神様の決め事 | ナノ


 あの後、真選組の空気はとても重く(総悟はそうでもなかったが)、局長もとっつぁんに事情を話した後頭を抱えて屯所を出て行ってしまった。わたしの仕事は書類整理だけとなったのでどちらかというと、気は楽だったかもしれない。副長を刺激しないように部屋に籠って書類を片付けていると、襖が開いた。襖の外には総悟が立っていて、「サボりやせんか」と部屋にずかずかと入ってきて手首を掴み、返事も聞かずに無理矢理に屯所を出た。副長を刺激しないようにしていたわたしの努力は無駄になってしまった。
 いつものサボりスペースへやってくると、総悟はわたしなんていないようにすぐに寝始めてしまった。ポツンと残されたわたしは総悟を数秒見つめたあと、空を見上げて体を伸ばす。気まぐれな総悟に付き合わされるのはもう慣れたし、わたしがこの後どこへ行こうとも総悟はなんの文句も言わない。腰の両脇にさげている刀の位置を整えて銀ちゃんがいる万事屋へと向かった。


「銀ちゃーん、わたしだよわたし、名前ちゃんだよー」

 しかし返事がない。ドアをノックしても返事がないし、悪口を言っても怒りながらドアを開けない。いないのかな?と思いながらドアノブを持った瞬間、隣からザッと足跡となにかを警戒したような雰囲気を感じ取った。そちらの方へ視線を向けてみれば、長髪の男性がわたしをみて驚いている。「え、あ。銀ちゃんならいませんけど…。」そりゃ仕事もロクにない万事屋だし、こうして訪問者がいることが珍しいのだろう。「そ、そうか。礼を言う。」くるりと回った男性は階段を降りようと一歩足を出したところで、「おーヅラじゃねえか」と銀ちゃんの声が聞こえた。

「ヅラじゃない桂だ!ハッ!」
「………え?桂…?」
「おっ名前。どうしっ……」

 この場にいるわたしと銀ちゃんと、そして桂の三人の間に沈黙と、しまったというわたしを覗いた二人の表情が流れる。「桂ァァァ!逮捕ォォォ!」左の刀を抜き桂へ一振りするも、銀ちゃんを押し退けた桂は早々と階段を降りて逃げて行った。階段を降りる時間も惜しいし、そのまま手すりへ足をかけて一気に地面へ着地し桂の方へ全速力で走っていくと、振り向き、驚く桂は懐から丸い爆弾のようなものを取り出し放り投げ、足元へと転がった。「しまっ…!」身構えて爆発に備えるも一向に爆発は起きず、一度爆弾を確認しようと手に取った。5秒、4秒、と徐々に低くなっていく数字、周りのギャラリーはわたしからできるだけ離れて見ている。2秒、1秒、そしてこれが時限爆弾ということも、0になれば爆発することも悟った。時は遅かった。

 屯所へ帰ってきてボロボロになった服と髪と顔を見て皆に驚かれた。早くお風呂に入りたい、と思ったところで鬼の副長が登場し、桂と出会ってこうなったと事の成り行きを話すとパシンと頭を叩かれた。二度も攘夷浪士を逃がすな、といったところだろう。総悟は帰っていないらしく、先に帰ってきてしまって申し訳ないという気持ちはないもののこの後きっと色々と攻撃が始まるだろうと溜め息が出た。
 「(まあ明日一日休みだし好きなことしようって思えば少しは気が楽になるよね)」と思った瞬間に肩をガッチリ掴まれ、ギシギシと音を立てながら後ろへ振り向いてみるとそこにはにんまりと笑った総悟が立っていた。「俺を置いてどこかへ行って、しかも先に帰ってるとは、そりゃあもう覚悟はできてるんですよねィ、名前。」こいつ大魔王だ。



 最悪の二日間だ。昨日は攘夷浪士を二人逃がし、そして今日は非番の筈なのに隣にこうして総悟がガッシリと構えて寝ている。いつものおさぼりスペースは静かな分音が響きやすい。逃げようとそろりと腰を浮かしただけでもベンチの音が響き、刀が降りかかってくる。総悟が寝て十分経ったが気を緩ませてはいけない。こいつは小さな物音にも気付くだろう。試しに名前を呼びながら肩をちょんちょんと突っついてみると、寝息を立てた総悟はわたしの行動に気付いていないようで、これはもしかしてと音を立てないように立ち上がったが、石と砂で足を滑らせてしまった。すると上から降りかかってくる刀。「ギャアアアアアア!!」ズドォン、と地面に刀の切れ目が入る。

