神様の決め事 | ナノ


 さて、わたしはこの超豪華な屋敷を護ることになった。本音を言えば、わたしが屯所に戻って事態を説明する役回りがよかったのだ。なぜかというと、こうして大役任せられることもなかったから……。そうしたら行きは車に乗ってブーンとこの屋敷まで、到着すれば「おいこら真選組じゃ御用改めであるー!」と言ってりゃ話の寸的な意味でもかなり楽になる……けど。

「(正直護れる気がしねー……それに総悟の事だし、正面は護れても、後ろは護れない)」
 と、いうことだ。鼻から総悟になど期待のきの字もあったもんじゃない。と言ったら彼には怒られるだろうが、わたしはそう、思っているのである。総悟は死なないだろうが、護れるだろうか?
「(自覚してないと、なかなかできないもんだからなぁ)」
 翔、そして則子様の順に目を配った。
 それにしても、お役人というのはこれまた大変な地位なもんだ。非力な者ばかりが狙われてしまう。戦えなければ、敵を倒す事はできない。敵が何にせよ、戦う気持ちと武器を持っていないと、どの時代もすべてが負け戦。最初から諦めていてはどうにもこうにもない。
 わたしの知り合いの(偽)侍、己の信念だけは突き通す死んだ眼の魚は例外なのかもしれないが。

「5分が経過……アクション無し。土方さんはまだ屯所には着かないだろうから……って総悟ォォオオオ!!」

 襖をあけて総悟を呼びだすと、総悟はバズーカを担ぎ、早足になって庭を掛けた。縁側に立ち、「何してんのお前!?」、と伝えると総悟は目を細くしわたしを睨みつけながら「あん?」と唸った。

「いや『あん?』じゃねーよ!なに器物損傷してんだよ人さまの家でバズーガ撃ってんじゃねーよ!?」
「心配しなさんな すべて土方の野郎に弁償させまさァ」
「死ねよお前わたしが土方さんに怒られお前の今までの器物損傷破壊の数々の修復の見積もり誰がしてると思ってんだァァアア!!」
「心配しなさんな てめぇは少し仕事をしたほうがいい」
「そっくりそのまま返してやらァ!てめーこそ仕事しやがれェ!」
「いでででででで!!オイオラウータン(♀)いや ゴジラ」
「刀を抜け……副長に変わってお前のキン○マ粛清してやる」
「できるもんならやってみな」

 わたしと総悟が刀を抜くと、よろよろと布団から翔が上体を起こし、苦しそうな顔をしてわたし達の方に振り向いた。
「て、てめーらの声が……頭に響くんだよ……」
 かつて本気で怒った時と同じ声の低さ。わたしは思わず刀を下ろし、俯いて「ご、ごめんなさい……」と詫びると、それをいいことに総悟が地を蹴ってわたしに振りかぶってきた。「野球じゃねーんだけどォォオ!?」鞘を持って盾にしようとしたが、わたしの反応はほんの数秒遅れてしまったらしい。

――キィン

「!? そ、総悟!?」
「チッ」
「なんの舌打ちィィイイイ!?」

 総悟の刀が盾と鳴り、転がったのは煙玉……ではなく、毒の煙玉だった。翔が則子様の口元を押さえ、わたしは自分の口元を腕で押さえながら人差し指で総悟を呼び、翔の口元を押さえて隣の部屋へ移動し襖を閉める。少量だが煙が襖の間から流れ込んできていた。
 その場にいた3人に、煙を飲んだかと尋ねる。翔は少し吸ってしまったらしいが、煙玉であるならば抗体も出来ているだろうから心配しなくていい、と咳込みながら答える。則子様はもちろん、総悟もすぐに口元を押さえたので煙はそこまで吸わなくて済んだ。
 安心している場合ではないが、一先ず安心。そしてこの事態をどう脱するべきか。3人をここに置いて、一旦屋敷から出て敵さんを探すのが先決か……それとも真選組の増援を待機するのが先決か……。真選組のことだ、遅かれ早かれ、交通を無理矢理警備してもあと数分は掛かるだろうし、毒煙玉を撒かれてしまえば真選組でも動けない。やはりここはわたしがいくべき……なのだろうか?

