神様の決め事 | ナノ


「誰だてめーは。あんまり俺の仕事の邪魔すると消すぜ」
「俺か?なんでも屋を営んでる万事屋銀ちゃんとは俺のことよ。殺されかけた姫さん助けに木刀片手に助けにきただけだ。とっとと帰んな。こいつは大事な依頼人の探している女だ。これ以上するってんなら、俺が相手になってやらァ」
「…依頼人……?ああ、なるほどねえ、お前がそうか。…わーった、わーったよ。もうこれ以上は何もしない。…これでいいだろ?…まっ、俺もこの後夕食の天ぷらの材料買わなきゃなんねーから退散させてもらうとするか。」

「名は」

 教えてくれないことはわかっていた。安易に真選組のような幕府の人間に対して教えてくれるような職業じゃない。それに、顔も見せることはないだろう。それでもわたしは訊いた。
 男は目を鋭く細めたあと、ぽつりと呟いた。

「カケルだ。」

 男はそう呟いたあと、一瞬のうちに消えてしまった。




 手掛かりは男の手裏剣のみ。教えてくれた名前は信用できない。さっきの会話から、銀ちゃんの依頼人の顔を知っているようだった。服についた埃を掃い、手裏剣の重さを確認する。これ、意外に重かったみたいだ。

「厄介事が好きなのか?」

 そう銀ちゃんに訊かれ、頷くことしかできない。

「真選組に厄介事はつきものみたい。…助けてくれてありがとう。」

 依頼人の探している女だから助けたという事実に、少しショックを隠せなかった。身を呈して助けてくれたのはもちろん嬉しい。だけど、理由が理由じゃあ、素直に喜ぶことは難しい気がした。
 きっと副長や局長がわたしを探している頃だろう。あまり出歩くなと言われているからここに長居しないほうがいい。今あったことも報告しなければならないし。

「いや、無事でなによりだ」

 上辺のくせに、感情の入れ方がうまいんだから。
 それじゃあ、と手を上げようと銀ちゃんを見上げる。銀ちゃんから先に手を上げたので、上げかけた手を引っこめてから、また上げた。
 それと同時だった。銀ちゃんの後ろに黒い影が現れ、クナイを振り上げる。

「ぎっ…!」

 黒い影の正体は、お登勢さんと話していたとき現れたマントによく似ていた。銀ちゃんの服の袖を引っ張り、持っていた手裏剣を投げると、いとも簡単に大きく重い手裏剣は弾き出された。銀ちゃんは突然のことで受け身を取れず、わたしに覆いかぶさる。振り向いた銀ちゃんは木刀を持って黒い影を見た。

「お前は…」
「お前はおそらくそいつを連れてはこないだろうと判断した。金はやる。だから女をこちらに渡せ。」
「………誰がてめーみたいなエロ親父に名前を渡すかよ。親父はエロ本みて抜いてろ!加齢臭くせえんだよ!」
「俺が気にしていることをおおお!」

 黒いマントを揺らし、一気にわたしの後ろへ移動した。反応が遅れたわけではなく、このマントがとてつもなく速かったのだ。反応した時には遅く、髪を掴まれ首元にクナイの刃が向けられた。銀ちゃんの動きも止まる。黒いマントの男はヒッヒッヒッ、と笑い刃をゆっくりと浅く滑らせると、血が、流れた。

「やめろ!」
「まさか、こんな反応にもついてこれなくなってるなんてな…。こんな野郎に依頼しなくとも自分でどうにかなったわ。興醒めだ。しかし元気でやってるようで安心したよ…」
「誰なの…?わたしの知り合い?それとも、」

 お父さんの、知り合いなの?
 黒いマントはまたヒッヒッヒッと肩を揺らして笑った。

「わかってるんだろう?ただ信じられなくて、脳が反射的に拒否っているんだ、現実をな」

 黒いマントは、フードに手をかけた。「ずっとこの時期を待っていた。ずっと研究をしていた。そして条件があったのだ。ずっと、ずっと待っていた。ようやく、ようやく会える。長年待ちわびたよ、名前」

「………とう、さん…?」

「時雨!」
「あいよ、わかってますよ」
 山中猛が銀ちゃんの背後から刀を担いで現れた。

「そいつを殺せ」
「あなたはどこに行かれます?本拠地ですか?」
「ああ、実験室にいる。カケルもそこにいる。殺したらさっさと来いよ。」
「…ふう、ホント部下使いが荒いですね。あなたについてこれるのは俺やカケルぐらいですよ」

 フッと笑う声を出したのは、やはりわたしの、父親だった。死んだはずの、父親だった。わたしの師であった。
 銀ちゃんは山中猛に刀を向ける。「ほんと、カケルのやつ爆弾持って何だと思ったらこんな大きな事しでかしてよぉ、困るよな、まったく。俺はもっと小規模に、的を集中的に狙うね。大事にせず、ひっそりとね。」山中猛は鞘から刀を抜いた。

「けど俺は忍じゃあない。戦いはもっとダイナミックにする!」

 山中猛が地を蹴ったのと同時に、煙玉を地面に投げつけた。父親の腕からするりと抜け、銀ちゃんの手を掴んで更に煙玉を地面に投げ、そして父親の足元にも煙玉を投げつけた。いくら煙に目が慣れてるといっても、目の前に煙玉が投げられれば視界も見えなくなるだろう。わたしは煙玉の視界に慣れているので、山中猛の脇を抜け、煙の中から外へ出た。

「ゲボォ!ゲホッゲホッ!なにすんじゃボケェェくるっゲボォォォ!」
「とりあえず、真選組のところに行こう!報告すればいくらかの対処もしてくれるはずだし、向こうも動けなくなるはずだから、」

 息が切れ、銀ちゃんの手を離した。銀ちゃんは離された手を首に向けて、傷を覆う。血を拭い、自分の服で手を拭いた。白い着流しに赤い血が付く。

「早く、行こうか」