神様の決め事 | ナノ


「………。」

 音は激しさを増していく。こりゃ完璧にこの船も危ないし、自分の命さえも危ういということになってきた。この部屋には何もないと思ったけれど、端っこにあった机の棚に包帯や傷薬などがあって、少しばかり医薬品のにおいも香ることから医務室として使われているのかもしれないと考えた。豊富な医療器具はないけれど、大量に怪我をした攘夷浪士が手当ての順番を待つ部屋として使われているとも考えられる。こんな場所に置くなら医務室へ運んでくれればよかったのに。
 足首の痛みは多少耐えよう。この部屋の外に見張りは一人。とりあえず逃げ道を探す事から始めよう。探しながら神楽ちゃんの元へ行けばいい。あの子はとても頼りになるからサポートしつつ、探した逃げ道で逃げればいい。自分の刀がどこにもなく、部屋中探しても、ひとつもない。とられたようだ。
 これから嫌ってほど痛みに耐える機会が増えるんだ、このくらいの怪我どうってことない。出入り口に近づき、一息をついて、口を固く結ぶ。

「ちょいとお兄さん、一体なんの騒ぎ?」
「桂の部下達が仇にと…ってオイ静かにしてろ。」
「ああ…あの桂を殺したからか…それで…へえ、そう。」

 ゴッ。鈍い音と一緒に見張りの男は倒れた理由は、わたしが男が腰に差していた刀の柄で頭を殴ったからである。

「ちょろいちょろい。さーて逃げ道はっと…」
「オイ!女が逃げたぞ!」
「げっ!」

 もう見つかってしまった。下手な戦闘は避けたい。しかし逃げ道は一本、それぞれの個々の部屋に入ったら逃げられなくなり戦闘を避けられない。懐に手を入れると、二つ煙玉と、携帯があった。
 携帯、そういえばずっと電源をオフにしていたような…。
 流れる冷や汗と向かってくる攘夷浪士。「ちょ、ま、ガード!ガードしてるから攻撃できない〜」「ガードは三秒しかもたん!」充分だ。煙玉を床に当てればもくもくと広がる煙。天井のパイプに手を伸ばし、飛んで、天井に張りつく。「しまった!」「逃げ道は一つしかない、まっすぐだ!」

「(バカめ)」

 足音が随分と離れていくのを確認し、再び床に着地して、攘夷浪士の後に続くように一本の道を走る。煙玉はあと一つ。携帯を取り出して、待ち受けを開いて電波を確認したら棒が一本しか立っていなかった。なんでだろう。空にいるわけじゃないんだし。でも早く連絡を取らねば。
 電源を入れ、まず着信の数に驚いた。メールの数よりも着信の数が驚くほどに、ヤバイ。着信158件の一番上にあった名前、マヨラー副長に電話を入れる。

「……名字テメエエエ!!切腹だ!!いままでなにをっ」
「それよりも副長、わたし、実は今高杉の船に潜伏してまして、っていうか捕まりまして!それでですね、応援を頼みたいのですよ!今桂と高杉が戦ってるさ中でしてですね、真選組一人じゃどうにもなりません!」
「ちょ、おま、こ、近藤さん!名字の野郎が高杉の船にっ」
「名前!!どこ行ってたのォォォ心配したんだからァァァ!!」
「ですから応援頼みたいんでっわあっ!」
「名前!?名前!!」
「おい近藤さん貸せ!名字だいじょっ」

 床に転がる携帯、そして踏まれ、わたしと対峙しているのは桂の方なのか高杉の方なのかわからない攘夷浪士に刀を振り下ろされた。元々二刀流のわたしだから、一本の刀を巧みに使うことが慣れていない。ぎりぎりと睨み合って、一瞬のうちに腰に差していた鞘で攘夷浪士の腹を殴る。崩れた浪士の腹を斬り、携帯を拾って会話が続いているか耳に当てるが、会話は切れていた。待ち受けも、黒い。…壊れてしまった。

 グラリ、船が揺れる。もしかして船が傾くのかもしれない。沈んで水死するものかと、必死に、急いで光の先へ走る。船の手すりに体を預けた瞬間、大きな爆発音が後ろで聞こえた。

「え……」

 爆発した。一秒でも遅かったらこの爆発に巻き込まれていただろう。盛り上がる攘夷浪士の声。紅桜が。おのれ桂。「え?桂?」

「え?とん、でる?」

 これってすごく、非情にまずい場面なんじゃないだろうか。いや、この船に乗った時点で非常にまずいんだけども。服で鼻と口を覆い、声の大きい方へ向かう。

「名前さん!?」
「!」

 新八の声に高杉、桂、神楽ちゃん、その他諸々が一斉にこちらに顔を向けた。奴らの顔は、なぜお前がここに、という顔だ。息を整える。先程の爆発のせいで心臓がドクドクいってるんだから。

「御用改めである!桂、高杉、大人しくお縄についてもらおう!」
「んなこと言ってる場合じゃねーんだよ!もう少し状況把握しろよ!」
「え?」

 新八の鋭い指摘、今この時点で、攘夷浪士を一気に敵につけてしまったのだ。ギロリと睨んでくる浪士達、口元を上げる高杉、ぽかんと口をあける神楽ちゃん。髪が短くなった桂。

