神様の決め事 | ナノ


「そういや上の奴ら、くるの遅くねえか?」
「…上にある家は地下に潜った。だから外からじゃ中に、入れない。」
「じゃあ中からは出れるってことだよなそうだよなお父さん!」
「だれが、お父さんだ、お前のような奴に、娘はやれん、ぞ」

 そうだ、と父さんは続ける。

「俺の中に、ある、時限爆弾がそろそろ、起動する。早く出るといい。出口は、翔が、知っている。早く、ここから出ろ。」
「え?」
「俺は一度死んでいる。もう、死を恐れることはない。俺の心の中には、菊がいる。そばに、いてくれる」

 呆然と立ち尽くす。何も考えられなくなるほどに、周りのものが真っ白に映り、目の前の父さんだけが目に映る。赤い点滅はゆっくりとしてきた。父さんの呼吸の声が聞こえる。父さんが機械って言うの?父さんの中に爆弾があるって言うの?どうしたら助けられるの?
 どれも「どうしようもないこと」だった。手を伸ばしても父さんに届くことはない。かける言葉も出てこない。
 「行こう」翔が隣で言葉を発した。銀ちゃんも数秒間をおいた後、こくんと頷く。

「父さんは?父さんはここに残るの?」
「名前…幸せにな。俺はお前の幸せを、願って、い、る」

 父さんの眼の点滅が消えた。行くぞと引っ張る翔に抵抗し、父さんのほうへ足を向けるわたしに銀ちゃんは苦い顔をして「名前」と名前を呼んだ。止まるわたしと翔は父さんを見た。
 「世話になりました、又兵衛さん。」軽く頭を下げる翔に父さんは片手を上げた。毒で体の自由が利かないので、わたしの抵抗なんて蚊が止まったかのような規模だった。翔に引っ張られるがままに研究室のドアを開ける。横たわった父さんはこちらを向いて、何かわたしに向かって一言、二言喋った。銀ちゃんによってドアが閉められ、父さんの姿は見えなくなった。
 「こっちだ。ついてこいよ」翔が腕を抱え直すと、わたしが寝ていた部屋に移動し、窓を開ける。「ここから外に出て階段を上がれば上に着く。天パは名前担いで先に行け。俺は後ろにつく。」銀ちゃんの肩に腕が回され、翔は窓を開いて外に飛び移った。首で合図し、銀ちゃんは段差を上がり、右にある階段を上っていく。すぐ後ろには翔がいてくれている。

「……ごめんなさい」
「あァ?なに謝ってんだ。だったらチョコパフェ奢って」
「わたしのせいで、いつも、銀ちゃん怪我してる」
「ふっざけんじゃねーよ!誰がテメーのおかげで怪我してるって?俺のすることにケチつけんのか?アァン!?フルーツタルト食べたい」
「あのよォ、そんなんどうでもいいから早く上がれよ?爆発に飲み込まれて死ぬぜ?俺先にいっちゃおっかな〜」
「じれったいなクソ。名前!背中に移動しろ!」
「え、あ…うん」

 銀ちゃんの背中に移動すると、どっこいせとおじさんのような言葉を漏らしてわたしをおぶった銀ちゃんは「おらおらおらおらおらぁああ」と叫びながら階段を上がっていく。後ろの翔はハアと溜め息を吐き、ピッタリと後ろについてきた。
 目の前にドアが現れ、「あのドアが小屋に続いてる!もうすぐだ!」という翔の声に銀ちゃんの速度が少しだけ上がった。

「父さん、よかったのかな」

 わたしの呟きは誰も拾わなかった。小屋に入り、窓から見える真選組の姿に胸をホッと撫で下ろす。

「あっ、やべえ!」

 翔がわたし達を押し、ドアごと巻き込んで地上に出た。瞬間に、後ろで爆発音と木の破片が背中に落ちてきた。

「名字!!」
「名前さん!」
「補佐ぁぁぁ!」

 駆け寄ってくる副長と総悟、隊士達。わたしの身を案じてくれたのか、ベタベタと体に触ってくる。どさくさに紛れて変なところを触る奴の手の甲を思い切り抓ってやると悲鳴が響き渡った。

「…ふ、副長…ほんとすいまっせーん…」
「心配かけさせるんじゃねえ」

 髪を撫でた副長の手を後頭部に下ろされた。いきなりグッと込み上げてきたものを抑え込もうとしたが副長の優しい声と手つきに抑えることはできなかったようで、目からは溢れんばかりの涙が流れる。

「ったく、帰ったら俺の雌豚になりやがれ」
「は?それとこれとは話が別っていうか…嫌なんだけど」

 そんな総悟にもやっぱりお礼の気持ちが生まれている。こうした言葉も総悟なりに心配してくれたことがわかる。

 燃える小屋と、響く「ナニカ」の音。
 それが父さんなのか、地下の建物が焼ける音なのか、どちらなのかわからない。わたしの両手の指が互いを絡め合う。家族のように優しく絡みあった。小屋が燃えているのを見ていると、目の前に屈んだ銀ちゃんがわたしの頭をぽんぽんと二回ほど叩いた。

「いつまでもうじうじうじうじ地べたばっか見てねーで、そろそろ前見やがれ……綺麗な世界が広がるだろーさ」

 そう言われた途端に下を向いた。涙だけじゃなく、鼻水も流れてくる。肩を揺らしヒックヒックと嗚咽も出てくる。絡めた指を解いて、顔を隠した。頭をもう一度優しく叩いた銀ちゃんは、ゆっくりとその大きな体でわたしを抱きしめてくれる。背中をポンポンと二度、優しく叩き、わたしの後頭部を押して肩に顔を埋めさせた。

「ありがとう、銀ちゃん。ありがとう…、みんな」