夢を見た。優しい母親と厳しい父親と一緒に食事をしている夢だった。二人ともすごく幸せそうに笑っていて、これも食べなさい、あれも食べなさいと天ぷらや湯豆腐を勧めてくれる。わたしはそれがすごく嬉しくて、箸を向けて食べる。育ち盛りだもんなあ、と父親は口を三日月にしながら言うのだ。わたしの姿は19歳。育ち盛りっていう歳でもないけれど、それに頷く。母親はこんなに大きくなったのにまだ育つの?と訊いてくる。それにも頷いた。天ぷらに湯豆腐は母親の作る料理の中で一番美味しい料理だった。「美味しいか?」「うん」「よかった、作り甲斐があるわ」「うん」 親と一緒に過ごした時間は短いけれど、長い。一応、幸せな家庭だったのかもしれない。早くにして母親が亡くなり、それからの父親は少しずつ変わっていった。仕事の量も増えていった。変な術まで開発していた。母親が生きている時は家に来る人なんてあまりいなかったのに、亡くなってからは多くなった。男も女もどちらも。 忍として、父親の名を汚さぬよう、この手を血で赤く染めてきた。人も殺してきた。わたしが病弱だったら、忍なんてしなくたってよかったのかもしれない。母親のように病弱だったら、よかったのに。 父親の又兵衛はとても優秀な忍で、幕府に手を貸していた。父親の腕は確かに驚くほどのものだった。噂通りの忍だった。わたしはその父親の名で「潜在能力のある今後期待される忍」として称された。父親は嬉しかったみたいだけど、わたしはちっとも嬉しくなかった。とっつぁんだけは、わたしの忍の能力を、父親関係無しに称してくれたけれど。 お前はどうして忍をするのか?それは俺の子供だからだ。力を付けろ。何にでも耐えられるような力を付けろ。そして最後に俺の命令を聞け。 その最後の命令っていうのが、俺の仇をとれ、という命令だったのだろう。 目を開ければ真選組の自室の天井だった。辺りは暗く、蝋燭の光だけがぼやぼやと揺れている。しばらく天井を見上げていると、手首の痛みと足首の痛みがじわじわと湧いてきた。そういえば手首も撃たれたんだっけ。大きく息を吐いて、手を天井にかざす。 「あ、名前ちゃん」 右に顔を向けると、タオルをかけてある桶を持った山崎が部屋に入ってきた。「熱がひどくって二日も寝てて…あ、身体ダルくない?」「…うん」体を起こすと、慌ててわたしの肩に手を置いた山崎は、まだ寝てなよ、と無理矢理布団に寝かせた。 「まだ起きたばっかりなんだし、もうちょっと大人しくしてないとね。」 「……ああ、そっか。二日間寝てたんだっけ。」 「局長も副長も、あの沖田隊長も心配してるんだから、早く元気な姿見せなきゃ」 「そう…だね、ありがとう山崎。ずっと看病してくれてたんでしょ?」 「え?あ…いや、日中はほとんど副長が…」 「え?副長が?」 驚いた。こういうことに不慣れそうな副長が、まさか看病してくれていたとは。「お礼、言わなきゃ。」口が勝手に動き、ぽつりと呟く。山崎はそうだね、と水を含ませたタオルを絞った。「お腹空いたかも」「じゃあお粥でも作ってくるかな…」「たまご粥がいい」「了解しました名字補佐」額に置かれたタオルはとても冷たくて気持ちが良い。立ち上がった山崎は部屋を出た。 あの後、気を失ったんだ。それから二日寝たらしい。銀ちゃんは逃げ切れただろうか。山崎が何も言ってこないから、おそらく無事なんだろう。桂もきっと逃げている。 静寂の夜、時折、どこかでゴソゴソと小さい何かが動く音が聞こえる。鼠でも下にいるのだろう。一日あの船にいただけなのに、こんなに屯所の光景が懐かしいと思うとは。居心地の良いところだ。まるでわたしの家みたいに、落ち着く。 「起きたか?」 「あっ、副長」 着流しを着た副長が部屋の隅に顔を覗かせた。煙は出ていないが煙草を銜えているので、一服しようとしていたのだろう。枕元に胡坐を掻き、タオルに手を乗せた。「熱はねえみてえだな」「副長のおかげですね。」意地悪の声調で言えば、ぽろりと煙草を落とした副長は口をわなわなと動かした。 「どこでそれをっ」 「山崎から聞きましたよ〜ずっと看病してくれてたんですってね。」 「いや、おま、それは、一応お前が部下だからであって…」 「はいはいわかりました十分わかりましたから〜」 「わかってねえだろ!それ全然わかってねえよ!」 「あれ、副長起きてたんですか」 湯気の立つ粥を持ってきた山崎は副長の姿を見て声を上げる。「おう」と短く返事した副長は粥に目を向けた。「はい、たまご粥。熱いから気を付けてくださいね。」