「ケホッ……おい名前」
「……何…。あんたは寝ててくれるかな?今は猫の手も借りたい状況だけどね、今の翔は足手まといにしかならないよ……」
「っ……わーってるよ。 くそ、お前にそんな事言われるなんていつぶりだよ」
「体調良くなったらにしてよね。こっちはこっちで忙しいんだからさ」
「ハイ…ハイ。お前マジで無茶すんなよ お前ら2人なわけじゃないよな…?真選組」
「今そうだよ」
「俺は死を覚悟した 寝る。永遠に」

 目を閉じた翔に、則子様は心配そうに掛け布団を直した。

「ってことなんだよね 則子様」
「一体どういう事かもわからないのに理解できるかアア」
「戦える人間がひいふう、わたしとこのサド王子……いくら個々の質が良いからといっても…数がこんなにも少ないんじゃ生かせるものも生かせないんです、どうしますか?」
「しらねーよ!てめーらで考えろよ!」

 いやはや、本当にどうしたものか。「土方のヤロー…早く来いよ」ボソリ。「え?」総悟、お前それマジで言ってんの!?

「こんな女くせぇとこに居たら肝臓が腐っちまう」
「どういう事だコラァァ ッう……わあ!」
「名前!」

 隣の部屋に続く襖が爆風と一緒になって飛んできて、わたしはそれに下敷きになってしまった。「おや。結構使えるんですね、これ」もがくわたしを総悟が引っ張って起こしてくれたようで、膝を付きながら声のする方へと顔を上げると、ワカメちゃんヘアーの女の子が総悟のバズーカを担いで仁王立ちで、部屋を跨ぐ。

「ど、どこの磯野さんですか!?」
「磯野じゃねーよ!!」
「おパンツ見えてますよワカメちゃアアん!!」
「う、うそっ!」
「嘘だよバーカ!」

 畳を蹴り、回し蹴りを入れようとしたが、不覚 バズーカに当たってしまった。丁度左の肩に担いでいたのだ。バズーカだけでもこの女から離れさせようと思い、足でバズーカを蹴るも、女が咄嗟にバズーカを掴んだ事によりそれは叶わなくなった。それに、相手は、おそらく忍びの道に携わっていたか、戦いに慣れている。

「名前!」総悟の声に反応した磯野(仮)はバズーカを捨て、腰に付けていた刀を抜いて総悟の近くにいた、則子様に突進をしかける。わたしに背を向けたのが間違いなのだ。スカートの中に隠しておいたワイヤーを手に取り、磯野の脚に巻きつける。咄嗟に反応したようだが、反応した時にはもうすでにワイヤーは脚に絡まっていた。

「総悟、お縄お縄!」
 この女、一瞬でも隙を見せれば逃げる。則子様が口元を押さえ腰を抜かしているので、逃げる選択肢は中には入っていなかった。捕まえるか、殺すかの、二択である。ワイヤーを引き、女がうつ伏せに倒れた所に、背中に飛んで頭を畳に押し付けた。「総悟!」「わかってらァ」総悟が手錠を女の両腕にはめる。

「まずい、敵が流れ込んでくる 真選組はまだなの?」
「土方クソヤローが……こりゃちょいとばかし分が悪いですねェ……。一旦白旗振りやすか」
「馬鹿ですねあなた達……真選組はわたし達の仲間が構ってあげてるんですよ。初めから解っていました、今日に限って仕事の量も多く交通規制、役人護衛、役人のお守、イベント警備……本仕事でないこちらが手薄になることも」
「だからここを狙ったってことか……初めからこちらの殺害の機会を伺ってたのね はぁんそういうこと」
「ここの役人は攘夷浪士に手厳しい……。私達にとって都合の悪い人間は消すべきなのですから。結構時間をかけたんですよ、今日の為に」
「真選組が手薄になる今日を? そらご苦労なこった」

