神様の決め事 | ナノ


「俺はお前が嫌いだ。昔も今もな。だが仲間だと思っている。昔も今もだ。いつから違った、俺達の道は」


 何を言ってやがる。確かに俺たちは始まりこそ同じ場所だったかもしれねェ。だがあの頃から俺たちは同じ場所など見ちゃいめー。どいつもこいつも好き勝手。てんでバラバラの方角を見て生きていたじゃねーか。俺はあの頃と何も変わっちゃいねー。俺の見ているモンはあの頃と何も変わっちゃいねー。俺は、
 ヅラぁ、俺はな、てめーらが国のためだァ仲間のためだァ剣を取った時も、そんなもんどうでもよかったのさ。考えてもみろ。その握った剣、コイツの使い方を俺達に教えてくれたのは誰だ?俺たちに武士の道、生きる術、それらを教えてくれたのは誰だ?俺達に生きる世界を与えてくれたのは、まぎれもねェ。
 松陽先生だ。
 なのにこの世界は俺達からあの人を奪った。だったら俺達はこの世界に喧嘩を売るしかあるめェ。あの人を奪ったこの世界をブッ潰すしかあるめーよ。
 なァ ヅラ。お前はこの世界で何を思って生きる?俺達か先生を奪ったこの世界をどうして享受しのうのうと生きていける?俺は、そいつが腹立たしくてならねェ。


 寂しがり屋さんなのか、それとも独占欲の強い性格なのか、それとも意外に律儀なのか。
 そばでは新八をはじめとする声が聞こえる。刀が交る音も聞こえる。銀さんと叫ぶ声も聞こえる。戦っているのだ。ここにいる者すべて、戦っているのだ。何かの為に戦っているのだ。
 銀ちゃん達は、戦っている。

「キヒヒ、桂だァ。ホントに桂だァ〜」
「引っこんでいろアレは俺の獲物だ」
「天人!?」

 振り返って声のする方へ顔を上げると、猿と豚がいた。どこかで読んだことのある物語の登場人物に似ている姿の天人。どうやら桂を狙っているらしい。高杉は天人と手を組んだ。

「高杉ィィ!!」
「言ったはずだ。俺ァただ壊すだけだ。この腐った世界を」

「腐った、世界か。」

 立ち上がる。高杉も桂も、天人もわたしのことを見ている。高杉に思い切り踏まれた傷なんて、もう痛くは無い。痛みを通り越したんだろう。聞こえてくる爆発音、刀の交える音、叫び、嘆き。
 聞こえてくるのはそれだけじゃない。みんなの、笑い声。

「その腐った世界を必死に生きる者もいる。その世界を守りたいと思う者もいる。壊す者がいるのなら、守る者がいる。壊されるものはとても脆いだろうけど、それを必死で守る者がいる。」

 猿の首を跳ね、返り血が服にべったりとついた。崩れ落ちる猿の胴体をみた豚は、一瞬悲鳴を上げてわたしから距離を置いた。わたしの速さに目が追いつけなかった豚は腰を抜かして武器を盾として使う。「武器の使い方間違ってるよ。」刀で風を斬って、豚の腹に刀身を深く深く突き刺した。
 肩を揺らして笑う者が一人。そしてわたしを驚いた顔で見つめる者が一人。壊す者と、もう一人はなんだろうね。

「名前、おめェ、一体どちらの味方だァ?」
「正義の味方だ!」

 わたしが飛びかかるとでも思ったのだろう。腰をかけていた高杉はわたしを鋭く睨み、腰を浮かせた。しかしわたしは高杉と真逆の方向へ足を向ける。行き先は、銀ちゃんの元。紅桜を相手にして怪我をしていないわけがない。「どこへ行く!」桂の声が聞こえるが、聞こえていないふりをした。
 大切なものを守る者、かけがえのない者を壊す者、脆い世界を壊す者、脆い世界を守る者。どれも武器を持って、必死で戦う。お互いのなにかを守るために戦う。壊し、壊され、守り、守られ。
 浪士達をかわし、銀ちゃんを探す。側に新八も神楽ちゃんもいるから心配はなさそうだが、一応といったケースもある。


