神様の決め事 | ナノ


 甘味処の看板娘はオカザカマサヨで店主はオカザカマサキ。オカザカマサキは外に出ることは今のところない。アパート二階から甘味処を見張るという単純な行動なのに、この疲労感はなんだろうか。今まではこういうこともできたのに、なにがわたしのやる気を失わせているのだろう。わたしのやる気スイッチは一体どこにあるのだろう。
 一応甘味処に行ってオカザカマサキ、マサヨに接触することを考えていないわけではない。どう話しかけるかも考えているが、まずは二人の行動を見張ることが先と思える。甘味処は老若男女が訪れ、写真で見た二人の顔はお世辞でなくとも「顔立ちが整っている」と言えるので、自分よりも魅力的な男女が訪れているのは確認済みなのだ。そこで平凡なわたしが言って話しかけても、オカザカマサキのほうがわたしの方に目を向けることは長い期間を要するだろう。だからわたしではなく、総悟がオカザカマサヨに近づけばいいのではないだろうか。総悟も顔立ちが整っているし、付属「可愛い」ので、近づきやすいし好意を向ければ、向こうもその気になってくれそうだ。しかしこれにOKサインを出すとは思えず、総悟に言えずにいる。

「何時間もよく窓にへばりついてられるなァ。さすがでさァ」
「バカにしてるよね?焼きそばパンばっかり食べてないで仕事しろよ」
「なんでィ夜中にしてやってんだろ」
「二時間しかしてないくせによく言えるなお前…」

 総悟に対しわたしの目の下の隈は日に日に濃くなっているのは一体どういうことなのだろうか。1日12時間睡眠を心がけているわたしには2時間睡眠が辛すぎる。そろそろ行動に移していきたい。

「……はあ。やっぱ乗りこむしかないよね…。」

 どういう風に近づいて行こうかと考え、そして窓辺に座っていたわたしはふと甘味処を見下ろすと、グッドタイミング、オカザカマサヨの雰囲気を持っているオカザカマサキらしき人物が店から出てきた。写真で見た彼の顔と今の顔は若干の違いがあると思うが、それは髪型のせいだろう。写真で見た時は長髪だったが今は短髪。真選組を警戒してのことだろう。

「俺ァいかねーぜ。向こうも確実に俺の顔を知ってるだろうし、変に作戦立てて失敗すれば土方コノヤローにどやされる」

 といった総悟は腕を後ろに組み、同じように甘味処を見下ろす。

「お前に心配なんてするわけがねェでさァ」
「かよわい乙女なのに」
「てめーみたいな怪物女がか弱い乙女?」
「死ね!」

 総悟のいう通り、向こうは総悟の顔を認識しているだろう。それに総悟が言った通り、変に作戦を立てれば感づかれてしまい、そこで向こうはここを出ていく。逃がすつもりはないものの、確実に捕まえるという使命を預かっているわけで下手な行動は取らない方がいい。
 小袖に着替えてアパートの階段を下り、そのまま甘味処の前に歩き、そして「すみません」と声を掛けた。中にはオカザカマサヨはおらず、店主であるオカザカマサキしかいなかった。

「はい、いらっしゃいお譲さん。…見ない顔ですね」
「最近越してきたばかりなので…。ここで一番美味しいお団子をくださいな」
「はいよ。一本でいいかな」
「ええ、お茶もお願いできますか?」
「もちろん。可愛いお嬢さんには豆大福もオマケにね」
「あらありがとう。嬉しい。」

 椅子に座り、オカザカマサキが用意を始めている後ろ姿を見守る。マサヨのほうがいないからなのか、お店はがらんとぽっかり穴があいたようにひどく寂しくなっていた。

「いつもお客さんは?」
「今日は妹がいないから客もこないんだろうね」

 確かにマサヨは美人さんだった。美人を捕まえるだなんて少しだけ気が引ける。というのを総悟や副長にいったら頭をひっぱたかれるだろうから出されたお茶を飲みながら静かに心の中にしまっておこう。

「お嬢さん、男はいるのかい」
「え?」
「いや、あんまり可愛いもんだからいるのかなと思っただけさ」


 よし、これはいける。「さあ、どうでしょうね。」そういうと、マサキは驚いた顔を見せ、そして笑った。「こりゃ敵いそうにない」と、お皿にお団子とサービスしてくれた豆大福をわたしの隣に置き、マサキも団子をひとつ持ってわたしの隣に腰を下ろす。

