神様の決め事 | ナノ


「よかったね翔。それにしても攘夷活動には参加してなかったんだ…。」
「お前の親父さんの手伝いって云っても、こういう風になるのが嫌だったからな、手は加えなかったんだ。本当に、よかったよ。」

 翔は攘夷活動に参加していなかった。父さんの手伝いをしただけであって、幕府を敵に回すような行動は取らなかったらしい。しかし今回の首謀者に加担していたという事実には変わりなく、数ヶ月牢屋にぶち込まれるといった処罰が与えられた。どれも、とっつぁんのおかげだ。とっつぁんがいなかったら今頃何年牢屋暮らしになるところだったか…。
 とっつぁんにすべての事を話すと、普段は見せない柔らかい表情で、そうか、と言って頭を撫でてくれた。翔の処罰もとっつぁんが配慮してくれたもの。すぐに釈放される。

「にしても、名前はホントに真選組でうまくやってんだな」
「…それどういう意味?」
「だって名前だぜ?昔はもっとツンケンしてたから仲間なんて作らないとばかり……。ま、うまくやってるようで安心だ」
「はいはい。あ、これ今週の占い記事」
「お、サンキュー!………大凶!?」

 面会の時間は終わりだと警備員に会話を終わるように頼まれる。それじゃあ、と立ち上がると、翔はわたしを呼び止め、「怪我、大丈夫か?」とわたしを見上げた。

「もう大丈夫。あと何度か通院すれば終わりなの。」
「…これ、俺の知り合いに忍がいるって言ったろ?これ見せればタダで、その印を消してもらえる。傷も綺麗さっぱりな。嫌だろ、傷、残るの。」
「……信用、していいよね?」
「ああ、してくれ」

 翔が白い紙を差し出し、それを受け取る。この医者は腕が良い分、請求額もたけえから、とウインクをした翔は立ち上がり、背を見せて奥の部屋へと入っていく。

「…翔!」
「?」
「また、一緒に忍術、学ぼうね!」
「……バーカ。もうお互い立派な忍だろ。それにお前は武士なんだ。次は勉強じゃなくて、デートしようぜ」

 ぱたりと肩手を上げた翔は奥の部屋へと完全に姿を消した。ポケットに紙を突っ込んで真選組の上着を羽織る。大丈夫、なんとかやっていけそう。背中の傷は痛むけれど、何故だかわたしの心は今まで以上に軽くなっていった。理由はわかっている。だけどそれが確かなものなのかは、自分ではわからない。でもきっと、多分そうだ。

…絶対に、そうだ、きっと。





「やっぱり、そうなんですかねえ」
「だろうな。親父さんとの約束も一応は果たしたわけだ。もうここにいる意味なんざねえだろ。」
「でもやっぱりちょっと、寂しくなりますね」
「うるさいのが一人減るだけだ。静かになっていいんじゃねえの」
「とか言って土方さん、もっと素直になりなせェ。」
「てめーもな総悟」
「死ね土方」
「死ね総悟」

 名字名前がこの真選組に入った目的は父親の仇である攘夷浪士を処罰すること。名字の親父さんは、本当は攘夷浪士に殺されたわけではなかった。自分の野望の為に名字を利用したのだ。名前は居もしない攘夷浪士を処罰していたことになる。ならばもうここに居る意味すら、ない。
 近藤さんはとっつぁんに呼ばれどこかへ出かけていて、仕事のない俺は客間のテレビを見ながら煎餅をかじっている。山崎も仕事は一応終えたらしい。総悟は、わからないが。
 山崎は見て丸わかりだが、総悟は名字を心配する気持ちを行動や態度で表したりしない。醤油煎餅をかじりながらゴマ煎餅がよかったなどと愚痴を漏らしながらも、俺と山崎の話しに耳を傾けている。少しでも名前の情報を知ろうとして。

「しかしよく考えてみれば、あいつも多事多難だな。怪我もしっぱなしだし」
「だから名字補佐は給料を上げるべきだと思うんです。」
「ばっかおめえ、それは俺にも……って、」
「あっ名前ちゃん…!」
「やあ、揃ってどうしたんだね君たち」

 肩手を上げて煎餅をかじっているのは名字だった。「いつの間に」驚く山崎を笑って、今さっきと言いながら歯を出して笑った。久々に正装の名字の姿がイマイチよく似合っていない気がして、似合ってねえなと言おうと思ったけれど、やめておいた。
 名字が真選組を、やめる。

「おい」
「はい?」

 一応声をかけてみたが、どう確認すればいいのかよくわからない。単刀直入に訊けばいいのか、それとも遠回しに言えばいいのか。俺が決めることでも、俺が訊くことでもない。近藤さんが訊いて、名字が決めることだ。
 茶色の交った名字の前髪が風で揺れ、それを整える。煙草がすいてえ。

「あのぉ、一応言っておくんですけどぉ、わたしこれでもっていうか結構な病人なんでパトロールしばらくやらなくてもいいっすかねえ」
「!」
「えっ、名前ちゃん、真選組やめないの!?」
「はあ!?やめないよ!なに、そんな噂流れてるの!?いやーショック!ヒスパニーック!」

 あちゃあ、と顔を覆い隠す名字に、総悟も驚いているようだった。でもどこか、嬉しそうだ。頬も少しだけ赤みを持っているようにも見える。

「わたし、ここ大好きだからさあ。皆優しいし、山崎もいろいら気遣ってくれるし、総悟もなにかと優しいし、副長はいいなりになってくれるし、近藤さんはゴリラだけど…、」
「おい名字なんてった今」
「…っていうか、まだここに居てもいいかな?」

 解りきったこと訊くんじゃねえよ、アホ。

「五分後、車の前に集合だ。」

 わたしの居場所なんだ。と、そう言ってるようで、なんでか嬉しく思う。ここを選んでくれた名字にはこの先地獄のようなことが待っているだろう。当然俺にも。毎朝起こす身にもなれ、アホ。

「死ね土方!鬼土方!死んでしまえ土方!いつか毒盛ってやるからな死ね土方!いつかシャンプーとボディソープ入れ替えてやるからな土方!」
「そうだ〜死ね〜土方〜豆腐の角に頭ぶつけて死ね〜土方〜」
「なにそれ地味に嫌なんだけどぉ!」