攘夷浪士共々、神妙にしてお縄についたらしいが、その中でも幹部の数名は逃げたらしい。そのあとは警察が身元を調査し追ってはいるのだが、なかなか見つからず追いつかず捕まえられず、警察も諦めかけているらしい。 一方わたしはと言うと、毒も抜き、体調も万全になったので則子様と江戸の町を散策し終えたところだ。則子様には庶民の暮らしというのもがわからないらしく、見るものすべてが新鮮であったらしい。そりゃあよかった、と則子様の手を握って屋敷に戻った。 じいやや女中達は全員無事。攘夷浪士は則子様のみを狙っていたらしい。きっと彼ら彼女らも時間がなかったのだろう。 「それじゃあ、また一緒に遊びましょう」 「あ……おい、名前……」 「なんですか?」 「そ、その……、あの男はどうなった?」 「あの男……あぁ、翔のことですか?」 「…そうだ」 「大丈夫ですよ、死んではいません」 則子様の頬が赤みを帯び、大層嬉しそうに笑う。わたしも溜息を吐きながら笑って、則子様の視線に合わせて腰を折った。 「今度は翔も誘って、三人でどこか遊びに行きましょうね」 「うん!」 真選組の屯所に戻り、帯付きから着流しに着替え、医務室へ向かう。そこには二日前から寝込んでいる翔がいるのだ。「よっす」襖をあけ腕を上げると、お粥を食べている翔の姿があった。「おっす」あまり食が進んでないようである。 「今日則子様と遊んできたんだけど、彼女アンタの事心配してたよ?」 「則子……?あの嬢さんのことか」 「兄に似ていたらしい」 「ほー。へー。ふーん」 翔はお粥の入った茶碗を置いた。食う気しねぇ。と一言呟いて掛け布団に身を包み、わたしに背を向ける。 悪かったと思っている。あのまま病院に連れていけばこんなことになっていなかった。そう思って、翔に伝えた。翔だっていい迷惑だったはずなのだから。ぐっと息を飲んで、医務室から出ようと腰を上げて振り返ると、翔がわたしの手を握っていた。 「翔?」 「……別に、迷惑だなんて思っちゃいねーよ」 翔はいつもわたしに優しかった。昔、一緒に仕事をして、わたしがミスをしてしまった時、いつも側にいて慰めてくれていたし、わたしの面倒を見てくれていた。一緒に小魚を釣ったり、夕飯の準備をしたり、手を握って逃げてもくれた。父に怒られて殴られた時も、泣いているわたしを慰めようとしないで、ただ殴られた頬に氷水を当ててずっと隣にいてくれた。 優しい彼は生きている。死んだと聞いていた彼は生きている。ただ今は死にかけからやっと生を掴み取って、疲れてる表情ではある。 「……なんだよ」 「いや……ううん、なんでもない。この手離してもらっていい?わたし仕事があるの」 「………。あーあ、さみしぃなー俺は寂しいなぁーー」 「え?な、なに」 「寂しいなァ……優しい南ちゃんなら側にいてくれるんだろうけど、目の前の南ちゃんは優しくないのかなァー?」 「な、なに急に、なんなの」 側に、いてくれたよね。 「………寝るまでだから」 「キスは?」 「寝ろよ」 「ぐおっ!?」 鶴林家は今や衰退し、翔のみとなった。何があったのか翔に問い糺すことはしない。彼にも色々と、知ってほしくないことのひとつふたつあるのだから。何を隠し父と共にいたのか、父の思惑を何故知ったのか、そんなことだって、わたしが知っても知らなくても、翔とわたしの関係に傷がつくわけでもない。 わたしは今が大切だということを知っている。今を大事にしない奴が、過去をどう大切にできるのだろう。今を大切にしない奴が、今をどう楽しむのだろう。 翔の腹に一発かまし、苦しんでいる翔の前髪を指と指の隙間に挟み込んだ。 「ありがとう 翔」 翔に届くだろうか。 届いていたら、いいのだが。 書類も提出し終わって、煎餅を茶を交互に口にしながら無言を決め込む土方副長とわたし。