「ちょ、おま、マジで冗談にならないからコレ一歩間違えれば死んでたからこれェェェ」
「チッ…外したか。」
「おい何だ今の舌打ち」
「え?」
「えじゃねーよえ?じゃねーよしらばっくれるんじゃねえよし刀抜け」
「あんたどっかのマヨラーに似てきてるんじゃないですかィ」
「おっ、名前と総一郎くんじゃねーか」

 銀ちゃんだ。見上げると、そこには小さな銀ちゃんがいた。小さな銀ちゃん?もう少し顔を上げてみると大きなの銀ちゃんが、少し顔を下げてみると小さな銀ちゃん。「ばァ」「えっかわいい…」
 「なに、捨て子?」小さな銀ちゃんと大きな銀ちゃんとわたしの為にあずきバーを買って三人でもぐもぐとアイスにかぶりつく。可愛い小さな銀ちゃんに膝に寝かせて頬を突いたり引っ張ったり鼻を摘んで遊んでいると、銀ちゃんと総悟はわたしを見て不思議そうな目を向けていた。

「…ということだ、名前も気に入ってるわけだし男の乳吸うより女の乳吸った方がいい。ってことでヨロシク。」
「はあ?ちょっとふざけないでよ銀ちゃん!いくら可愛いからって銀ちゃんの子供引き取るわけにはいかないよ!それに母親わたしじゃないし、父親と一緒にいた方がいいよ!」
「ちっげーよ!そいつは家の前に捨てられてたの!銀さんの子供じゃないの!」
「そういう話を子どもの前でしないでくれません!?」
「なんなの。じゃあ名前は母親になってくれるってか?俺ァそれでも構わねーが…よし腹ァくくった。お婿さんにしてください!」

 銀ちゃんの顔へストレートをお見舞いすると、ガフッと吐血し銀ちゃんはベンチに寝転がる。総悟が小さな銀ちゃんを見つめ、持ち上げて「この坊主旦那とクリソツじゃありやせんか。特にこの死んだような目なんて瓜二つだ」と感心しているところで「知らねーのお前。最近のガキはみんなそーなんだよ。ゲームとかネットづけで外で遊んでねーからさァ、病んだ時代だよ。」と答える。わたしの膝に小さな銀ちゃんを戻すと総悟が、

「しかしどこでこさえたガキか知りやせんが旦那もスミにおけねーなコノコノ」

 と肘で小さな銀ちゃんを突っつく。額に皺を作った銀ちゃんは「沖田君旦那はこっちだ。ワザとやってるだろお前ワザとだろ」と今にも右ストレートがきそうな勢いでツッコミにはいる。アイスを食べ終えた小さな銀ちゃんはアイスが名残惜しいようでわたしのアイスを見つめてくる。「じゃあまた新しいの買ってあげるよ、お父さんには内緒だよ。」「だからちげーって」赤ちゃん産んだらわたしもこうして散歩してアイスを食べさせるんだろうかと小さな銀ちゃんを抱えてアイスを買うと、ダバンと音がして振りかえってみれば水に浮かんでいる総悟。「よし、じゃあ名前。あとはよろしく!」「……ちょっとまてやコルァァァ!!」小さな銀ちゃんに買ったアイスを銀ちゃんに投げると、ギリギリに避けた銀ちゃんの前にいた人の顔面げ直撃してしまった。

「うわっ、ごめんなさい!銀ちゃんも逃げるからだよ!赤ちゃんをわたしに任せて逃げようとするからっ…!」
「だから俺の子供じゃっ」
「……そうなんだ。そうだったんだあなた達。そーいう関係だったんだ。」
「え、だれこの人。」
「そうやって私の気持ちもて遊んで楽しんでたんだ。もう二人はとっくに子供こさえる間柄だったのに。女の方は誰か知らないけど。」
「…え、だれこの人。てかあの、何言ってるの?勘違いしてんなら脳みそ抉り出してぐちゃぐちゃにしちゃうぞ?」
「もうすでにぐちゃぐちゃだろ」
「バカみたい…私ほんとにバカみたい」
「バカみたいじゃなくてバカだろお前ホントバカだろ」

