昔も任務中、翔がわたしの家に一時の居候していた時にも、こんなことがあった。任務中にかすった刀傷に毒が塗られており、その毒にやられて一週間寝込んだことがある。わたしは付きっきりで看病して、翔の仕事の分を父が受け持って、きっちりかっちりと仕事をこなしていったっけなぁ。 則子様の配慮により(しかも金は則子様が払ってくれた。)翔は一命を取り留めたわけだ。翔がなぜ倒れていたのかは本人に訊かないとわからないが、頭の傷は、これもまた則子様の配慮により(これも金は則子様が払ってくれた。)7針を縫って、今はガーゼを当てている。 「大方、仕事での傷だと思いますけどね」しれっというわたしに、副長は煙の出ていない煙草を唇で躍らせている。 解毒薬など持ってきていない。屯所へ一旦戻ってから持ってくるのでもいいのだが、わたしがいない内に目を覚ましたらきっと逃げるに違いない。 「則子様はじゃがりこ食べてます?」 「いやタニタ食堂のプリン食ってる」 なんだよ則子様も結構カロリーとか気にしちゃう女の子なのね、可愛い所もあるじゃないか。側でスースーとやっと寝息を出している翔を見下ろして、頭を掻いて、服の中に解毒薬がないかを調べようと、布団を剥いだ。一度毒でもうちょっとで死ぬとこでしたテヘペロを経験しているので、おそらく持っているだろう……と、思ったが、わたしの手首は副長に掴まれ、動かなくなった。 「何してる」 「解毒剤を探してるだけですよっ」 そうすると副長は手を離した。 どうせ欠伸でもしている総悟には感謝しなければならない。 いや、なぜわたしが総悟に感謝?というか、なんで翔を助けようと決断したんだっけか。 (覚えてないなぁ……。) 昔馴染みっていうステータスだからかな。 「何を企んでやがる?」 「え? ちょっと失礼ですねアンタ 別に何も企んでませんって 懐かしんでるだけです」 「……ああ、そういやソイツ、お前のー……」 「幼馴染……昔馴染み……仕事仲間……ううん、………そんな感じですかね……」 煙草が躍るのをやめた。そして咥えていた煙草をポケットに戻す。 「女」則子様だった。姿勢を正し則子様と向き合う形をとり頭を下げると、則子様はわたしの隣に腰を下ろし、翔の顔を覗きこむ。どこか悲愴に満ちた表情とも見受けられるし、これこそ、懐かしんでいる表情をしている。そして、企んでいるような顔もしている。 翔の知り合いは忍や、裏の世界で生きる者しかしらないだろう。ましてやお嬢様など、特に、知っているはずがない。 「この者の様子はどうだ?」 「今は眠られていますよ。ですが毒を盛られている可能性があります……打撲と頭の切り傷ですけども、この者が簡単に後ろを取られるなどあまり考えられませんからね」 「女……お、お前この者を知っておるのか!?」 「……は、はい、知って、いますが……」 則子様の瞳が光る。この女、翔の事を何か知っているのだろうか?もしそのような道に通じているのであれば、わたしの目の前でこのような表情をするはずがない、つまりはお嬢様であることには変わりなく、純白であるということだ。 何か裏がありそうだ。でないと、副長とわたしがここに出払うワケがない。 「オイ 翔起きて」 「ッ……う…」 「女ッ!暴力はいけないぞ!お、女子であるのにその拳はなんだッ!“おしとやか”にしないかッ!」 「翔、毒を食らってるの?」 「……あ?てめ……。はぁ……食らってなかったら、ここまで苦しんでねぇよ……」 「そう……。わかった」 まずこの屋敷で一番初めに与えられた部屋に戻り、忍び道具の一式を風呂敷の上に広げ、解毒剤を探した。どれも痺れを治す解毒剤ばかりだが、どこかに、一応と持ってきた解毒剤があるはず。致命的になる毒を配偶出来る奴は大抵わたしのように真っ向での戦いが苦手な奴が多い、同じタイプであるが故に弱点もわかっている。 「! あった……!」 片付けもせず、ここが幕府の重鎮の屋敷だというのに台所を借り、白湯を作った。唖然と立ち尽くす手伝いらを避け、翔の眠る部屋へと戻る。 