神様の決め事 | ナノ


「パレード?」
「まあ言ってしまえば祭りだな。天狗星の王子の生誕を祝うパレードだ。色々な出し物がでるぞ!それに天人と幕府が関係している以上、攘夷志士がテロを起こす危険性も高い」
「へえ…ということは王子様の護衛をするの?」
「いや、街中のティッシュペーパー配りに、肝試しのオバケ役、護身術伝授、カレーを作ったりする。」
「護衛関係なくね?」
「とっつぁん直々の命といっちゃ、断るにも断れないだろ」

 季節は涼しくなるどころか暑さが増していっている。局長、副長、総悟、山崎、わたし、で、ある部屋に集まっていた。わたしが涼んでいたら、局長がやってきて、次に総悟がやってきて、山崎、その山崎を追ってきた副長の順にこの部屋に腰を下ろした。

「配役とかはどうするの?」
「一日二隊ずつ巡回させる。近藤さん、俺、名字は巡回はしねえが代わりに組み立てられたメニューはきっちり行う。監察はつねに見回りだ。攘夷志士が紛れ込んでたりしたらそれを連絡してもらうからな。」
「なーんかめんどくさいなあ」
「でも、花火大会とかあるみたいだよ、いろんなイベントがあるみたいだし。」

 隣にいた山崎はボードに付けた紙を捲り、一日目の内容に目を通した。わたしは山崎の方に身を傾けて一緒に内容を把握する。一日目は一番隊と五番隊が見張りをするようだ。監察の山崎はかぶき町の外で見張りをするらしい。わたしの一日目はパレードの護衛、ティッシュ配り、局長の演説の護衛、とりあえず護衛とティッシュ配りをすればいいようだ。
 病み上がりのわたしを配慮してくれない内容だが文句は言えない。なんせとっつぁんが深く関わっているのだ。いつもの巡回とは違う。なんとか言い訳をつけて面倒くさいやつはやりたくないのだが…。休憩の合間を縫って銀ちゃん達のところにお邪魔させてもらおうと思ったが、びっちりと組まれたスケジュールなのでそれも無理だろう。
 銀ちゃんとは紅桜の件以来、一度も顔を合わせていない。行こうとしたところで副長に見つかり、無理矢理一緒に巡回をさせられたのだ。そして強制的にイベントへ駆り出される。億劫な話だ。

「おい名前、てめーぜってえサボるんじゃねえぞ。俺がサボれなくなるからなァ。」
「おーい総悟聞こえてんぞ」
「ま、でも病み上がりってことは配慮して扱ってくれるわけでしょ?やれって言われちゃやるけどさ…」
「そうだな、名前は先日まで高熱出して寝込んでたんだし、パレードと演説は無しにするか。」
「本当!?局長大好き!」

 え、ほんとですか、いいなあ。あ、でも病み上がりだもんね。と、山崎はいいながら、わたしの名前と役割に線を入れた。副長の溜め息を聞きながらわたしは満足気に笑う。局長も山崎もわたしに甘いことを副長も総悟も自分もよく知っている。
 
「それじゃあ行くか。」

 刀を腰に差しながら局長が立ちあがった。わたし達もそれにつられるように立ち上がる。




 幕府主催ということもあってなのか、町は賑わっていた。屋台がたくさん出ているところもあれば、太鼓の演奏や三味線の演奏など、この間総悟といった祭りとあまり変わっていないような気がする。そんなことを総悟に言おうと思ったけど、彼は生憎巡回組だ。隣の副長は煙草を吹かしながら、「ったく、なんで俺らがこんなことを」と愚痴を漏らしていた。
 パレードが終わるまでテントの中で休んでろな。と瞳孔を開かせた副長は、局長と一緒に楽器置き場へと向かう。当然だけど、わたしが住んでいたところにはパレードなんてものはなかったし、見たこともなかった。護衛でもすればよかったかも、なんてちょっと後悔している。

「はい、どうぞ。」
「あっ、ありがとうございます。」

 係員の人から冷たい麦茶を渡され、喉の渇きを癒そうと一気に飲み干した。係員の人はわたしの手首の包帯が気になったのか、包帯を指差しながら、その包帯はどうしたんですか、と訊いてきた。ちょっくら戦闘でね、と言うと、真選組ですもんねえ、と細い目が更に細められた。
 パレードは五分後に開始されるので、楽器を持った人や、踊り子の格好をしている人の表情は楽しさと緊張とか入り混じったようだ。幕府が運営しているんだから、天人がいたっておかしくはない。やっぱり隊の中には天人が所々いた。

「パレードって何分間やるんですか?」
「一時間半、くらいですかね…どうしてです?」
「……ちょっとトイレに」
「トイレなら左に行って右を曲がってまっすぐ行けばありますよ」
「どうも、それじゃあパレード終わるまでには帰ってきますんで」
「当たり前でしょうに」

 まあ、そうだ、当たり前だ。係員に言われた通り、左へ行き右に曲がり、更に右に曲がる。万事屋に行く近道だ。
 鼻歌を歌いながら石を蹴り飛ばし、弾む足取りで左へ曲がる。小道から出て、目の前にはスナックお登勢と掲げられた看板の上の、万事屋銀ちゃんの看板に目をやった。
 万事屋銀ちゃんへ続く階段を上がり、玄関の前にやってきてインターホンを押そうと人差し指を上げた瞬間だった。ガラリと開けられた玄関のドアと、わたしを見て驚く銀ちゃんの姿が目に映る。