「はいどうも〜久々のご飯だわ…」ちゃんとしたたまご粥がやってきた。起き上がり額のタオルを膝に乗せ、たまご粥を乗せる。蓮華に掬い、息を吹きかけてから口に含む。 「わっ、美味しい。山崎料理うまいじゃん!」 「そ、そうかな。照れるなあ」 「いつもあんパンと牛乳しか食べないのによく作れたな〜褒めてつかわす」 「そりゃどーも。………、それじゃ、俺寝るから、食べ終わったら枕元に置いてくれれば朝片付けるから…じゃあおやすみなさい、副長、名前ちゃん」 「うん、おやすみ柿崎。」 「柿崎じゃねーよ」 食べる姿をじっと見つめられる。副長は煙草を持ってわたしのことを射抜くように見ている。なんとも、食べにくい。蓮華を置いて、たまご粥と副長を交互に見た。 「あの…食べにくいんですけど」 「なあ……」 「はい?」 「マヨネーズいらねえのか?たまご粥っていっちゃあ、マヨネーズだろ」 「マヨネーズ粥にするつもりか。いやゲロ粥か。ほんと勘弁、考えただけで吐く。」 「てめえ…人が親切に勧めてんのにそれか…」 「副長の舌は信用ならねえんで。それに十分美味しいですからね。」 なんだ、マヨネーズのことかよ。一向に冷めないたまご粥はとても美味しい、世辞じゃなく、本当に。「…悪かった。」「…え?」蓮華を銜えたまま副長を見る。目を伏せている副長は、イケメンに部類されるもので、世辞じゃなく、本当に。 「俺が悪かった。」 話が見えてこないわたしは頭にクエスチョンマークを浮かべながら副長の言葉の理由を考える。高杉のことなら、わたしが悪いはずだし副長が謝ることはない。それじゃあ、なんだろうか。思い当たるものもない。「な、なにが…」「俺のミスだ」だからなにが! 「俺がもっと気を付けてればお前が高杉のいる船へ潜入させることもなかった。それに、怪我もさせることもなかった。全部俺の、ミスだ。あの時、お前が屯所を出る前事前に言わなかった俺が悪い。本当に申し訳ねえと思ってる。」 副長、らしくない。手首に巻かれている包帯は、うまく巻かれているとはいえない。特別下手でもないが、上手くもない。きっと副長が巻いてくれたのだろう。ああやって自分のミスだと思いながら。 「…やめてくださいよ。実はわたし、前から高杉と接触があったんです。でも顔を知らなくて…、こういう結果になったんです。副長のせいじゃありません。この怪我も自分が劣っていたから、手首にも足首にも、怪我を負ったんです。捕まえることもできなかったんです。副長のせいじゃないです。」 「…接触があった?」 「今回、紅桜っていう、まあ、すごい刀があって、色々ごたごたに巻き込まれ…っていうか……それで高杉の船を見つけて……」 父親が高杉に宛てた手紙を見て、 「はあ。そうか。テメーにも落ち度があったってわけか。」 「まあね」 「…最初から高杉の顔も見せておけばこんなことにはならなかったってわけだな。」 「いや副長、もう自分自身を責めるのやめてください。わたしがいけなかったんです。」 「いや俺が」 「いやいやわたしが」 「いやいやいやいや俺が」 「うっせええええ!!」 「ブフォ!」 顎にアッパーを入れ、だから!と声を上げる。「わたしが弱かったからです!」 でも、今回の件で確かなことを知ることができた。大切な人達の為に、わたしはここにいる。だからわたしは刀を握る。だからわたしは笑えている。目の前にいる副長も、ゴリラも、ドS王子も、ミントンも、甘党銀髪も、地味眼鏡も、チャイナ娘も、真選組の隊士たちも、とっつぁんも、厚化粧ババアも、猫耳ドロボーも、みんな、大切な人。 「ふざけんじゃねーテメェ殴りやがって刀抜けェ!」 「泣きべそかいてもしらねーぞマヨラー!」 「その言葉そっくりそのまま返してやる…!」 「表でろォ!」 木刀を持って庭に出る。片方を副長に渡し、睨み合い、鞘から抜かずに振りかざした。「死ね土方ぁぁぁ!」わたしの声が屯所に響く。ドタドタと走る音がして、横にはたくさんのギャラリーがいる。「名前さん!」「名字補佐ァァ!」「名前ちゃんん!」「名前ちゃんんんん!!!」一番の大声を出したのは局長ゴリラだった。「心配したんだぞぉぉぉ!」わたしと副長の斬り合いなんかお構いなしに走ってわたしを抱きしめた。「くせえ」「おうおうおう名前、やっと目ェ覚ましたか。」総悟が腰に手をやって近付いてきた。なんだよ、わたしが二日いなかっただけで、二日寝ていただけで、皆はこんなに泣いてるか。ほんと、かっこ悪い奴ら。 「ただいま!」 |