「つーかなんで桂がいるの?死んだんじゃ…」
「い、いろいろあってな。」

「オイ、アレ」

 近付いてくる重い音、遥か遠くから、ひとつの点が見えた。その点を皆が見つめ、なんだあれはと噂する。「なんかこっちに」近付いてきた。その時にはもう、船は目の前にあり、こちらの船に突っ込んできた。「ひっ!」「おっと」バランスを崩した、と思ったら高杉に支えられていて、そして怪我をしている足を思い切り踏まれた。それでバランスを崩したわたしは高杉の成すがままに腕をを掴まれる。思い切り怪我の部分を踏まれたからか、耐えていた痛みが爆発した。
 突っ込んだ際に向こうの船から流れ込んできた攘夷浪士。桂の元にいる新八と神楽ちゃんは無事のようだ。よかったと思っている矢先、高杉が掴んでいた腕を引いて建物に入って行く。

「名前!」
「名前さん!」
「待て、俺が行く、だからお前達はっ」



 床へ放り投げられる。傷口が開いたのか、包帯は赤く染まった。「くっ…」傷口を押さえても流れる血の量は変わりはしない。

「あれ、見ろよ。」

 高杉が見上げる先にいる人物、それは雨上がりの太陽に照らされる銀色の髪の持ち主、だった。

「銀ちゃん…」

 新八に神楽がいるんだ、ここに来てもおかしくはない。しかし銀ちゃんと対峙しているのは紅桜にのまれた似蔵。普通の刀と、紅桜。力の差は歴然である。銀ちゃんの傷口はまだ治っていないだろう、でも、似蔵の様子も変だ。苦しそうで。体が紅桜に追いついていない。

「ヅラ、あれ見ろ。銀時が来てる」

 背後には桂がいる。桂はわたしを見下ろし、高杉に視線を戻した。「紅桜相手にやろうってつもりらしいよ。クク、相変わらずバカだな。生身で戦艦とやり合うようなもんだぜ。」似蔵を見た。銀ちゃんもさすがの実力だが、似蔵の紅桜の実力も、引けを取っていない。「あの男、死ぬぞ…」フッと笑った高杉はわたしを見て、口を開く。

「名前、どう思う。会って間もない頃、似蔵は、自分は蛾だと言った。そして俺を、篝火だと言った。闇の中にある、篝火だと。お前もわかるはずだ。暗闇の中にある篝火の存在が。消えてしまう篝火の存在が。お前の中の篝火は、今はもう無い。」


 高杉は煙管を吹かし、そしていつもの目を、わたしに向けてきた。

「俺がお前の篝火になってやる。消えることのない篝火ってやつを、教えてやる。」

 お父さん。わたしの暗闇の中にぽつんと佇んでいて、ぼんやりと光を放っている篝火。あれは、わたしの父親の篝火だろうか。ぽつんと素朴に佇んでいる。でも、とても強い、あたたかい、光。手を伸ばせば火傷することのない、ぬるいあたたかみ。
 これはわたしの父親のじゃない。
 この光は、この篝火は、お父さんのじゃない。高杉のでもない。

「刀は斬る。刀匠は打つ。侍は…なんだろうな。まァなんにせよ一つの目的のために存在するモノは強くしなやかで美しいんだそうだ。剣(こいつ)のように」

 一件誰も寄りつかなそうな篝火だけど、ふらりとその篝火の前を通れば、その篝火の素朴さとぬるいあたたかさが心地よくなる。そこに集う蛾はみんな笑っている。面白おかしく、幸せそうに、笑っている。
 それは銀色に輝いていて、ぼんやりと、消えそうながらも、芯はしっかりと灯っている。そこに集う蛾は段々と増えていく。だけどやっぱり強くて、消えなくて、でもちょっと捻くれているような灯で。でもやっぱり、光っている。

「高杉が篝火なら、あんたを慕うやつらは皆蛾だと思うけど、わたしは違うよ。孤独を知ってるし、暗闇も知ってるけど、篝火のありがたさなんて知らない。いつもどこかふらふら飛んでるだけ。でも、最近、いい篝火を見つけたんだ。」

「ぼんやりと光ってて、消えそうなんだけど、やっぱり消えなくて。捻くれているような灯なんだ、でも、強いんだ。一件、あったかくなさそうなんだけど、近付いてみればそのあたたかさがわかる。」

 毎日のように糖分を取ってて、ニートのような生活してるんだけど、心にはちゃんとある奴なんだ。自分の心をしっかりと持っていて、芯となる光を持ってる奴が。

「それとね、もう一つ。篝火じゃあないんだけど、気の合いそうな蛾がたくさんあつまるゴリラのケツがあってね。くっさいんだけど、どうも居心地がよくって、つい後を追っちゃうんだよね。わたしには篝火の元へずっといるのには、ちょっと眩しくてダメなんだけど、ゴリラのケツはどうも、いいんだよね、癖になっちゃうんだ。」

 まあ、銀色の篝火も、ゴリラのケツも、どちらも好きなのは変わりない。わたしには手の届かない篝火。憧れとか、そういう類のものなのかもしれない。わたしがどう輝いても、光っても、篝火のようにはなれない。銀色の篝火の側にはずっと入れない。銀色の篝火の側にいることが苦しくなった時、ゴリラのケツで休む。そこには、芋くさい蛾がたくさんいるんだ。
 どちらも、大好きなんだ。