神様の決め事 | ナノ


「ああ、起きたか」

 わたしを見下ろしていたのは副長でもなく総悟でもなく山崎でもなく銀ちゃんでもなく、昼間の忍だった。体を起こし、辺りを見渡した。ひどく小じんまりとした部屋だった。腕にはガーゼが貼れていて、わたしの視線に気付いた忍、カケルはそう言えばそうだったなと言ってわたしの腕を取った。「痛みはねえか?」ガーゼを取ると、小さく赤く染まっている一点、どうやら注射器かなにかで刺されたようだ。

「あんたの親父さんもひでえ事しやがる。ま、俺の口からじゃなくて親父さんの口から聞いたほうが絶望するだろうから訊けばいい。ここから右に曲がって突き当りの研究室にいる。逃げようとはしないほうがいいぜ。まあ、あんたは逃げようとはしないだろうがな」

「………ありがとう」

 あくまで教えてくれたからだと言う事。そして忠告してくれた事に対して。カケルという忍は胡坐をかき一つの窓を見上げた。わたしはそんなカケルの姿を見た後、部屋のドアを開け右を向いた。人気のない、寒い廊下は薬のにおいがした。突き当りにはコンクリートでできたドアがあり、「実験室」とプレートが立てられていた。
 そんな時、後ろからわたしを呼ぶ声がして、振り向くかどうかを考えていると、大きく「なあ名前」とカケルが声をかけてきた。

「…随分冷静なんだなお前」
「つい最近こんな感じのことあったからあんまりびっくりしないのかもしれない。てかなんで名前知ってるの?」
「まあ名前のことは放っておいてよぉ、逃げ道はこの窓しかないからな?」
「教えてるじゃん。いいの?」
「よかねえけど…、まあ一応な。」

(変な人だ)
 わたしを攻撃したり、こうして忠告をしてくれたり、名前を知っていたり。父さんが教えたのだろうか。にしてもこんなに馴れ馴れしく呼ばれるのはあまり好きじゃない。
 よっこいせと声を出しながら近付くカケルに一歩、一歩と逃げていくと可笑しそうに口を作ったカケルは服の中からクナイを一本わたしに差し出してきた。おかしいと感じ、カケルの顔を再度確認すると、カケルは口を薄く開けて声を発せよとした時、真後ろで勢いよくドアが開く音がした。カケルはわたしがクナイを握っていた手をかぶせるように手で覆い、わたしを押し退け、後ろにいた人物に声をかけた。

「おいカケル!お前はいつもいつもこういう…!少しは恥を知れ!」
「なんだよ時雨ちゃ〜ん。飢えてんなら貸してやるぜ?」
「いらん。それよりも名字名前、頭が呼んでる。」

 山中猛、ではなく、時雨と呼ばれた男は不気味に笑った。逃げる気はなかったが、こうもおかしな行動をされると自分の身が危険なんだと察することはわたしでもできた。カケルに押し付けられたクナイは内ポケットに入れてあるので、山中猛はすぐには気付かないだろう。
 逃げないほうがいいだろう、抵抗の色も見せないほうがいいだろう。「大人しく言う事聞けよ、久しぶりの再会なんだ、父親の顔でも拝んでくるといい」わたしが山中猛に取り調べを行った時とは違うものを感じるのは気がせいだろうか。それがどうであれ敵なのは変わりのないことだが。

「ひとつ質問してもいい?」
「…なんだ?」
「寝て何時間経った?」
「時間?ざっと三時間じゃねえのか?熟睡だったもんなあカケル」
「ああ、キスしても気付いてなかった」
「は!?ちょっとキスしたの!?」
「カケル!お前はいつもいつも!」
「おおおお怒んなよ嘘だって嘘だから!名前おまっ鬼!鬼になってる!!」

 わたしの格好は隊服のまま。昼間のまま。当然、無線もつけたまま。

「よっし、もういいか?頭が待ちくたびれてる。この日をどんなに心待ちにしたことか、なんて独り言いっているんだぞ。」

 三時間、三時間か。確実に真選組はわたしのことを探しているだろう。携帯は取られているが無線にはGPSが付いている。「逃げられない、ってことかあ」服を整える動作をし、無線のスイッチを入れた。






「名字の場所が確定した。かぶき町から少し離れた山奥にある家の地下にいる。五番隊と六番隊、七番隊は屯所に残ってもらう。監察は山崎のみ俺についてこい。それ以外の奴は各隊三人ついてこい。俺と総悟が先頭を走る。」
「おいおい多串くん。もう俺は用済みってことですかオイ名前がやべえんだろオイちょ、おま、いい加減俺の話聞けよ!名前が!どうした!」
「万事屋、お前まだ帰ってなかったのか。名字がお前んとこに行ってないんだとわかったんだからもう用無しなんだよ、帰れ。しかし電波わりいな、場所が途切れ途切れだ」

 見事に無視してくれた多串くんは車の運転席に座った。助手席には沖田、後部座席には山崎が。沖田が色々と喋っている間に俺も後部座席に乗った。「俺ァ、俺ァ、」「総悟、気にしてんじゃねえ。お前はそんなタマの小さい男だったのか」「ちなみに俺のたまはバレボール並みにでかい」「万事屋の旦那…あんたそればけも…え!?ウワアアア副長万事屋の旦那があ!」「ギャアアア出たああああ」

「…あ…?」
「どうした多串くん」
「殺すぞ。無線が入ってる、名字のだ。」

 片手でハンドルを握りながら自分の無線のイヤホンを沖田に渡した。沖田は無言で耳に当て、名前の声を待つ。

「万事屋、てめーの家の下に下ろすから準備しとけよ」
「敵がどんな奴なのか知ってんのか?…それから、名前が危険と知っちゃ帰るわけにもいかねえだろ。あいつには恩がある」
「チッ…邪魔だって言ってんのかわかんねえのか天パ!」
「うるせえ天パをバカにする奴は天パに泣くっておばあちゃんが言ってたんだよ!俺だってストレートになればモッテモテだバーカ!」
「なんの話してんの!?あんまり出しゃばったことすんじゃねえぞわかったか」
「言われなくてもでしゃばりますから心配しないでください!」
「土方さァん、瞳孔が開きっぱなしでさァ」
「うるせええええ」

 車の時速は60キロを超えた。交通ルールを守ってくださいと隣の山崎が叫ぶが土方はその言葉を無視し車を飛ばす。
 どうやら焦っているようだ。沖田もイヤホンを耳に押し付け小さな音も漏らさぬようにしている。そういえば、そうだ。名前といつも一緒にいるのはこいつらなのか。

「土方さん、ドアの開く音が聞こえやしたぜ。それ以外はなんにも聞こえませんがね…。どうやら外に出た音がしな………、」
「どうした」
「…切れた」
「山奥で地下じゃそうなるか…仕方ねえ」

 60キロ以上は出ていなかった。
 土方は焦っている。
 沖田も焦っている。
 山崎も焦っている。
 名前の無事を祈っている。
 名前を助けようとしている。

 俺は、なんだ?
 動くままに動いた。名前を思って動いた。
 俺は、なんで焦るよりも胸がむかついているんだ?