聞いては真選組であるわたしも黙っているわけにもいかない。

「攘夷浪士ねェ…目の前にも攘夷浪士がいるわけだけど、助けてもらった恩もあるし、それにたくさん攘夷浪士がいると聞いたらそっちの方に行きたいっていうのも事実…でもこの服装動きにくいし…」
「バカ言うな、めちゃくちゃ動いてたじゃねーか。」

 銀ちゃんと桂が腰を下ろし、わたしはそのまま立って橋田屋のビルを見上げる。「上は大丈夫だが下は泣き虫らしい。」桂の声に振り返ってみれば小さな銀ちゃんの下は大洪水を巻き起こしていた。
 なぜかわたしのお金でスーパーに寄り紙おむつを購入し、橋田屋ビルがよく見える公園のベンチで小さな銀ちゃんのおむつを変える。何分か格闘し、結局わたしが変える羽目になり初心者ながらうまくいったと思ったら文句がありそうにおむつをまさぐる小さな銀ちゃん。

「こいつァ将来大物になるぞ、よかったな。」
「よかったな。」
「フー…ったく。親父に間違われたり誘拐犯に間違われたり厄日だ今日は。」
「ふふ、そうかもね」
「なふっ」
「まァ、でも生きてりゃあな、こういう日もある。オメーもこれからの人生でもっと大変なことが色々起こるよ。」

 上体を起こした銀ちゃんは懐から薄い縄もびしっと伸ばし、体に巻き小さな銀ちゃんをおぶる。

「人生の80%は厳しさでできてんだ。いやホントに。俺なんかいっつもこんなのばっかだからな。でも悪いことばかりでもねーよ。こういう一日の終わりに飲む酒はうまいんだよ。全部終わったら一緒に一杯やろうか。そこの母親面した女も一緒にな」
「まふ」
「よし、一丁行くか。」



「わたし真選組の者なのですが、社長に会わせてもらえませんかねえ」
「ええ、でもあなたが真選組だとわかる証拠あります?それにあなた女の子なんだから」
「おいアマ、そんなに人を疑って生きるのがそんなに楽しいか?社長に会わせろっていったんだよ。ほら、300円あげるから」
「300円で誰が動くかァァ!」
「この腰にある刀、わかります?廃刀令の時代腰に刀さげてんのは真選組とか、ほら、アレ、ほら、その、通せっていってんだろォォォ!!」
「すみません騒がないでいただけます?…アラ?ちょっと待ってその子ひょっとして社長の…」

 ドォォンと大きな音がビル内に響く。ビルにいる人達はなんだなんだとキョロキョロと辺りを見渡している。丁度エレベーターが閉まろうとした時、わたしは咄嗟に腰に付けていたクナイをドアの隙間にうまく挟み、銀ちゃんとわたしは力任せにドアを開けた。受付のお嬢さん達がわたし達に気付いたが事すでに遅し、エレベーターのドアは閉まる。クナイを腰へ付けようとした時、見下ろされる視線が気になった。銀ちゃんと出会って一年も経っていないため、お互い知らない事がたくさんある。でもこうして一緒にいるわけだしいつかはバレてしまうのだろう。まあ、別に、気にしない。

「あー…何階だろう。オイなんか知ってんだろガキ」
「あぽぉ」
「んなもんテキトーでいいんだよテキトーでさ。こういう時は最上階でいいんだよ、多分」

 最上級のボタンを押す。「…訊かないの?」「今日の夜にじっくりと聞かせてもらえると嬉しいけどねェ、まあ話したくないなら話さなくてもいいがな…お前の自由だ。」「話したら銀ちゃんのことも聞かせてくれる?」「そりゃもう、お前だけに喋らせるわけにいかねーだろ。」クナイを腰に戻さず、銀ちゃんの前に立った。エレベーターが開いた時、もし敵が、あの男がいれば、あの攻撃を受け止める覚悟は出来あがっている。
 最上階に着き、エレベーターが開こうと動く。わたしはクナイを構えて気持ちを落ち着かせた。ドアが開く。目の前には神楽ちゃんや新八の背中、そして向かってくる攘夷浪士。腰だけのクナイだけでなく、懐に忍ばせていたクナイを数本構え、神楽ちゃん達を退けて投げ、そして刀を抜き、鞘で敵を倒す。

