神様の決め事 | ナノ


「動いたら名前の首が飛ぶ。君たちが銃、それから刀を下ろすべきだ。今時刀なんざ必要ないだろう。時代は機械だからな。」

 肩を掴まれ、父さんの成すがままに建物に連れられて行く。副長達はバズーカや刀を下ろし、舌打ちをした。銀ちゃんは倒れたままだ。
 もう武器もない。翔も動けない。真選組も、銀ちゃんも、父さん以外誰も動けない。
 建物の奥から山中猛が目に傷を負わせてヨロヨロと体を揺らしながら出てきた。「翔のやつ、やってくれるな」もう片目は使いものにならないだろう。

「時雨、殺せ」
「あいよ」
「ヘッ…今日はついてると、おもったのによ…」
「俺のエビフライを食うからだ。」
「そりゃおめぇさんがエビよりもころもの方が好きだっていうからだろ!」

 「名前っ」副長が叫んだ。咄嗟に振り返ると、わたしの二本の刀がこちらに向かって飛んできている。首に傷がついたが、目の前にくる刀で頭が一杯だった。父さんがわたしを捕まえようと手を伸ばすが、わたしの蹴りで伸びた手はわたしに届くことはなかった。宙の二本の刀をキャッチし、一本の鞘を銜え銀色に輝く刃を山中猛へ振り下ろした。
 金属と金属のかすれる音と、鞘の落ちる音。

「おいおい油断ならねえ女だな本当に」
「わたしは一刀流じゃない、二刀流だよ、知ってるよね?」

 もう一本の刀を口元に持ってくれば鞘を銜え刀を抜いた。腕を思い切り振りかぶり、山中猛の脇を斬ろうとしたが、それは山中猛の手により阻まれ、その手を振り流れる血が顔と目にかかる。反射的に目を閉じると山中猛の刀を押す力は一層強くなり、片手では抑えきれずに横へ避けた。

「お前の刀は軽いのと重いのがあるな。利き手は重いのだ。だから俺の力と刀の重さが足されて自分の腕じゃ耐えきれなくなったんだ。」

 確かに山中猛の言う通り、わたしは女であり男のような筋肉を持っていない。一刀流にすればいいのだが、忍であった時は両手にクナイを持って戦っていたし、弦を使用するときも両手を使っていたので、両手で一つのものに力を入れるという力の配分がうまくできないのだ。それに動きもおかしくなってしまう。戦えないことはないが

「でもよく考えたほうがいい。こっちにはあんたの父親がいるんだ。攻撃パターンも読んじまう。それに、こんなことで頭の夢を壊させるわけにはいかない」
「…わたしの剣術を、何年間も修行してきた剣術を父さんは知らない。」
「それによぉ、あんたが死んでもな?菊さんとまた子どもを産んで、その子どもにお前を生き返らせる予定でいるんだ。そう怖がることはないだろう?大人しく掴まってくれよ」
「わたしは、」
「この日の為に、何年間も研究を続けてきたんだ…こんな奴らにぶち壊されたくないんだよ!」

 山中猛が振り上げると同時に、山中猛に握られていた刀は姿を消していた。同時に隣に現れた父さんの手には刀が握られていた。

「名前!」

 銀ちゃんの声と背中の激痛が重なった。隣にいた父さんは後ろへと移動していたらしい。厚い真選組の制服の上着をきちんと着ていれば傷を負わなくて済んだのかもしれない。
 父さんの姿は、もう、昔の面影すらなかった。包帯で両目を隠し、肌はくすんでいる。ところどころ包帯が巻かれているが血が滲んでいる。
 倒れると、父さんがあの研究室へと腕を掴んで引きずっていく。痛みに腕の力が出ず、何とか抵抗しようとするがどうすることもできなかった。山中猛が、動くなよ、と台詞を吐いて一緒に建物に入っていく。

 これからわたしの体を使うっていうのに随分扱いがひどいんだね





「名字がいる、爆弾は設置できない。名字の安全が最優先だ。」
「しかし副長、あいつらは今回の爆破テロの首謀者であり、こうしてる時間も」
「名字を見殺しにするって言ってんのかテメェ!」
「そ、そうではなく…!」
「多串くんよォ、ちったあ落ちつけや。なあカケルさんよ」
「……俺が行く。お前らは後からこい。俺もこんな怪我だ。助けに行くことはできるが………、足止めくらいにはなれる。三分後爆発するように爆弾を設置しろ。お前ら中にはいるのは一分後だ。地下のドアは開けておく。階段を下りてまっすぐ走り進めれば三十秒で研究室につく。そこで名前を救出しろ。」
「……てめーは」
「天パは自分の髪型を気にしな」
「コロス」
「いいか、一分だ。」

 昼間の忍は建物の中に入っていく。なんだかやりきれない思いに、俺も忍の後ろへ付いて行った。土方の声が聞こえたが、建物の中に入ると声が気にならなくなり、名前のことだけを思うことができた。
 あいつまた怪我しやがって。

「な、おい天パなんで付いてきた!」
「お前ばっかにいいとこ取りはさせねえよ!俺だって一応はね!名前を思ってしていることなんでね!つかお前いなくとも名前を救い出すから帰って醤油ご飯でも食ってろ」
「醤油ご飯ってどんだけひもじい食生活送ってんだ!せめてエビフライ食べろ!」
「醤油ご飯に天かす乗せるとくそ上手いの知ってた!?」
「まじでか!ちょ、俺もやろうかな!」

 忍の言う通り研究所には一分もしないで着き、勢いよくドアを開けた忍は名前を引きずるあのおっさんに目掛け手裏剣を放った。側にいた男は反応に遅れたらしく手が出せなかったのだろう、手も首も動いていない。おっさんも反応が遅れたのか、忍の攻撃を完全には防げなかったらしく腕に傷を負いながら倒れた。名前を掴む者は誰もいない。ほとんど無意識に名前の元へと走り、男の一振りを避け、名前の腕に握って自分の方へ引くと、おっさんが起き上がり名前の腕を掴んだ手にクナイを刺した。

「私の夢は、誰にも潰させやしない!」





 父さんの声に意識を取り戻し、銀ちゃんの匂いで腕を掴んでいるのは銀ちゃんなのだとすぐにわかった。再び父さんがわたしを引っ張り銀ちゃんと距離を置く。刀に毒が塗られていたらしく、体が痺れて思うように動かないみたいだ、迂闊だった。
 父さんは素早く印を結び、地面に描かれている印とわたしの背中に手を乗せた。翔がわたしの名を叫んだ。銀ちゃんがこっちに走ってくる。

「おかあ、さん」





「父さっ…師匠は新しい母さん作らないの?」
「別にいらないだろう。…ほしいのか?ほしいなら、考えておいてやる」
「ううん、師匠がいるからいらないよ。ねえ今日も魚釣ってきたの、夜ごはんはこれでいいよね?」
「それじゃあ焼こうか、木を拾っておいで」
「うん」
「夜道には気を付けろよ。今は大丈夫だが、狙われてるかもしれん」
「…あの、父さん。」
「なんだ?」
「わたし全然寂しくないよ、父さんがいるから。母さんがいなくても、全然、寂しくも悲しくもないよ。」
「……そうか。」

 今考えれば、父さんのことが大好きだったわけでもないし、父さんの焼く魚は焦げて美味しくもなかったし、威厳だったけれど、時折見せる優しい表情が好きで、その優しい表情が見たくって、いつも頑張っていた。
 そうかと言った父さんの表情はとても暖かかった。優しく笑ってくれた。それだけでわたしは、よかったのだ。