「また来てくれるかい?次はあんみつをごちそうするよ」
「本当?ありがとう。お団子、美味しいよ」
「それはよかった。こちらこそありがとう。」


 表面上は「気さくで優しいお兄さん」的な存在だ。それが本性であるかはまだ見極められないが、わたしの正体を知っているとは思えない。マサキに良い印象を与えたからこれからは接触しやすくなった。早々とこのマサキとマサヨをとっ捕まえれば、この任務もすぐに終わる。徹夜地獄もおわるのだ。(ほぼ総悟のせい)
 席を立ってお勘定を渡し、マサキから離れていくと、急に後ろから手を握られ、それがマサオのものだと気付いて後ろを向くと、マサキは「また明日、11時に」と言って手を放して店に入って行った。予想以上にマサキに近づくことができ、これなら他の攘夷志士の情報も取れるのではないかと期待をするが、きっとそこまで行く前にわたしの気力が尽きてしまうだろう。店に入って行くマサオを見送った後にアパートの階段を上り、部屋に戻ると窓に座っていた総悟がこちらを向いてにんまりと笑った。

「いい感じで驚いたぜェ名前ちゃん」
「馬鹿にしやがってムカつく!!」
「名前みたいな怪物女でも好いてくれる男がいるのに、それが攘夷志士とは…こればかりは報われねェや」
「昼ドラみたいな展開期待しないでよ!?あー着替えよ。明日11時から見張りよろしくね」
「?」
「誘われたの。さっさとこの任務終わりにしたーい」

 髪を一本に結わいて机の上に出していた煎餅と総悟が入れてくれたのか、湯気の立つふたつのうちのひとつのお茶を前に座った。

「…ほー…」

 総悟はそう言って窓の下を見つめる。まさか総悟自ら見張りをするとは思わなかったのでその行動に関心していると、総悟はわたしを睨んで「俺だって早くこんな任務終わらしたい」と不機嫌な声で言う。互いに思っていることも同じなので、これ以上深入りをするような会話は避けたいのだ。わたしと総悟じゃ喧嘩しかねない。
 まあでも、もうすぐの辛抱だから構わないだろう。総悟が淹れてくれたお茶に手を伸ばすと、家の安っぽいインターホンの音が響く。玄関へ振り向いたわたしと総悟は顔を見合わせて、総悟が首で合図をしたので仕方なく玄関のドアノブに手を伸ばす。総悟の方をチラリと見やると、隣のおばちゃんを警戒したのか陰に隠れている。

「はーい、ただいま」

 ドアノブを回しゆっくりとドアを押すと、目の前には風呂敷で包んだものを両手に出来抱えているオカザカマサキがそこにいた。驚き、目を開いて言葉が出ないでいると、オカザカマサキはへらっと笑って、「来ちゃいました」と言う。案外オカザカマサキの声が大きく響いたので、後ろで総悟が動く気配を感じた。

「え、ええ…あの、どうしてわたしの家を?」
「隣のおばさんがこちらの常連客でしてね、あなたの事を知っていると思って聞いてみたらドンピシャでした。よかったら食べてください。」
「ありがとう…ございます。」
「いえ 喜んでいただけたならよかったです。申し遅れましたが、わたしはオカザカマサキと言います。よかったらあなたのお名前も教えてくださいませんか?」

 しまったァァアアアアあのババアと知り合いだったのかああああ!いや、それはまあ、よしとして、意外に行動力あるオカザカマサキを更に見張っていなきゃならなくなった。妹のほうはまだ接触していないにも、オカザカマサキには要注意しておくべきだったし、これ以上男女間の恋愛と言うものでめんどくさい事が起きるなど。明日会う約束をしていてもこれとは…。
「わたしは、」名字は沖田、名前は適当に名乗っておけば、

「名字名前、真選組副長補佐、だよなァ」

 喉に突き付けられた拳銃、動けば腹に刺さってしまう短刀、先程のオカザカマサキとは違い、いかにも悪人面をしている。こりゃ本当に面倒なことになった。「手を上げろよ。大きな声を出したら撃つからな」短刀に関しては若干刃先が肌に食い込んでいる。拳銃で喉を押され、そのまま部屋の中に入って行く。
 総悟の姿はない。押し入れにでも隠れているのだろう。押し入れにはわたし達の刀を隠しているので良いタイミングといっちゃタイミングなのだが、この状況はそうもいっていられない。玄関のドアが閉まり、オカザカマサキは土足のまま部屋に入る。