 翔が立ち上がった。

「誰だ?真選組の配置をこんな馬鹿げたのにした奴ァ」
「土方副長でございます。 翔、あんたまだ薬効いてないんじゃないのぉ?」
「んなの待ってられっか……外に馬鹿なくらい人間わんさかいるぜ」

 翔が耳が良い。布団に耳を当て、外の浪士達の人数を大体把握したのだろう。足音、話声、畳を踏む音、障子を破る音……翔はそれらを即座に処理し、的確な判断で動く。
「……ここの村田内のご子息には……私達浪士は世話になった…。幕府でも有名だった、金遣いの荒い村田内徹に、正義感の強い則雄、何も知らない馬鹿な則子……。正義感の塊だった則雄は何でも、浪士達の首を晒して回っていたわ。無駄な抵抗はよせ、だなんて張り紙まで張って。さすが、村田内家のご子息ね。何も知らない癖に何か一つは取り柄を持っている。則雄の場合は剣術だった。幕府の役人を集め、攘夷浪士を殺しに回っていた……」

 ポタリ。
 則子様の目から涙が溢れ、大きな眼は光、長いまつげは濡れている。

「殺したんですよ、村田内則雄を」

 女は笑った。則子様を見れば、小さな手で顔を覆い、嗚咽を出して泣いている。声を殺す様に、慣れた様子で。女を見下ろせば、わたしの方に振り返り、口角を上げた。

「私の仲間は則雄に殺されました。だから私達は則雄を殺し、則雄が大切にしていた妹君を殺そう…という結論に至ったまでです」
 ポイッ。あまりにも自然な行動で一歩足を踏み出した時、総悟の服についた粉末に顔を青くする。
「総悟、口を押さえてッ!!」毒だ。

 咄嗟に口元を押さえた総悟の服を脱がそうと上着に手を掛けると、女は立ち上がり、畳を踏みつけて、脚元についていた刃を出し、則子にそれを向けた。「則子様ッ」逃げろ、わたしの声は死んだ。

「ちっ……幕府の役人を助けるなんて……一生ねえぞ」

 則子様を担いで女の攻撃から退いたのは翔だった。

「俺ァ今キレてんだ……誰が俺の後頭部を殴ったのか……犯人を探すまで腹の虫の居所がわりぃ……攘夷浪士、壊滅させてやらァ……!!則雄だか則子だか韓国のりだか海苔だか知らねえがとりあえずてめぇら覚悟しやがれ!!」
 翔が則子様は宙にほっぽりだす。「わーバカ!」慌てて落ちる則子様を受け止めると、毒煙が撒き散らしてある一室に女を蹴りあげた。襖が倒れ、煙がこちらにも漂ってくる。わたしは少しばかり毒の耐性はあるが、総悟に則子様には毒の耐性などないに等しい。特に則子様になどあるわけがない。

「来るなら来いよクソ野郎共!!」

 腰に潜めているクナイを取って、翔の元へ走りそれを渡す。わたしは刀を抜いた。
「総悟、則子様護れよ!」
「名前、お前逃げてろよアホかてめっ…!」
「負傷者無視して逃げる奴があるかバカ!それに……可愛い乙女の涙みて、動かない紳士がどこにいるっての……」
「………、ハァ 敵さんある程度一掃したら、お前真選組の様子を見に行けよ。そう遠くない場所にいるはずだ、車の音と、刀を抜く音が聞こえた」
「……すぐに呼びに行くよ」
「ああ」

 明らかに翔には武器は不足している。この部屋にはわたしの武器は無いし、手裏剣もクナイも、あまり持っていない、ワイヤーは翔は扱うことができない。刀も、クナイを持たないわたしには二刀必要だ。