別に喧嘩したわけではないが、いつまでも翔の面倒をみるのはどうかと辛口コメントをいただいた。仕事の合間に様子みているだけなのだが、副長はそれが気に食わないらしい。事の成り行きは細かく説明したが、一応一般人を役人の屋敷内に連れ込むのはどうか、私情をはさんで助けるのはどうか、しかも手を貸して戦わせるのはどうか、とわたしの説明を殺すかのようなコメントに、わたしは成す術もなし。 父に関わっていた翔が、少々気に食わないらしい。 「名前ちゃん」 「山崎か……どうしたの?」 「あの、ご友人が」 山崎の後ろから翔の顔が見える。 翔は正座をしてわたしに向きあった。こんな事今までに一度もなかったものだから、緊張してしまっている。わたしも正座をして翔と向き合った。 「助けていただき感謝する。あなたがいなければ私は大量出血により死んでいただろう。この命、私だけのものではなく、父のものでも母のものでもある。故に、無くしたくない命であった。五日間、あなたは私の面倒をみるよう隊士達に命を下したと聞いた。あなたの調合した薬のおかげで、今は体調も良くなった。……このご恩はいつか必ず返させていただきとうございます。あなたと、村田内則子殿に」 翔は深々と頭を下げた。 「なれば早速、その顔を村田内則子様に出されては如何だろうか。彼女も喜ぶだろう。あなたの事をひどくご心配なさっていたから……。……わたしも……」 顔を上げた翔は笑っていた。思わず口元に手をやって、見上げる翔の視線に頬を染めた。何故だかわからなかったが、思わずだった。「そうさせていただくとしよう」翔のこのような口調は初めてだった。仕事ではこうして、依頼主と会話をしていたのだろうか? 「ありがとう 名前」 届いていたのだろうか、わたしの声は、翔に。 「名前」 翔を見る。 「ずっと、お前を護るから」 翔は、いつもわたしの側にいてくれた。幼いころ、寂しさは翔で紛れていた。そして、これからもそうなるのだろうか。 「ういーっす」「え?」「あ?」「?」「ええ!?」 総悟の声に、わたし、副長、翔、山崎が反応し、反応してからじゃ遅かったらしい。わたしを含め四人は宙を舞い、畳は潰れ、天井が落ち、わたしは受け身を取ってバズーカを持っている総悟を睨みつけた。 「何しとんじゃお前ェェエ!」 「いやァすいやせん。バズーカ新調したんで具合を見ておこうかと……おっと手が滑った」 「ぎゃあああ!!」 ドゴオオオオオン 「ひー、あぶねぇなあ!」崩れた畳から顔を出し、身を乗り出した翔は服についた埃と土を払う。「名前」わたしの腕を掴んで持ち上げる翔が、わたしの耳元で呟く。 その瞬間、顔から火が出たのかと疑うほど、熱くなって、思わず顔を逸らした。 「じゃあな、また会おうぜ」 「っ……うん!」 翔が飛び出し、総悟の頭上を飛んで、柵の屋根に膝をついた。片手を上げる。わたしは厄病神だから、きっと近いうちに会う事になるだろう。 「翔、デート、忘れないでよねっ!」 「おお!当たり前だ!」 翔は姿を消した。また屯所を修理しなくては……。ハァと溜息を吐き、ガミガミと怒られている。山崎は崩れた畳の下敷きになって微動だにしていない。服の埃を払って山崎を引っ張り上げた。 「ふふ……」 「ど、どうしたの名前ちゃん……」 「いや、ただ何もない日常を過ごすのは、とてもいい事だなって思っただけだよ」 「そ、そうなの……?」 「今の名前、とっても可愛いぜ」些細な一言なんだけどなぁ。これも、今が大事だから、今を生きるわたしにとって、それはそれは、とても嬉しい言葉だったのかもしれない。 「見積もり……」斬り合いになった副長と総悟を見つめる。はぁ……。 「名前ちゃんと、あの人はどういう関係?」 「……うーん……。多分、初恋の人かな」 「「「えええええええ!?」」」 |