神様の決め事 | ナノ


 真選組の朝は早い。それはもう驚いてしまうほどに早い。そして寝坊大好きなわたしにとってこれほどつらいものはなく、そして毎朝毎朝起こしにくる人物が本当につらすぎるのであった。

「名字起きろ。」

 女の部屋だというのにこの副長、関係なしに入ってきて布団を剥がしにやってくる。おいおい裸だったらどうすんだよ。例えばわたしが誰かと寝ていて、副長が起こしにやってきて布団を剥がしたら二人の男女はすっ裸で寝ていたら…などという妄想を副長にぶつけてやろうかとも思ったが、実際この副長が来ないと毎日寝坊してしまうため文句はいえない。今日も眠たい目を擦って起こされる副長に「おはようございます」と挨拶をした。すでに制服に着替えている副長はわたしの制服を取り出して顔に投げつける。「顔洗えよ。」とポケットから煙草とマヨネーズ型とライターを出して部屋を出た。眠たいわたしは上半身を起こしたまま、再び寝に就いた。「おいィィィ」

 今日は総悟と町の巡回をする仕事。しかし巡回をするといってもいつものおさぼりコースになってしまうのは自然的な現象である。二度副長に起こされ朝食を取り、総悟もわたしものんびりと支度をして屯所を出た。二人ともこうして車を使わずに徒歩で移動するということはいつものサボりスペースへ行くということであり、仕事はまったくせずに時間がくるのをただ寝て待つだけという合図でもあった。

「あっ!」
「ん?」
「やっばい銀ちゃんに渡すものあったんだった…総悟先に行ってていいよ!わたし銀ちゃんとこ行ってくるから!」
「朝から一発ぶち込むなよ〜」
「死んでくれ。じゃあまたあとでね!」

 総悟とわたしは互いに背を向け歩いていく。渡すもの、というのは近所のおばさんからもらったファミレスのパフェ無料券二枚。期限は明日までで、銀ちゃんは今日と明日の二日に渡ってパフェが食べられるという、最高の紙っぺらだ。わたしもパフェが大好きであるが、銀ちゃんがこの券を嬉しそうに受け取るところを想像すればそれだけでお腹いっぱいになるから問題ない。軽やかなスキップで万事屋銀ちゃんまでやってきて、ドアを叩いた。が、出ない。もう一度ドアを叩くが、やはり出ない。なんだよだったら総悟と途中まで昼寝しておけばよかったと後悔した。

「あれ?名前さんおはようございます。」
「あ、新八くんおはよう。あの、銀ちゃん呼んでもらえる?」
「アレ起きてません?またかよ。すみませんちょっと待ってもら」
「ピッキングしていい?」
「えっピッキングって仮にもあんた警察なんですから犯罪になるようなことは」
「開いちゃった」
「おいイィィ何やってんだァァ!」

 だって父に教わったんだもんピッキングの方法。しかもオンボロな家だからこの形の鍵穴なら一発で開いてしまう。確かに警察がなにやってるんだと言われても仕方のないことだ。
 家に入って勢いよく襖を開け、そして銀ちゃんに向かって「おはよう!!」と叫ぶと、目を丸くした銀ちゃんは跳び上がって起きてわたしを見上げた。ニッコリ笑うと、苦笑いの銀ちゃんは「何か用?」と嫌なものを見るようにわたしを見る。「いいもの持ってきたよ。」「いいもん?どれ、銀ちゃんに見せてみなさい。」「これだ!」目の前に出したのはパフェ無料券。半目の銀ちゃんは状況が読めてきたらしく目を大きくして「名前ちゃんんん!」と声を力ませて立ち上がる。そして券を持っている手を握り、「ありがとう」と貰う気満々で口角を上げた。

「どう?いいものでしょ?」
「何どうしたのこれどうしてくれるのくれるんだよな?ありがとう名前やっぱ俺が見込んだ女だけのことはある。……ってえ?なんで家にいるの?昨日鍵閉め忘れたっけ?」
「一日限りで明日までだから、どうぞ二日間存分にパフェ一杯のみ楽しんでください。」
「…あんがとよ。おーい新八ーちょっくらパフェ食ってくらァ。神楽の世話てきとーによろしくな。」
「エエエエエ僕も行きたいです」
「わりーな、先客がいるんだ。」

 ポン、と肩に手を置かれ、上を見上げると微笑んでいる銀ちゃんがいた。すごく嬉しいらしい。わたしも嬉しくなってつられて微笑むと、着替えてくるから座ってろという指示を受けた。お茶を用意してくれた新八のお茶をいただきながら銀ちゃんの着替えを待って、お茶を飲み終える頃には準備万端で仁王立ちをしている銀ちゃんは、周りに花が咲いていた。「んじゃ行くか。」



 朝のファミレスはとても静かでソファに座っているお客さんも少ない。窓側に腰を下ろしたわたし達は互いにメニューを開きどのパフェを食べるかで悩んでいた。ぶつぶつと呟いている銀ちゃんと真剣にどのパフェを食べるかで悩むわたし、店員さんがたまにわたし達を見怖がっていた。

「しかしお前ほんと気前いいな。」
「ご近所付き合いがいいもんでしてね。近所のおばさんに貰ったんだー嬉しいか嬉しいだろそうか嬉しいか。」
「ここんとこ甘いもんお預けだったから色々とキてたんだよ…。……どうだ、仕事。」
「え?仕事?まあぼちぼちやってるかなあ。仕事っていっても書類書いたり町巡回したり…攘夷志士も最近大人しいみたいだし。まあそろそろ動き始める気もするけどね。」
「あ。おねーさんイチゴゴージャスアームストロングパフェひとつ」
「どうしてかな、すごくタコ殴りしたい。」

 わたしが江戸にやってきて三年が過ぎようとしている。実際真選組に入ったのは最近のことで、ほとんどの日にちはとっつぁんの家で過ごしながら剣術修行に明け暮れていた。そして修業に明け暮れている日々に出会ったのが銀ちゃんで、川に落ちた母の形見を探している最中に手を差し伸べてくれた。初回無料サービスとして、また次回なんか依頼頼むわと渡された名刺は今も大事に取って置いてある。こうしてたまに「暇なとき」として二人で出掛けたりもする。

「しっかしあのマヨラーの補佐するなんて考えらんねーな…」
「確かに副長補佐大変だね。よく仕事押し付けられるし。」
「だから銀さんのとここいっていってるでしょ」
「そりゃムリだよとっつぁんのお礼もあるし、真選組にいたら、まあ、仇も取れるわけだしさ。一石二鳥ってところかな。」
「…クビになったら雇ってやるよ。」
「じゃあ給料くれよな。」
「それは保障できません。まったくまだまだお子ちゃまな名前ちゃんにお給料なんざもったいなくてあげれません!」
「じゃあ一生万事屋にはいかないなあ!」

 こうして笑いながら過ごすのもまたよきかな。父がよく言っていた言葉だ。真選組の仕事も嫌いではないし、いざという時とっつぁんに忍として動かされることだってある。真選組がクビになった時、忍として父のように生きていこうかとも考えたこともある。「お待たせいたしました。」銀ちゃんのイチゴゴージャスアームストロングパフェが目の前に出され、わたしも頼まなきゃとハッとした。銀ちゃんが二枚使ってくれるように差し出した券も、わたしのパフェを頼むことによって無くなってしまう。でも銀ちゃんの好意だし、首を横に振るのは失礼だと思うので、銀ちゃんと同じパフェを頼んだ。嬉しそうに頬張る銀ちゃんを見て自然の頬が緩んだ。