「よっす、銀ちゃん!怪我の具合どう?わたしもあれから二日間寝込んじゃってさ、あっ!?」

 銀ちゃんがわたしの手首を強く握り、階段を一気に駆け降りる。銀ちゃんの名前を叫んでも、振り返らず、ただ前を向いて足を動かしている。しばらく行ったところで、銀ちゃんは足を止めた。いきなりのことだったので背中にぶつかって足を緩めながらも、しっかりの銀ちゃんの名前を口に出す。

「銀ちゃん、どうしたの?」
「お前、誰かに追われてんのか」
「……え?」
「…今、黒いマントの男がうちに来てる。名前、てめーのこと探しに遥々かぶき町まで来たらしいぜ」
「……黒いマントって…、お登勢さんところに来た人かなあ…」

 なんでわたしを探しに?だってお登勢さんのところで一度接触してるのに。
 銀ちゃんはベンチに座り、わたしも隣に腰を下ろした。「今来てるんなら、万事屋行こうかな…その方が早いよね。」「早いっておま……」
 心配してくれているのならありがたいし嬉しいことだ。「それよりさ、」

「怪我の具合は大丈夫なの?ほっぺにカーゼつけてるけど。」

 銀ちゃんの頬のカーゼを突っつく。痛いのか顔を歪ませたのが面白くて、痛いであろう箇所を集中的に突っついていると、怪我をした手首が掴まれた。「人の心配するより、まず自分の心配しろよ」頭がペチンと叩かれた。

「てめーが行くってんなら無理には止めねえけどな、あのマントの男、相当やばい雰囲気だぜ。」
「昔の友人かな…?心当たりないけど…」

 父の友人ならわたしも少しだけ知っている。話したこともあるし、一緒にご飯を作って食べたこともある。一緒に仕事もしたことがある。でもそんな人って、片手で数えられるから友人とはちょっと違うのかもしれない。友人はどれも明るい人ばかりだった。あんな雰囲気、出さない。仕事以外で。……それじゃあ仕事で?

「どうせ俺が隣にいるから、あんまり気ィ張って会わなくていいからな。手首がその様子じゃ足首もだろ?いざとなったら、」
「名前?」

 わたしと銀ちゃんは一斉に顔を右に向ける。「げえっ」そこには沖田総悟がいた。

「……や、やあ、総悟くん。」
「…………テメー…なにサボってやがんでィ」
「サボってるわけじゃないよ!?ただ、あれだよ、デ、デート的な!?」
「そうそう、デート的な何かだ総一郎くん。だからお前はおうちに帰りなさい!」
「残念ですがねィ旦那。こちとらサボりでぷらぷらしてるわけじゃねーんですよ。おい名前、パレードのガードしなくていいからってサボれとは言われてねえだろ」
「どうしたの総悟、真面目になって…」
「てめーがサボってっと、俺がサボれねえじゃねえかあああ!」
「やっぱりサボりだったんかいいいい!!」

 わたしの隣にドスンと座った総悟は、あーやってらんねえ、と愚痴を漏らしながら、ポケットに潜めていたアイマスクを付ける。やってらんねえよな、まじで。と銀ちゃんも頭をガシガシと掻いた。
 何故そのマントの人はわたしを探しているのか。確かに、父の友人も何人か生きているし、ありえないわけではない。「名前、言わなかったの?」「言ってねえし聞いてねえ」「つかえねーな」「………。」


「名前、いい加減戻りなせェ。そして俺は寝る。」
「…そうだね、そうしようかな。」
「……探るのか?」

 銀ちゃんが言った。それに総悟も反応したのか、ピクリと肩を動かした。

「四日後までには見つけろ言われたんだ。それまでには決めとけよ。」
「……うん。」
「何があっても、俺はお前を護ってやるから安心しとけ」
「旦那ァ、あんたら、いつからそんな関係になったんでィ。こりゃ土方さんに報告だ。」
「総一郎くんはうるさいね、いいだろうが別に。あ、もしかしてェ〜羨ましいとか?ぷぷぷ」
「…斬る」
「ちょっ、ままままっ、ま、タンマ!」

 探るっていったって、相手の素性らの情報が入ってくることはない。一から調べて行くか…。
 心の中では、嫌な予感がしていた。銀ちゃんがやばいというほどの奴なんだから、実力は文句のつけようがない、と決めていいだろう。自分の姿や顔を相手に見せないところから、どうも忍者のにおいがしてならない。それか殺し屋だったり、あまり自分の顔を見られてはいけない仕事をしているんだろう。会った時は夜じゃない、日が照らしている時間帯だ。
 いきなり頭に手が置かれ、それが銀ちゃんのだということに気付くのは数秒経った後だった。

「護ってくれたように、俺もお前を護る。借りは返すぜ」
「護るって、護ったことあったっけ?」
「紅桜の件で、似蔵に殺されかけた時、名前が斬りかからなきゃ俺も新八もやられてた。」
「あんなん…」
「…よし、じゃあ俺は一応言ったからな。決まったら万事屋に来いよ。」

 わたしの頭に体重をかけた銀ちゃんはのろのろとしまりのない歩きで帰って行った。ベンチに座るわたしと総悟はその後ろ姿を見守っていた。
 銀ちゃんも仕事で、お金も貰っているんだろうから、見逃せないんだろうなあ、と思っていると、総悟の頭が肩に乗った。

「枕」

 短い一言。総悟は目を瞑る。遠くでパレードの音がした。