翔の上半身を起こし、腕で支え、粉末の解毒剤を口に入れ、白湯を流し込んだ。「飲んで」口の端から白湯が出たが、ゆっくりと喉を通した翔はあまりの苦さに目をかっぴらき、「にっっげえ!」と飛び起きた。 「あんまり動きなさんな」 「にっ 苦いんだよおまッ……うっ…くそ……大変なもん盛りやがって………。え?ここどこ?」 「ああ……うんと、まあ目が覚めたしいいだろう。ね?もう一時間ほど寝て、それから家に帰ったらいいよ」 「ここどこだよ……。それに、泣く子も黙る真選組に……身なりがきれーなお嬢さん、これは一体どういう状況だ……?ハア」 「まだ薬は効いてないよ。寝て、体を休めて」 「休めるか、安心できねえ場所でなんか」 「わたしが看ているよ」 「あーそりゃどうだろうなぁ 心配だ お前はいつの間にかどっかにほっつき歩いちまうだろ」 そんなこたどうでもいいんだよ。「寝てろカケル!」「うっせ質問に答えろ名前!でないとっ…!?」首の後ろを突き無理矢理意識を失わせた。ふう、と一安心の溜息を吐いた所で、則子様がわたしのことを見上げているのがわかる。 則子様はお若い、10代前半、いや10代前後……だろうか。 一人っ子?兄は?姉は?弟は?妹は? 誰かと重ね合わせていないか? わたしは、この眼を知っているのではないだろうか? 「……! 矢?」 あまりにも古風すぎる。今は弓を引く者など少なくなっているのに。驚く則子様を横に、壁に刺さった矢に巻きつけられている紙を手に取って広げた。 「ほお」わたしが声を出すと、いつの間にやら隣に総悟がいて、文面を読み表情を濁らせる。「へえ」立ち上がり、副長に紙を手渡した。 「昔のようには果し状、とまではいきませんが、宣戦布告のようですよ 副長どうします」 「………真選組集めるか……ハァ なんでこう、お前は厄病神か」 「うっわーヒド それ総悟にも言われました」 「とりあえず監察回すか……総悟、名前、お前らは則子様をお守りしろ」 「うい」 「ったく」 俺は近藤さんのとこに一旦戻る、と言って車もないままに屯所に戻ろうとしていた。オイオイその長い筋肉スラっとした脚で帰るっていうのかい土方副長よ。 「副長 わたしが帰ったほうがはやいのでは」 「バカ野郎、お前はコイツ看てんだろ」 副長が指差す先は気を失っている翔。事が次から次へと遅くなるよりかは、早い方がいいに決まっているだろうけれど……翔が逃げ出さないだけいいのだろう。だが薬は与えたし、後は個人的な心配なのでまた会えたら尋ねればいいだけの話だ。 「いえしかし、解毒剤はもう与えましたから…大丈夫だとは思いますけどね」 あ、いや、違うか。 則子様を見る。わたし達と翔を交互に見比べていた。 「………。わかりました」 副長が踵を返して、靴を履き屋敷を出た。その姿を見送ってから、突き刺さった矢を抜くと、矢先に毒が塗ってあり、見るからに強力そうな毒だ。毒には種類があるが、このニオイは痺れ薬の類に違いない。矢先の側を折ってそれを布に包んだ。 「則子様、お部屋で待機なされては」 「いやだ 私はここに居る」 ああ、なにかあるんだな。 「則子様、何かありましたか?」 「え?」 「過去に この者に何かを…重ね合わせているような気がしてなりません。あなたには父も母もいらっしゃいますよね、ということは父や母ではないということ。それでは、ご兄弟でしょうか」 「……なぜ、教えなくてはならない」 「簡単に言いますと、先程の文、あなたを殺すという内容でありました。これに関しましては真選組があなたをお守りするので心配はいりません。が、もし、この者があなたの血縁に似ているとしたならば、この者が狙われる可能性が高くなってきますので、懐かしむのは結構ですが場所を移動しなくてはいけないとわたし個人で判断致しました」 それに、と付け加える。 「昔馴染みでもありますから」 「………兄に」 「兄に、似ている」 総悟と今日何度目か、顔を見合わせ、わたしは視線を則子様に戻す。