「よーしよくやった秘書。これで面会してくれるよな?」

 秘書かよ。刀身を鞘に納める。「名前ー!」「名前さん!」「お譲ちゃん!誰?」と後ろからわたしを呼ぶ声がする。秘書だって言ってんだろ。そして一人の女性。「逃げられると思っているのかい?こちらにはまだとっておきの手駒が残っているのだぞ」この小さい銀さんはお父さん似なんだ。すると刀が鉄を斬る音が響き、倒れてきたところに視線を合わせるとそこには先程あった、強い男が一歩一歩と踏み寄ってきた。「盲目の身でありながら居合を駆使しどんな獲物も一撃必殺で仕留める居合の達人…その名も岡田似蔵。人斬り似蔵と恐れられる男だ。」

「やァ。また会えると思っていたよ。」
「てめェ…目が見えてなかったのか。」

 それを合図かのように岡田似蔵と呼ばれた男はぴくりと手を動かした。「!」やばい、と体が反応し、自然とわたしも刀に手を向けた。ガィィン、と瞬きも許さないかのような速さ、わたしは似蔵の刀を受け止めたが力では敵わずゴロゴロと情けなく地面へ転がった。

「いいねェ…戦いに慣れている反応だ。居合いを受け止める女たァ初めて出会ったねェ」
「……!銀っ」

 銀ちゃんを越した似蔵、その刀には小さな銀ちゃんがいる。「勘七郎!」小さな銀ちゃん、勘七郎のお母さんが声を上げた。勘七郎をおじいさんに渡した似蔵は肩膝をついて頭から流れる血に触れた。銀ちゃんを見ると左肩に深い傷を負ったようで、こちらも肩膝をついていた。銀ちゃんの元へ駆け、すこしでも止血をしようとすると、「名前、もういいからお前は新八達とガキ追いな」と傷口を押さえる。痛みでなのか、汗が噴き出している銀ちゃん、「……大丈夫なの?」と訊くと「あとで必ずいくからよ」と初めてこんなに真剣な目の銀ちゃんを見て、わたしは頷き神楽ちゃん達の名前を呼んで勘七郎を追う。

「……いいのかねェ。侍が果たせぬ約束なんぞするもんじゃないよ。」
「心配いらねーよ。こう見えても俺ァ律儀なんでね。デートの待ち合わせの場所にも30分前には絶対いってるクチだから」
「惚れた女に対して最後の会話も、いただけないんじゃないかい?」
「………。」



「お母さん、あそこです。よっこらせ」

 こくんと頷いたお母さんを抱いてポンプの上へ飛び乗り、おじいさんにじりじりと瓦を踏みながら近づいていく。くるな、と怯えた声で勘七郎を抱えたおじいさんに、お母さんは優しい、母親の声で話し始めた。しばらくして、銀ちゃんが後ろからぬっと現れる。「やっつけたの?」「おう」ポンと頭に乗せられた手を掃うと、「素直じゃねーなコラ」と髪をグチャグチャと掻きまわした。

「赤ちゃんかあ…いいなあ。かわいいなあ。でもすぐに思春期に入って反抗期に入るから、いいや」
「エライ現実的だな譲ちゃん…」


 夜になってしまった。公園の街頭の下のベンチで銀ちゃんと勘七郎はお互いに好みの飲み物で一杯やっていた。わたしは勘七郎を膝に乗せて最後の感触を味わう。頬を突かれるのが嫌いなのか好きなのか、わたしを見上げてきた勘七郎が可愛くて顔を近づけたら今度は勘七郎がわたしの頬をぺちぺちと叩く。「やっぱりかわいいなあ」ぎゅっと抱きしめると勘七郎は苦しそうな声でもがく。

「テメー俺より先に名前に抱きしめられるたァ…覚悟はできてんのかい…」
「なふっ」
「何言ってんの」

 勘七郎の小さい手を伸ばしてふにふにとした柔らかい手を握る。銀ちゃんが勘七郎に色々と何かを吹き込んでいるようだが、勘七郎がそれを理解するはずもない。それでも銀ちゃんは続けて、勘七郎の頭に大きな手を置いた。銀ちゃんがわたしを見て、行くぞ、とでも言うように立ち上がる。勘七郎はそれを見て、そしてわたしを見上げる。わたしも立ち上がり勘七郎をベンチに置いてもう一度頬を突っついた。「待ってよ銀ちゃーん」銀ちゃんの背中を追い掛ける。勘七郎のぐずり声を聞きながら、銀ちゃんの後ろに付いて行く。少し、寂しそうだ。背中をポンと叩くと銀ちゃんは肘でわたしを押し、くすりと笑う。