「こうして戦うの、久しぶりだな」
「………うん」
「行くぜ」

 翔とわたしは同時に踏み込んだ。わたしだって耳が良い方だ、翔はわたしのタイミングに合わせてくれる、煙の向こうで浪士が刀を持ってこちらに向かってくるのがわかった。「翔武器はどこにあるの!?」「家だ!」翔のクナイが敵の脇腹に入り、わたしは心臓を突く。巨大な手裏剣を扱う翔なので、攻撃手段は主に武器。まあ、忍者が素手で戦うというのもあまり聞く話しではないのだが。
 雪崩れ込んでくる敵を次々に倒していき、わたしの体は園庭に転がった。
「行けッ!」

 柵を越え道路に出た。ここからは翔と総悟を信じてわたしは真選組を助けにいかなければならない。わたしの戦いだって終わっていないのだ。
 外にも攘夷浪士がいる。わたしの格好を見て、屋敷内の様子を把握したのか刀を抜きわたしに刃先をちらつかせる。邪魔だ。しかし、相手にしている時間はない。
「っ……(毒が、回ってる…!)」ふらりと体が傾き足を踏み外した。
「死ね真選組!」
「!くそっ」うつ伏せから仰向けに、刀を握り締める力、どの行為も時間を有するものではない。しかし、毒がまわり、時間がかかったのだ。刀傷のひとつやふたつどうってことないが、傷や痛みやら、心配するのもはそこじゃない。
 時間が、
「名字!」


「………副長!?」
「お前何してんだ!寝っ転がってる場合じゃねえ布団で寝ろ!」
「ツッコむとこそこじゃないでしょう!?今どんな状況なんですか!?」
「安心しろ、浪士達を捕まえたとこだ。そのうち隊士たちが来る。………ほらよ」
「は、早く、総悟と、翔が戦ってるんです、総悟は則子様を護って、翔は一人で毒が抜けない状態で、戦って…!」
「わかった、わかったから落ちつけ、」

 浪士がわたしの上に力なくのしかかったと思ったら、副長がわたしの腕を引っ張り抱きとめてくれたらしい。力も入らず、立つのもやっとだ。なら翔はわたし以上に力が入らないだろう。
 腰のポーチに手を当てた。そこでハッと、思い出す。現役時代、笛を使って父や翔と連絡を取り合っていた。思い切り吹けば、撤退の合図。小さく吹けば、前進の合図。 チャックを開けて中身を弄り木で作った笛を取りだした。
「(………久々、本当に…)」吹き口を咥える。


――――ピィィィィ


 空気を切り裂くような音だった。

「副長、早く、屋敷に! みんなも早く、走れよ!男だろ!」
 副長の後を追っていた隊士達を怒鳴り、笛を握って走り出した。倒れている浪士や、向かってくる浪士達を避け、屋敷の柵に手を掛けて跳んだ。「翔!」クナイで刀を受け止める翔の姿が見える。左の腰に帯刀している刀を浪士に向けて放つ。動きが止まったところで翔が蹴りを入れて額にクナイを刺し込んだ。
「撤退!」「わかってるよ!」

屋敷に上がり、則子様を護っている総悟の元へ走る。
「総悟、真選組が来る!」
「おせェ!」
 よろよろとふらついた翔の腕を肩に回し、則子様の側に座らせた。ガクガクと小刻みに震えている翔の肩を見て、一瞬諦めた。ヤバイ。ポツリと呟き、翔の脈を測る。
「……言い残す事はあるかな」
「………あるぜ」
 すう、と翔は息を吐いた。則子様は肩を上げて、翔を見ている。

「今日の占い、12位だった」

「……………。……、ラッキーアイテム、持っとけよ」
「………ギャルのパンツなんて、持ってねえ!!」

 もう、馬鹿だ、こいつ、だからエロ本抱えてたのかよ……。

「おっと……名前、じゃ、後は、頼む……やべぇ」
「ホントに、死んじゃうよ馬鹿だなぁもう……」

 翔を布団の上に寝かせ、わたしも腰を下ろした。
「名前?」総悟がわたしの側に片膝を折った。
「あ、後は頼んだ」「お前もか」