そうか、おそらく兄は今ここにはいない、死んだか、遠い所に居るか、顔を合わせていないか、いくつか思い当たるような節もあるがそこらへんだろう。だが則子様を見る限りでは、おそらく………。 「場所を移動しましょう。ここでは敵に丸見えだし、なによりバカ丸出しですから」勝手に襖をあけ、布団を引きずって中の隣の部屋に引きずった。「則子様もです」ハッと気付いた則子様はわたしの後を追いかけるように同じ部屋に入った。 「名前、俺ァちょいと屋敷の周り回ってくらァ」 「うん わかった それがいいね」 部屋を出ていく総悟。総悟なら大丈夫だろうという確信があった。それでは今度はこちらを気にする番となった。居づらい居づらくない、などというお気楽染みな考えなど今はする場面ではないだろうし、そんな余裕はない。今この部屋にいるということは、わたし達はこの部屋のみでしか動けない、この部屋にいるもののみしか信じられないということなのだ。言わば孤独・孤立・バトルロワイヤル。藤原竜也も吃驚だぜ。 「兄上様は?」 「…………察しろ 女 馬鹿め」 「いえそれをきけて十分です。 今は人が足りなすぎる。この部屋からは今一歩も出れません。厠は我慢してくださいね」 「……お前、本当に女か……?」 「失礼なお嬢様ですねっ 女ですよっ」 「小太刀は?」 「ある」 「ならよいです。いざというときの護身用になる。でもまぁわたしが護りますからご安心を」 「当たり前だ 何のために此処に居るのだというのだ まったく」 副長が走ったとして、屯所へ着くのに20分掛かるとして、そのあとは車でこちらへ来るとして、大体往復30分と計算しよう。人を集めなければらない、からそれで5分から10分、40分間は総悟と2人きりで護らなくてはならないし、総悟は今屋敷を徘徊しているし、屋敷全体を護る役目を自ら名乗り出ていた。わたしはその中で則子様を護らなくてはならない。 重い仕事のような、懐かしい仕事のような。 「『じいや』さんは今どこに?」 「厨房に立ってるんじゃないだろうか アイツは私に飯を作るのが趣味でな 丁度夕餉を作る時間帯だ」 「(くそ、足りないな、人が)」 総悟が器用に、屋敷全体を護ることができるだろうか。何より人が足りない。普通は屋敷を徘徊するものに一人、屋敷内全体で一人から二人で見るのが丁度いい。大人数だとわかりにくい。 心配そうに翔を見下ろす則子様には、一層悲愴な顔を強くさせた。翔は先程驚いただろう。ここはどこだと飛び起きて屋敷中を駆け回ってもおかしくない。 だが、鶴林家は幕府をよく思っていないし、翔もそういう家庭で育ってきているし、攘夷の考えはないとは言い切れない。幕府の重鎮である役柄の屋敷の部屋を借り、あなたを寝せていました、など、あの状態では言えるはずがなかったし、出来ればいいたくない。 「ああ、甘いものが食べたくなりますね 集中力が切れてしまいそう」 「ふん 菓子など我慢せい まるで子どもだな、女」 いや、それテメーだから。 「そうだ則子様、今度江戸を探検してみませんか?」 「タンケン?」 「そうです。映画館やカフェに寄って楽しいひと時を楽しむんです。もちろん服を見たりして、イベントが丁度やっていたら立ちながらそれを見て……一緒にご飯食べるだけでもすごく楽しいですよ」 「それたただ単に、遊びではないのか…?」 「そうですね そうですが、あなたは外の世界を知らなそうだから。コンビニ寄るのに札束なんて必要ありませんよ。諭吉一枚で十分ですからね。映画館もそうだし、そうですね、簡単な遊びなら諭吉一枚で大体遊べます。服がほしいのならば別に諭吉を持っていけばいいし」 「探検じゃないではないか!」 「あなたにとったら探検です。知らない事を知る探検になりますよ、あなたには。 小説で読む江戸ではないです。あなたが見たままきいたまま、感じたままのあなたの江戸があるんです」 心は軽くなっただろうか?悲愴だった顔はいつの間にか、輝く瞳に変わり、頬は赤くなって、子どものような顔を見せていた。 「うむ、楽しそうではないか」 |