神様の決め事 | ナノ


 高杉は部屋に帰ってきた。わたしは何事もなかったかのように装って、窓際に腰掛けて暗い空を眺めていた。まだ雨は続きそうだ。煙を吹かし、後ろに立った高杉は、何か面白いもんでもあったか、と訊いてきた。わたしはその問いかけには答えずに、ずっと、一点を見つめていた。
 父は忍だったのだ、攘夷浪士と繋がりがあってもおかしくはないし、むしろ無い方がおかしい。麻薬の取引とかにも関与していたし、暗殺だってしていた。逆にわたしは、戦闘スキルよりも、父のサポートを担う役柄だった。人を殺す、というよりも、下準備係と言ったら丁度いい。人を殺したことはないのか、と訊かれたら首は縦に振れないけれど。
 父が高杉に宛てた手紙は破って海に捨てた。もういらないだろう、高杉も。父は、死んだ。それでも父の仇にと攘夷浪士を追うわたしも過去に囚われた醜い人間だといえるだろう。

「なぜここに来た?」
「……。」
「お前みたいな意気地なしが一人で来るとは思えねェ。応援も呼んでねェ。だったらなんだ、誰の為に来た?」
「…バカにしてる?」

 わからないが、わたしの体は勝手に動いた。直感で動いた。本能のまま動いた。わたしの利益になるわけでもないし、得にもならない。真選組の応援を寄越せばいいのに、わたしは何も考えず動いていた。それは、銀ちゃんの為なのか。万事屋のためなのか。鍛冶屋の為なのか。自分の失態を拭う為なのか。そんなの、わからない。全部当てはまるような気もする。ただ、ハッキリと言えることは、誰かを助けたいと思ったからだろう。銀ちゃんを助ける、万事屋のみんなを助ける。鍛冶屋のあの者達を助ける。自分を、助ける。風が冷たくなってきた。わたしは刀を振るうのだろうか。この刀は仇の為に振るう刀なのだろうか。わたしが今、何のために振るおうとしているのか。それは誰かを守りたいから、なのではないだろうか。

「冷えるぞ。」
「そう、だね。ところでわたしの寝るところはあるの?」
「俺の隣が開いてる。」
「却下」
「それじゃあ廊下にでも寝てもらおうか。」
「それでもいいね。慣れてる。」
「…冗談だ。今布団を持ってこさせる。」

 銀ちゃん。新八。神楽ちゃん。この三人は、本当に騒がしい人達だ。そしてとても魅力的な人達だ。真選組に入っていなかったら、きっと万事屋で働いていたのかもしれない。
 銀ちゃんの怪我は無事だろうか。包帯をきつく締めてしまったので苦しいかもしれない。薬、あれでよかったかな。無事、だろうか。攘夷戦争に参加していたとはいえ、もう銀ちゃんだって常日頃戦っているわけじゃないし、傷への耐久だって衰えているだろうし、傷の治りも遅いだろうし。大丈夫、かな。
 新八は銀ちゃんが怪我をして、神楽ちゃんがいなくて不安になっているだろう。それでも自ら動こうとして、神楽ちゃんを探そうとして、アヒルと一緒に行動を共にしているのだろう。神楽ちゃんがここにいることは、きっとそのうち知る。アヒルが桂のペットであるなら、確実に攘夷浪士が関連してくる。神楽ちゃんは、まあ、あの様子だし大丈夫だと思う。夜兎族だから。

「考え事か?」
「…まあ、ちょっとだけ。友人が怪我をしてるから。」
「……銀時か。」
「えっ…知ってるの…?」
「紅桜で怪我をしたんだ、俺に情報が回ってこない筈がない。しかし大層気にかけてるみたいだが?」
「別に気にかけたっていいじゃん、」
「妬けるじゃねーか」
「…くさ。くさすぎる台詞が。」

 高杉は鼻で笑ってわたしから顔を背けた。完全に隙ができた。わたしは後先考えず、クナイを掴み高杉に斬りかかる。わたしの行動に気付いた高杉は受け身の態勢を整えるが、頬に傷を作った。いける。刀で戦うのは無謀だ、高杉に敵うはずはずがない。なら使い慣れているクナイと弦で戦えばいい。
 「クククッ、一瞬隙を見せたらこうだ。抜け目がない。」高杉が顔を抑えて笑う。随分と余裕だ。「晋助様ァ!」女の声だ。それに続く足跡も聞こえてくる。高杉の身を案じているのなら、高杉を取り引きに使えばいいこと。高杉の服を掴むと同時に銃声がこちらに近づいてきて、金色の女が放った弾が左手首を貫通した。そして高杉との距離を離れさせる為に足元に弾が撃たれた。もちろんわたしは高杉と距離を取る。でなければ蜂の巣になっていた。

「うっわ…!また怪我した…!」
「貴様ァ!晋助様と何してたんスか!一文字以内に答えるっス!」
「なんもしてない!ただコイツを取り引きに使おうとしただけだから」
「一文字以内に収まってねえぞコルァァ!」

 引き金を引く金髪の女は確かな腕だ。立ち止って両手にクナイを持ち、弾を弾き、女に向かって投げる。いつもよりも少し遅い速さで。女がクナイに弾を撃つ、その間に女の下へ入って顎に蹴りを入れた。女が空中へ、そして鞘に入れたままの刀を振って地面に叩きつけた。しかし、女を一人やっつけた、と言ってもわたしが不利なのは変わらない。
 手首も痛む、時期に使えなくなるだろう。お腹も治っているわけじゃない。コンディションは最悪、といったところ。それでも動ける。向かってくる大勢の攘夷浪士。刀を鞘から抜いて構え、一人、二人を斬った。そして三人目を斬ろうとした瞬間、二発の弾丸が足を貫通。あの女のものだ。わたしは地面へ転がって、高杉の制止の声を聞いた後、意識が朦朧とし、覗いてくる隻眼を見て、意識を飛ばした。