 眼鏡をかけた女はSMプレイがなんだとか、彼氏ヅラしないでとか意味のわからない危ない単語を叫び、銀ちゃんの方はそれを否定する。わたしは果たして此処にいていいのかと小さな銀ちゃんを抱えて二人のやり取りを見ていると、目をギンギンにした眼鏡女はこの場を去ろうと背を向けたが、「…ってさせるかァァ!!」と飛び蹴りをわたしに入れてきた。危ないと小さな銀ちゃんを銀ちゃんへ投げ渡し身を低くして避ける。

「残念だったわね、子を産んだ瞬間から家族になってしまうのよ、もうあなたは女じゃない。勘違いしないでもうあなたは」
「勘違いしてんのはテメーの方だろうがァァ!あの子はわたし達の子どもじゃないの!」
「だったら証明してみなさいよ!」
「しらねーよ!だったら銀ちゃんに真相を確かめればいいだろうが!ねえ銀ちゃんコイツに本当のこと教えてあげてよ!ねえ銀ちゃっ……」

 小さな銀ちゃんを背に四つん這いでこの場から逃げ去ろうとしている銀ちゃんは「…え?」とこめかみに汗を垂らした。
 ドォォンと銀ちゃんを川に投げ出し眼鏡女に名前を訊いた。あっさり教えてくれた眼鏡女は猿飛あやめと言って、皆からはさっちゃんと呼ばれているそうだ。自分の名前も教えて真選組だということを伝えると、さっちゃんからはとっつぁんの名前が出た。そしてそこで意気投合。二人で買い物でもしないかと誘ったがさっちゃんは仕事があるらしく買い物はまた今度という話しになった。小さな銀ちゃんを背中にしがみつかせ、ぷかぷかと浮いている銀ちゃんだけを引き上げた。総悟は今にもわたしを殺しそうな目で睨みつけてきたが口笛を吹いてその場を去った。

「あーなんか自分に自信がなくなってきたぜ」
「天パだから?大丈夫だよ、天パも銀ちゃんの象徴だもん。たとえモテないとしても」
「殴っていい?」
「よ〜しちっちゃい銀ちゃん?お母さんで呼んでみなよ〜」
「ぷん」
「お父さーんって呼んでみ」
「ばぶ〜」

 すると、ザッッザッザッザッと大勢の人間がこちらへ歩いてくる音がして、「そこの者達」という声に顔を上げるとウジ虫のようにウジャウジャと笠を被った大きな男が目の前に立ちはだかった。「ちと待たれい」腰には刀がある。わたしは今日は非番なために一つしか刀を持ってきていない。普段は二刀流として刀を振るうため、両手で刀を持つことに慣れていないから少しだけ胸が苦しくなり緊張を感じた。「オイオイ、随分お父さんがいるんだな」男は銀ちゃんを見た後、わたしの腰を見た。着流しを着て腰に刀をさげているのが珍しいのだろう。確かに女の身でありながら刀というのは少し珍しいだろうしこの時代廃刀令を知らない者はいない。恐らく攘夷浪士だろう。

「貴様が誘拐犯だな?」
「え?誘拐?何が?誰が?どこで?」
「とぼけても無駄だ。」

 一言二言交わして刀を構える男共、銀ちゃんは小さな銀ちゃんを返そうとするが小さな銀ちゃんは銀ちゃんの服の端をぎゅっと掴んだ。わたしも警察だ、ここで相手を傷つけるわけにもいかない。「だーからしらねーって言ってんだろーが!オラ!返すぜこんなガキ!!」と銀ちゃんは小さな銀ちゃんを空中へ放り投げる。男共の反応から、小さな銀ちゃんは大層大切にしなければいけない大事な子どもらしい。銀ちゃんと同時に駆け、刀を鞘から抜かないまま敵を投げ倒していくが、こいつで最後かと思ったがもう一人刺客が現れた。銀ちゃんの木刀と刺客の刀が交り合ったと同時に銀ちゃんの腕には小さな銀ちゃんが納まった。着流しで思うようにも動かない。もう一人の刺客は倒れているこいつらとは違う、また別の何かを感じる。

「面白い喧嘩の仕方をする男だな。護る戦いに慣れているのかィ?」