「あーあ、土足厳禁です」
「呑気な隊士さんだねえ…おっと手を上げたままよろしく頼むよ」

 拳銃を持っている手が肩に置かれてそのまま座るようにというオカザカマサキはわたしを人質にたてこもるつもりなのだろうか。

「お前の噂は聞いてるよ。あの高杉晋助の船に一人で乗り込んだとかなんとか…。結構行動力あるお譲さんだとは思って一目置いていたんだが、まさか俺の方にも乗りこんでくるとは思わなかった。あんたみたいな行動力ある人はこちらにとってかなり要注意しておきたいわけだから……、今ここで殺すと決めた、今ここで」
「あなたも行動力あるじゃない。こんなに早く気付かれるとは思ってなかったからなんにも対処できないけど…」
「もう一人はどこだ?靴があった。この部屋のどこかに隠れてるだろ?…おい。出てこないとこいつを殺すぜ」
「いいよー殺しても」
「ちょっと待てェエエ!!」

 押し入れから出てきた総悟はひょろりと段差を下りて手を上げている。腰には刀がない。
 叫ぶわたしと驚くオカザカマサキにケロッとしている総悟。

「別にそいつの事好きでもなんでもねェんで、むしろ嫌いなんでこちらとしたら今ここで死んでくれるとありがたいんでさァ」
「ちょちょちょ!!それ仲間に言うセリフ!?」
「残念だ!てめーを一度も仲間だと思ったことはねえ!」
「まじでそれ言ったら殺されちゃうから!!見えてるこの状況!!」
「すげえ〜!写メろ〜!」
「ふざけんなレッサーパンダが立ってるようなほのぼのとした光景じゃねーよ!?」

 「と、いうことだ」オカザカマサキの目は本気だ。「え?マジ?」銃に短刀にダブルパンチなこの状況に打開策は見つからない。

「けどな、下僕を殺されるのは困るんで、」

 チャキ、とオカザカマサキの後頭部に銃が当てられた。総悟は引き金に手を掛け、「さ、離してもらおうか。そんでそのまま豚箱入りだぜ」と、どこからか刀を首に添える。

「かっ、かっこいい総悟!ステキ!キャー!」
「いやこの状況を打破したわけじゃねーよ!?わかってる?お前銃に短刀突き刺さってるからね?」
「オラ、早く離さねーとマジでやっちゃうぜェ〜おっと手が滑った」
「なっ…!」
「イヤアアアア!!」

 やはり、総悟は人間ではなく、ドS星の王子様だったみたいです。
 総悟がオカザカマサキを押し、こちらに体重を掛けてきた拍子に少しだけ刺さっていた短刀が腹部をざっくりいこうとしていたのと、手が滑ったのは総悟ではなくオカザカマサキのほうで、短刀と銃、どちらの手も動いたのでした。だが、わたしは隙を見逃さずにそれを避け、総悟がオカザカマサキの首に刀を向け、終わりを告げた。

 妹の方も無事に捕まえた真選組は二人を幕府の方に渡し、総悟とわたしの任務は終わった。無駄な設定を決め込んでくれた山崎にわたしは叩き、総悟は殴りかかり、顔中ぼこぼこになった山崎は今総悟の命令で焼きそばパンを買いに行っている。

「あーすっごい寝不足…。しばらく寝て過ごしたい…ナマケモノのように…」
「しかしまァ、よく総悟と仲間割れしないで過ごせたな」
「えっ…それ心配してるなら端から総悟と任務組まなでくださいよ死ね?」「仕方ねーだろ俺だって時間ありゃ総悟には…てめーが死ね」
「………でもま、総悟かっこよかったらいいとするかなあ…」
「…………」
「あ、今の内緒にしといてくださいね。言うと下僕になれとかうるさそうだから」

 焼きそばパンを買ってきた山崎はのほほんとテレビを見ている総悟にそれを渡して一息をついたのか自室へ戻ろうとしている。二人の証言で仲間の居場所までもは突き止められなかったらしいが、リーダーである二人を捕まえたということでとっつぁんもOKを出したらしい。

「おい名前」
「おう総悟」

 ひょいと投げられたのは山崎が買ってきた焼きそばパン。それを投げて総悟は自室へ戻って行った。わたしは焼きそばパンをかじっていなくなった総悟が歩いた道を見渡す。

「総悟食べないんじゃん…」
「……素直じゃねーな、あいつも」