「銀ちゃん!みんな!」
「!」

 側には似蔵の姿と、声の大きいあの鍛冶屋。やはり、繋がっていたか。どちらも、動かない。おそらく、だろう。

「大丈夫、じゃないよね。」
「名前、」
「…おねーさん、お兄さんをここに残すつもり?どうする?お兄さんを担ぐか、銀ちゃんを担ぐか。」
「…兄上は、」
「こんなところに亡骸置いていくなんて、ひっどい話だねェ。攘夷浪士に加担していたとはいえ、…わかってるんでしょう?兄との最後の触れあいなんだ、手を繋いでてあげなよ。自然と重く感じないだろうしさ。…ほら銀ちゃん立て!」
「元気そうでなにより…でもないみたいだけど…」
「…よかった、銀ちゃんが無事で」
「……そりゃ俺の台詞だっつの」

 銀ちゃんの腕を掴んで無理矢理立たせると、イテテの弱音を吐いた銀ちゃんの頬を思い切り叩いてやった。青筋を立てた銀ちゃんは叩かれた頬を撫でながら、鍛冶屋のおねえさんに、わたしを指差しながらこいつと変わってくれと言ったので指を折ってやった。
 「行こうか」声をかけた。皆はわたしの方に振り向いて頷く。皆の顔を、久々にみた気がする。
 銀色の篝火にとまっているわたしは今、すごく、あたたかくなっている。誰かを助けるって、こういうことなのだろう。大切なもののために刀を振るうということは、こういうことなのだ。

 父のためだけに刀を振るう?違う。大切なもののために、刀を振るうんだ。皆の笑顔を守るために、皆が幸せだと思える瞬間のために、父のために。そうだ、そうなんだ。なにより、自分のために。皆の笑顔がみたいから、父との約束を守るために、すべて自分のためのこと。

「銀ちゃん、ありがとう。」
「あ?あれ俺なんかやったっけ?お礼されるようなことしたっけ?」
「そばにいてくれて、ありがとう。」
「………なんかよくわかんねーけどよ、お前がそういうなら、ずっといてやるよ」

 「おーう邪魔だ邪魔だァァ!!万事屋銀ちゃんがお通りでェェェェ!!」頼もしくなったな、新八も神楽ちゃんも。また一つ成長だ。それに、わたしも。
 「あっ…あれは!間違いないあの時の侍…」ドシャ、という効果音と共に現れたのは桂だ。そして天人に囲まれる。銀ちゃんと桂が会話したあと、ふっと、桂の服が肩に当たった。

「うわあ…攘夷浪士と共同戦線とは…真選組ともあろう者が…。副長にドヤされるよぉ…。」
「生きるためだっつっとけ」
「桂さん!ご指示を!!」
「退くぞ」
「えっ!」
「紅桜には殲滅した。もうこの船に用はない。うしろに船が来ている、急げ。…娘、お前もだ。」
「ちょ、わたしのこと?」

 させるか、と迫ってくる天人に刀を振り下ろし、振り上げたのは銀ちゃんと桂。退路は守るからいけ、という二人の指示に新八と神楽ちゃんは立ち止るも、アヒルが二人を担いで走って行く。

「名前、お前もだ!」

 銀ちゃんの声が上がる。一歩、二歩、三歩。そして銀ちゃん達に背を向け、徐々に走るスペースを早くしていく。「アヒル!早く!」だまれ真選組と書かれた板を出すアヒルと喧嘩している暇はない。側には桂の仲間達の船が来ていて、わたしの姿を見るたびに目を丸くさせた。
 新八と神楽ちゃんが船に乗るのを確認し、立ち止る。瓦礫に片足を乗せて、体を左右に捻り、膝の埃を叩いた。

