神様の決め事 | ナノ


「あ、気がつきました?よかった〜」

 目を開ければ薄っすらと見えてくる妙の顔。なんでここにいるのか、と思い起こして見れば、そうだあんなことがあったと両手じゃ収まりきれないほどに思い出してきた。最後に声を聞いたのは、確か名前の声だった気がする。あんなに声を張って俺の名前を呼ぶ姿なんて初めてみたから、やけに印象に残ったんだろう。妙に、わたしのことわかりますか、と訊かれ、まな板みたいな胸した女、と答えればなぜか一発顔面へストレートが入った。「…お前なんでココにいんの?」「新ちゃんと名前ちゃんに頼まれたんです。看病してあげてって。」妙はなぜ薙刀を持っている?

「そうだ、名前ちゃんから伝言があるんですよ。似蔵は高杉の仲間だったって、」
「…名前…?」
「あら、もしかしてまた記憶喪失ですか?」
「いや……、そういや、名前はどうしてる。新八や神楽は、」
「あの…ちょっと用事で出てます。」
「用事って何よ。」
「いいからいいから。ケガ人は寝ててください」
「名前はどうした、…名前の奴、もしかして一人で高杉のところに…、」

 体を起こすと、足元に突き刺さる薙刀。「動くなっつってんだろ。傷口ひらいたらどーすんだコノヤロー」あの、怖いんですけど。

「この包帯は、」
「あ、それ名前ちゃんが。薬も塗ってあげてたんですよ?帰ったらお礼、きちんと言ってくださいね。」
「お前は俺の母ちゃんか。よっこらしょ」
「どこ行くんだ」
「いや、ちょっとオシッコ」
「コレにしろここで」

 ペットボトルが差しだされるが、何も反論ができないでいると部屋にインターホンの音が鳴り響いた。妙が立ち上がった。きっとあの鍛冶屋だろう。
 名前の奴、確実に高杉の元へ行っている。高杉と遭遇していなくとも、顔をみて驚くだろう。寝ていたせいか日付感覚に時間間隔が鈍ってしまった。俺も立ち上がって襖を開ける。もじもじとしている女に声をかけた。


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「……、」

 目が覚め、手首と足に巻かれている包帯を眺め、ああ、そういえば、と昨日のことを思い出す。あのまま意識を失って、この部屋にいれられたのだろう。高杉の部屋ではなく、また違う、大きな部屋だ。布団に寝かされたらしい。起き上がれば、朝と言う事に気付いた。歩けないわけではないが、力を入れれば痛む足に反吐がでる。窓際へ足を引きずって、縁に座った。雨だ。
 お腹の痛みは消えている。手首と足の痛みは消えていない。やっぱりわたしは弱くなっている。

「起きたか。」
「……胸くそ悪い朝ですね、おはようございます。」
「昨日は悪かったな。とりあえず待機してろ、とは言ったんだが、血の気の多い奴らだからすぐに行動に入っちまった。」
「いや、あれは計算されてたね。わたしが襲う襲わない関係なしにああなっていたと思うよ。」
「察しがいいじゃねェか。その通りだ。」
「性格悪、」

 雨が降っている。深々と。包帯を解き、足に弾が残っていないか確認する。傷口をゆっくりと開き、それらしきものが見当たらないので、もう片足を確認。もう片足には傷がないから大丈夫だ。歩く時は片足で引きずりながら歩けばいい。でも今おかれている状況からすればとても不便だ。「これで動けなくなったよ。思うツボだね。」「お前さんがバカでよかったよ。」歩けないの同然。新しい包帯を巻いた。銀ちゃんの時に使ったから、もうほとんど残っていない。これで最後だ。
 もう少し寝る。と、折角窓際まで痛みに耐えて足を引きずったのに、高杉のおかげで気分が悪くなり布団に入った。わたしを見下ろす高杉を睨んで、目を瞑る。

「おやすみ、名前。」







 大きい爆撃音に跳び上がった。体が揺れる。地震ではなく、爆撃での揺れだ。騒がしい足音も聞こえてくる。起き上がり窓際に身を乗り出して外の様子を見る。上に、船がある。二つ、三つか?逃げ出すチャンスだが、この足だ。気付かれる。海に逃げる、なんてこの足の怪我を考えると、したくない。しかし確実に逃げ出すチャンスなのは確かだ。黙々と考え、いい案が浮かばないので試しに窓を開けると、メガホンの音が聞こえてきた。

「お前らの目的は読めたァァ この娘っスね!なんやかんやでこの娘を助けたいのは痛いほどわかってるっス!」

「……娘…?か、神楽ちゃんかっ!」


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 あいつは、名前は、一人になることを恐れている。たまに、心の底から笑えていない時がある。過去の話を聞く前から、そう感じていた。普段はいつも笑顔を振りまいている名前だが、たまに寂しそうな表情をしている時がある。心にぽっかりと穴が開いているような、そんな表情をしている時がある。そんな名前に、コイツは一人にしちゃいけねえな、とただ、思っていた。
 名前と、高杉。何もないと思ったが、高杉の元に名前がいるとなると、また違ってくる。高杉のことだ、きっと言葉を巧みに使って名前の弱点を暴いて引き入れようとしているだろう。俺でもわかる名前の見えてくる表情に、高杉が気付かないはずがない。あの時、名前を一旦万事屋に帰らせておけばよかった。着物くらい自分で置きに行けよ、と言えば、よかったのだ。俺のミスだ。
 新八、神楽の身の安全よりも、名前のことが気になった。二人のことだ。きっとハチャメチャやるに決まっている。…やっぱり心配だが。しかし、名前は、どうだ。きっと、不安になっているだろう。一人で高杉の元へ向かったのだから、不安に決まっている。自分が幕府側の人間だということに気付いていながらも、よからぬことを考えているのではないか、と不安は溜まる一方だ。


 ドォン、ゴゴゴゴ、と大きな音がして、船が落ちていく。見る限り派手な事が起こっているように見えるのは幻覚ではない。かなりの事だ。あいつら大丈夫なのか?

「オイオイオイオイ。なんかもうおっ始めてやがらァ。俺達が行く前にカタがつくんじゃねーの オイ」
「使い込んだ紅桜は一振りで戦艦十隻の戦闘力を有する。あんなもので止めるのは無理だ。」
「規模がでかすぎてしっくりこねーよ。もっと身近なもので例えてくれる?」
「オッパイがミサイルのお母さん千人分の戦闘力だ」
「そんなのもうお母さんじゃねーよ。」