「名前さん、早くこっちへ来てください!」
「はあ?ふざけてんの?攘夷浪士の船に乗る真選組がいると思ってんの?」
「なに言ってるネ!銀ちゃん達だって何か作戦があって残ってるヨ、だから名前も一旦船に乗り込んで、」
「あのね、こうして桂達を見逃してるだけでもたまらんものがあるんですよ。だから、敵の船を頼って乗るなんてわたしは絶対にしない。二人が無事ならそれでいいから。それにわたしだって作戦あるんだからね。ほら、行った行った!」
「名前!」
「名前さん!」

 作戦なんてない。真選組との連絡手段は途絶えてしまったんだし、わたしはここで死ぬか、海に飛び降りるか、しか選択肢はない。どうにかなるだろう、など心の隅では思っているけど、そのどうにかなるは嫌な方向にしか向いてこない。父の仇も取れずに死んでいくのか。それも、いいかもしれない。遠くなっていく二人の声に、目を瞑った。そして、開ける。すっきりとした視界になった。
 さて、最後の仕事だ。


「さあさあさあ!真選組がお通りだ!」

 振り返る銀髪と黒髪。先には高杉。二人の行動は見てとれた、逃げる気だ。しかしわたしの登場に驚いたのか手すりに足をかけたままこちらを向いていた。天人がわたしをじろじろと見る。「名前、お前何してんだ!」手すりから足をどかした銀ちゃんに近づき、桂の尻を蹴ろうと足を上げる。

「せっかくの台詞が台無しになっちゃったけど、見逃してあげるから許してね!」

 思い切り桂の尻を蹴った。空中に飛ぶ桂。そして銀ちゃんの尻の方へ足を上げる。

「…こい。」
「攘夷浪士の手は借りない。」
「ふざけてんのか、死ぬかもしんねーぞ、」
「大丈夫、死なないよ。わたしが死なないっていったら、死なないんだよ!」

 鈍い効果音と空中へダイブする銀ちゃん。見上げれば煙管を銜えている高杉。わたしも、高杉も、口角を上げる。「高杉さん!大砲が、使えません!」「こちらもです!」

「ああ、わたしがちょっくら手を加えてあげといたんだけど、失敗したみたいだなあ。壊れる予定はなかったんだけど、ごめんね?知識が乏しいもんで」
「高杉様、真選組です!港に真選組の姿があります!」
「!真選、組が…!」
「名字名前を逃がすな。捕えろ。」

 後ろへ下がり、港が見える方へ走った。港には真選組のメンツと車が。メガホンで高杉の名前を口にだす副長。「逃がすな!」パトカーが船に向かってやってくる。あそこに飛び乗れば帰れる!

「…名前。俺ァ、諦めねェ。待ってろ。」
「……また会う時までには、もっといい男になってなよ、高杉。」
「クク、あんたさんを俺色に染めてやればいいだけの話よ」
「あー、くさいくさい。」

 状況は不利。このまま戦えば結果は目に見えている。「次は牢屋でね。」懐からクナイと弦を出そうとしたが抜き取られていることを思い出し手を抜いた。どうやらわたしの跳躍が活躍する出番のようだ。しかしやはり、この距離から飛ぶっていうのは難しくて、でもそれをやるしかない。
 「名字!」「副長!」パトカーがこちらに向かってきた。運転席には副長、そして山崎が乗っている。「山崎、ちゃんと捕まえてよ!」「えっ…え!?」



「用意周到なこって。ルパンはお前は」
「ルパンじゃないヅラだ。あっ間違えた桂だ。伊達に真選組の追跡をかわしてきたわけではない。……しかしあの娘には借りができてしまった。遠回りではあったが、助けられたな。」
「ああ…だろうな。」
「掴めぬ目をしてるな。高杉のように。」
「いや、意外にそんなこともねーよ?あいつァただ自分の心を表に出すことが苦手なだけだろ。忍だったしな。でも、よく見りゃわかんだ。大砲も天人の船からしか出てねえ。こりゃ名前以外考えられねえよ。」
「ふっ、随分気にいってるようだな。」
「そんなんじゃねー」
「…しかし、まさか奴もコイツをまだ持っていたとはな…。始まりはみんな同じだった。なのに、随分と遠く離れてしまったものだな。銀時…お前も覚えているかコイツを」
「ああ。ラーメンこぼして捨てた」